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四章 波乱の前触れ・五

私達は今、のんびりと町外れを歩いている。

追手を片付けてから、二時間ぐらい経っているかな。

あれから追手らしき人達の気配は感じない。

アロイスが片付けた方は、私がコンテストを棄権するよう、脅し、妨害するよう頼まれたそうだ。

追手も依頼人の名はあかさなかったそうだけど、アロイスには大体アタリはついているらしい。

「あいつら一応プロだったからね。もちろん裏稼業の。そんなのを雇える奴なんて限られてるからね」

「ふーん」

「ふーん、って随分他人事のような感想だな」

「そう言われてもね。まるで実感わかないし」

「騎士にも拉致されそうになったのに?」

「う……」

確かにアロイスの言う通りなんだけど。

私は狙われているということがはっきりとわかると、じゃあ後は対処するだけと割り切ってしまったからだろう。

だってそれが現実だから。もう追手程度にいちいち驚いてもいられない。

「そういえばヨハンさん、本当にお城の騎士だったの?」

私は自分のことから話をそらすように、ヨハンさんのことに話題をずらした。

「ああ、そうだよ。装飾を外したりして質素にしてるけどあの制服は間違いない。そんで、第一皇子付きの騎士ね」

「そうなんだ」

第一皇子のと聞いて一気に声のトーンも落ちる。

多分皇子ではなく、カールが手配したんだと思うけど。

まさか皇子直々に、私に同行者を派遣しろなんて言うとは考えられない。

あ、でも妨害工作の一貫として派遣してろっていうのなら納得だけど。

「セリってさ、皇子のこと、随分嫌ってるみたいだけど何かあったの?」

アロイスが興味津々の眼差しで、唐突に質問してきた。

「え。何でそう思うの?」

皇子の話題は避けたいので質問で返してみた。

「だってさ、さっきの会場でのやりとり見てればそう思うって」

「ああ、まあねー」

会場でのやりとりをみれば、そりゃ思うよね、と。

…………ん? ちょっとまて。

いくら観客席と距離が近いとはいえ、あの会話が聞こえる距離ではないはず。なのにアロイスはその会話を知っているとはどういうこと?

「ねぇ、アロイス」

「なになに」

「う……」

アロイスは目を輝かせて待っている。

遊んでくれるの? という期待に満ちた子犬の目だ。

だけど、そんな子犬の期待は裏切って私は別のことを訊く。

「その会話、どこで聞いたの?」

キラキラした子犬の目が一気に期待を裏切られて拗ねた表情になった。

何かココロが痛む……。

「会場だよ」

「会場? 会場っていっても観客席からじゃ会話なんて聞こえないでしょ?」

アロイスはああなんだ、という表情になる。

「ミリヤム姫のとこの付き人のふりして会場に入ったんだ。で、あとは適当な場所に隠れて舞台を見てた。それでも会話は聞こえなかったけど、唇の動きを読んで、大体わかったよ」

「え!?」

なんと会場に不正に潜り込んでいたのか!

「ええっ!? そんなことしたらマズイんじゃないの!?」

「まぁ、良くはないけど。仕事のこともあったから仕方ないし」

悪びれる様子もなく、しれっとアロイスは言う。

ん? アロイスは今仕事だからと言ったか。どんな仕事だ!?

「ねえ、アロイス。仕事で潜り込んだって……」

「ああ、俺、暗殺業やってるんだ」

「は?」

今何か聞いちゃいけないような単語が……。

「暗・殺・業。ああ、安心してよ。俺仕事じゃなきゃ殺しなんてしないし。……よっぽどのことがない限り、ね」

「…………」

聞き間違いじゃなかった。

しかも、最後の方は余計聞かなくてもいい言葉だ。

私は驚いた。この世界に来てから驚きは多いけど、これはかなり驚いた。

隣にいる少年が暗殺者。

ぱっちりとした綺麗な翡翠色の瞳に、ふわふわで柔らかそうなの髪の毛。身長は多分一六五cmぐらいかな? 私より少し高いぐらい。そしてまだ成長途中の華奢な身体に、無邪気で人懐こい笑顔をしているこの少年が。

「あんさつしゃ…」

「ん。そうだよ」

アロイスはそれがどうかした? という表情で私を横から覗き込んできた。

「もしかしてセリの国には暗殺業とかないの?」

「え、えっと、あるよ。実際にそういう業界の人には会ったことないけど」

私は慌てて答えた。

て言うか、そんな業界人には絶対に会いたくない。

でもなんでわざわざ教えて(一方的だけど)くれたんだろう。

「ねぇ、普通そういう職業の人は自分からばらさないものじゃない?」

しかも会って数時間の人になんて。

「しないね。でも俺、セリには嘘をついたり黙ってたりってことはしたくないんだ」

「なんで?」

「仲良くしてほしい人にはなるべくそういうことはしたくないんだよね、俺」

「え、ええっ!?」

私はびっくりして思わず大声になった。

「ちょっと、セリ! 声大きい!」

アロイスが私の声にビクッと肩を竦めて抗議してきた。

「え、ああ。ごめん」

でもいきなりそんなことを言われればびっくりして大声も出る。

「そんなに変なこと言った、俺?」

「えっ!? ううん、変じゃないけど……。でも私、アロイスの得になるような何かなんてないと思うけど……」

正直に思ったことを言ってみた。

会って数時間の人に何か気に入られるようなことをした覚えはないし、私自身はこの国じゃ何の権力とかもないただの子供で、自分の世界でもごくごく普通の庶民だ。

「何言ってるの、セリ! セリはすごいよ! あのリーンハルト皇子に喧嘩売るなんて普通絶対にしないって!」

アロイスは興奮して捲くし立てた。

「そういえばカールもそんなことを言ってたね。皇子に喧嘩売って生きてるなんて奇跡だって……」

「側近のカール様?」

「そう」

「カール様が言うぐらいなんだから相当どころじゃないよ! 少なくても近隣諸国にはいないよ、皇子に喧嘩を売る人なんて」

「そうなんだ……」

私は自分のやったことの危険さをあらためて実感した。

「いい、セリ。リーンハルト皇子はすごく厳しいし、容赦のない人なんだ。それが法に触れる事だったり、自分に刃向かう敵とかだったら徹底的に潰す。もちろん表からも裏からもしっかりひっそり確実にね」

アロイスはニヤリとして私の目を見る。

暗殺業界の人が言うとリアル感たっぷりだ。

「それにあの人、感情を出すことってないんだ。いつも冷たい無表情でさ。だからよく氷輪ひょうりんの皇子とか、冷血の皇子とか言われてたりもするよ」

「へー」

「それに高潔で、孤高の人だとかも言われてる。加えてあの容姿だから国内外からの人気も高いんだ。是非婿に来てくれ、娘を貰ってくれとかそんな話は毎日の様に来てるらしい」

「うん」

「そんな我が国の誇るリーンハルト皇子に喧嘩を売る。しかも怒りの表情も露わにさせる!」

「うん」

「そんなことができる女の子みたら、ものすごく興味持つよ!」

「なるほど……」

納得した。それは気になるだろうな。

「それにしてもアロイス、皇子のことよく知ってるよね」

私はアロイスの情報に感心した。

「え。これぐらい、この国の人間なら常識だよ。セリ、ほんっとーに、何も知らないんだね……」

アロイスは若干呆れ気味に答えた。

「う……、だってそんなことまで知る余裕もなかったし、誰も教えてくれなかったし」

言い訳するように私は答える。

それに城の人や候補者達が皇子の悪い話とか言うわけないから、知る機会なんてのもないわけで。

「しょーがないか。確かにそんな世間話をするような相手もいなかっただろうし」

私はそうそうと頷く。

「ま、それは置いといて。セリのとんでもない行動を抜きにしても、俺はセリが気になったから声かけてたけどね」

アロイスは話を戻して、私に声をかけた理由を話し出した。

「うーん、何て言うか……直感?」

「直感?」

「そう、直感。何かさ、初対面でもコイツとすごく気が合う、とかさ、合わないとか感じるときってない?」

「ああ、確かにあるね」

「だろ!? 俺がセリに興味を持ったのはそれが理由。絶対、セリと知り合う機会を逃しちゃダメだって俺の直感が告げたんだ!」

「あ、あぁ、そう」

アロイスの勢いに圧されて私はちょっと横に退いた。

「というわけで、俺、セリのこと沢山知りたい。少しずつでいいから教えてくれると嬉しいな」

アロイスは汚れのない、無邪気で可愛らしい笑顔を私に向けてきた。

「う、うん」

この笑顔を見せられてはノーとは言えない。

それに私もそこまで言われては無碍にもできないし、アロイス自身にも興味がわいてきた。

何で暗殺者しているの、とかね。

まだ時間はある。

限りある時間の中でお互いを知り合い、出来たら仲良くなれればいいなと私は思った。

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