五章 迷いの森の魔法使い・四
「で。今回は何だ」
食後のデザートを食べ、落ち着いたところでカイが話を切り出した。
「ん? ちょっと待って」
アロイスは残っていたケーキを全部平らげると、コーヒーを飲んで一息つく。
ちなみにそのケーキは三個目で、それ以外にもクッキーやビスケットを食べている。
さっきの食事量と合わせると相当な量だ。
それでいてあの体形。羨ましいにも程がある。
私の方はといえば、今回はアロイスにデザートは奪われずにすんだ。
キッチンの方でも機嫌の良いカイがあれやこれやと私に味見させてくれたので、ここに戻って来たときにはもう満腹に近い状態だった。
目論みは達成できたところか、出来すぎだった。
私はアップルジュースを一口飲んだあと、どっちが話す? という表情で左隣のアロイスを見る。
「俺が話すよ」
「わかった」
私はアロイスにまかせることにした。
それに初対面の私が話すより、友達が話してくれた方がわかりやすいんじゃないかと思うし。
「今、皇子が花嫁選びをしてるのは知ってるよね」
「ああ。クロード王女にマルヴィナ王女、バスラー伯の姫にギルドの長の娘と皇帝陛下推薦の娘の、だよな」
「そうそう」
アロイスがコクコクと頷く。
そして背筋を伸ばし、居ずまいを正すと「こちらのセリ嬢が皇帝陛下ご推薦の方です」などと、いきなりわざとらしい紹介をし始めた。
「アッ……!」
私は何かつっこもうと思ったけど、話の腰を折るのも悪いので、言葉を飲み込み、とりあえずひきつった笑顔をカイに見せてみた。
「は? え? 何……?」
カイは状況を飲み込めないのか、混乱してる様だ。
「だから、セリが皇帝陛下推薦の花嫁候補」
「セリが……!?」
まあ、そうだよね。普通驚くよね。こんな平凡な子が、皇子の花嫁候補だなんて……。
カイは真剣な表情でアロイスと私の顔を交互に見ながら「本当なのか……セリ」と訊いてきた。
私はコクリと頷き「不本意ながら」と答えた。
「そうか……」
とだけ言うとカイは黙ってしまった。
「で、その花嫁選びで皇子が課題を出したんだ」
アロイスは話の続きをし出した。
「その課題ってのが難題でさ。皇子が指定したモノを三日以内に持って来ることなんだけど。それがねぇ……」
アロイスと私は顔を見合せると、二人同時に溜息をついた。
「そんなに大変な物なのか?」
私達はカイの方を重ーい表情で向く。
「な、何だ……?」
二人で一斉に重い表情でカイを見たからか、カイが不安そうな表情ながらもできれば聞きたくないなぁというオーラも出していた。
そんなカイのココロは悪いけど無視して、アロイスが口を開く。
「大聖堂の聖杯、薔薇の涙、水の花、黒のドレス。そして極めつけはリントヴルムの一部」
「はっ!?」
カイが素っ頓狂な声を出し、何だそれはという顔になる。
「だからカイに相談に来たんだよ」
アロイスが困り顔とともに溜息をついた。
「本当なのか? あ、いや、お前達を疑っているわけじゃないが、ただあんまりにも、な……」
カイもすぐには信じられないらしく、私にも訊いてきた。
「残念ながら、本当」
私も嘘だったらどんなにいいかと思いながら返事をした。
そもそもこのコンテストへの参加自体なかったことにしてほしい。
「そうか」
私からの返事を得たカイは、これは本当だと信じたようだ。
「で、そんなのどうやって入手すればいいのかわからないから、カイに相談に来たわけ」
「そういうことか」
カイも大きな溜息をつく。
「で、セリは何に当たったんだ」
「リントヴルム」
「お前、それは一番見つけにくいものだぞ……」
「え、そうなの?」
「ああ。それに俺だってリントヴルムのことなんて知らないぞ」
「えー!? そんなこと言わないでよ! カイだけを頼りにここまで来たのに」
アロイスは少し前に屈み、右手は口元に添え、うるっとした瞳でカイを見上げていた。
「う……。そんな顔しても、どうにもならないものはならないん、だ……」
ちょっと負けそうになったカイは、アロイスから視線をそらして逃げたけど、今度は私と視線が合う。
「ちっ。ダメか」
一瞬前の可愛らしさはどこへやら。今は可愛らしさの欠片もない顔で態度を一変する。
アロイスはお願いが通じなかった悔しさで舌打ちをしたが、何かを思いついたらしく、すぐにニンマリとした。
アロイスは私の方を向くと、瞳を潤ませて見つめてきた。
「ごめん、セリ。何とかするとか言っておきながら、結局何にもできなくて……」
「え?」
いきなりそんなことを言われて私はびっくりしたけど、アロイスが視線と指先で『カイの方を向け』と言っていたので、言われた通りまたカイの方を向いた。
「セリ、頑張ってここまで勝ち抜いて来たのに。何も出来ないで負けるなんて、俺、悔しいよ……」
何かアロイスの小芝居が始まった。
「う……」
だけどカイには効いているみたい。
私としては負けても全然悔しくないんだけど、ていうかむしろ負けたい。
「セリはこの国のことなんにも知らないから頑張って勉強してたんだよ。候補者達の嫌がらせに合いながらも、くじけず負けないで」
アロイスは自分の方を向くなと指示してきたが、どんな顔して芝居しているのかちょっと見てみたいので、少し視線をアロイスにずらす。
(うわぁー)
私は絶句した。
アロイスは自分の魅力をフルに使ってカイを追いつめていた。
(あんな可愛い子に泣き落としやら何やらとされたら、普通は落ちるね……)
カイは逃げ切れるのか観察するため、視線をカイに戻す。
すると、カイはもう逃げ場のない崖っぷちに追いつめられた状態だった。
アロイスに言い返すこともできず、ゆっくりとだけど確実におされていた。
そしてとうとう崖の縁に足をかけてしまったようで、何とか打開策がないかと考えていたみたいだけど、アロイスは容赦なく止めを刺した。
「わかった! 何とかするから、そんな目で見るな! お前達……」
こうして私達はカイを捕獲した。




