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一章 悪夢の始まり・一

「じゃーねー、芹」

「うん、バイバイ」

駅で友達の奈緒美と別れると家に帰るため、バス停へと向かう。

私、早河芹はやかわせりは十七歳、ごく普通の高校二年生だ……と思うが、友達に言わせるとちょっと変わっているらしい。

まあ、自分もその自覚がない訳でもないから気にしないでおく。

バス停への道のりでゲーセンの前を通る。

「あ、そうだ。あのアライグマ、もう入ってるかな」

ちょっと見てみようと思って、ゲーセンへと方向転換する。

これが間違いの第一歩だった……。


ゲーセンに入って目当てのアライグマを探す。

あのふんにゃりとしたフォルムに、ぽやんとした瞳、ぽってりとした縞縞の尻尾の可愛いヤツ。

早速捕獲するべく、あちこち探してみたんだけど全然見つからないのであきらめて、ちょうど通りかかった店員のお兄さんに訊いてみた。

「申し訳ありません。そのプライズは入荷が遅れておりまして……。明日か明後日には入荷の予定です」

「そうですか……」

「申し訳ございません」

お兄さんがすまなさそうに謝ってくる。

残念だけどないものは仕方がない。

他のゲーセンを見に行ってもいいけど明日明後日なら待てるし、今日はこのまま帰ろうと思って店を出ると、目の前を乗るバスが走り過ぎて行ったので、時間潰しも兼ねてもう一度店内をふらっとすることにした。

そう思ってしまったのが、第二の過ち。

あのまま時間潰しなんて思わず、すぐに店を出て行ってれば……!


今更悔やんでも時間は戻らない。

あの後、店の一階フロアを回り、二階にも行こうかと思い、階段の所へ行くと派手なポスターが目についた。

『醒めないリアルを貴女に』

そんなありふれたキャッチコピーとともに貼ってあるポスター。

中世ヨーロッパ風のお城をバックに青年男性のシルエットがあり、その手前には五人の女性が並んで立っているデザイン。

(新しいゲームの宣伝かな?)

いかにも乙女ゲーム的な感じだったのでちょっと気になって見てみた。

私もゲーマーと言われる程ではないが、それなりに興味があって、それなりにプレイしている。

キャッチコピーの下には『これは五人の姫達と一人の皇子を巡る、愛と憎しみ、そして戦いの物語——。どんな結末になるかは貴女の想い次第。さあ、貴女はどんな夢を紡ぎますか——』

(ふーん。ダークファンタジー系かな? とりあえず、発売日いつだろ?)

そう思ってポスターを見てみたが発売日が書いていない。

(あれ、発売日書いてない。印刷ミス? ま、いっか)

そんなに気になるゲームでもないし、発売日近くになったらもっと宣伝するだろうと思い、当初の目的である二階に行こうとした時。

「待ってください! そこのお嬢さん!」

後から誰かがそう呼び止めていたが、私のことではないだろうと思って気にせず進む。

「待って! 待って下さい! 今階段を上っているお嬢さん!」

階段……。私のこと? と思って立ち止まり振り返った。

するとそこには二十代後半ぐらいの男の人がいた。

「あー、よかった。このまま行かれちゃったらどうしようかと」

男の人は私が呼びかけに気づいてほっとしたようだ。

見た目、怪しい感じはしないが、そういういかにも普通な人程危ない人だったりするので、私は警戒をしつつ「何?」と答えた。

向こうも私が警戒しているのは察したようで、一歩下がってから話しだした。

「あー、いきなり呼び止めてゴメンね。怪しい者じゃない……って言っても信憑性ないか」

(まあね)

と、心の中で答える。

「で? 何か用ですか?」

私は再度訊く。

「そう!」

男の人ははっとしたようで、話しだした。

「お嬢さん、今、このポスター見てたでしょ」

そう言って、階段下に貼ってあるポスターを指差す。

「ええ、まぁ……」

男の人の顔がぱあっと嬉しそうになった。

「よかった! やっと見つかった!」

(何だろう。やっぱり怪しい……)

「実は僕、このポスターに気づいてくれる人をずっと待ってたんです。でも、気づいてくれる人がなかなかいなくてどうしようかと思っていた時! お嬢さんが気づいてくれて、もう嬉しくて嬉しくて……!」

「はあ……」

男の人は嬉しさで感極まっているらしい。そう、子犬や子猫の様な、無垢なキラキラした瞳で今にも私に抱きついてきそうな勢いを感じる。

対して、私は引いている。何故こんなポスターに気づいただけで、そこまで喜ばれなければいけないのか。

ここはこれ以上相手を刺激しない様にして、逃げた方がいい。そう直感し、ジリジリと後退しつつ、隙を見て二階へ逃げようとしたけど、それに気づいた男の人が必死に引き止めにかかってきた。

「待って! 待って下さい! お願いです! 最後まで話を聞いてもらえませんか? どうしてもお嬢さんに聞いてもらいたいんです!」

「あー、すいません。もう家に帰らないと行けないんで。じゃっ!」

そう言い捨てて、二階のフロアに逃げようとした。距離からして逃げられるはずだったのに、何故か間に合わなかった。

(えっ!? いつの間に!?)

男の人は私の左腕を掴んでいて、すごい勢いで懇願して来た。

「お願いです! どうか、どうか僕と一緒に来て下さい! お願いです!」

男の人の目はとても真っ直ぐで真剣に見えたから、悪い人じゃないかも……と私の判断を揺らがせた。

その真剣さに圧され思わず「じゃぁ、少しだけですよ?」と答えてしまった。

ここが第三の過ち。

勢いに圧されず、腕を振りほどいて逃げるなり人を呼ぶなりすればよかった。

相手の力量を見誤った自分のミスとはいえ、悔やんでも悔やみきれない。


私の返事を聞いた男の人は、私の腕を掴んだまま深く頭を下げた。

「ありがとう! ありがとうございます!」

そう言うと男の人は満面の笑みを浮かべた顔を上げた。

「じゃあ早速ですけど、このポスターのゲームをプレイしてもらいたいんです」

モニターか。じゃあこの人は、このゲームのメーカーの人なのか?

「ちなみにお嬢さんにはこのポスター、どんな風に見えましたか?」

男の人が先に階段を下りながら訊いてきた。

「お城をバックに、男の人と女の人達のシルエットが入ったポスターで、ダークファンタジーっぽいようなゲームみたいな?」

とりあえず、見たまんまを答えた。

「男の人の顔とかは見えました?」

「いいえ。男の人も女の人も黒一色のシルエットだったけど」

「そうですか……」

男の人はややがっかりしたような感じだった。

(何か悪いことでも言ったかな……)

でもあのポスターを見て言えることなんてそれくらいだ。

「うーん、弱ったなあ……。ちょっと資質が足りないか……。でも贅沢も言ってられないしなぁ」

男の人は何やらぶつぶつ言っている。

その様子を見ていると、何だか怪しいし気持ち悪い。やっぱり今からでも遅くない、逃げようかと思い始めたとき、ちょうど一階に着いた。

男の人はこちらを向き、にっこりと笑って「じゃあ、早速ですけど今から一緒に来て下さい」と言った。

「は?」

唖然とした。

私は少しだけと言っただけで、モニターになるなんて返事をした覚えはない。

「さ、こっちです」

男の人は私の腕をまた掴んでどこかに連れて行こうとしたので、慌ててその腕を振りほどいた。マズい!

「ちょっと! どこに連れて行く気なんですか!?」

やっぱりヤバい人だったのか! 私は目の前の男の人を変質者と認定し、逃げることにした。

幸いここは一階。今いる場所は人気が少ない所だけど、全く人が通らない場所ではない。

(誰か来てくれればいいんだけど……)

そう思いつつ、男の人を警戒しながら出口のある方向へジリジリと移動する。

男の人はがっかりした顔をして、大きな溜息をついた。

「はぁ……。無理強いは本意ではないんですが、仕方がないですね」

男の人の顔から表情が消えると同時に、私は出口に向かって走り出した。

本能的に危険だと感じたからだ。

さっきは捕まってしまったが、今度は捕まらない。それだけの自信はあったのに、またもあっさりと男の人に腕を掴まれ捕獲された。

「何で!?」

私はそう言わずにはいられなかった。この二十代後半っぽい男の人に負けるような体力や瞬発力の自分ではないのに。

私が捕まったことにショックを受けていると「ごめんね~、お嬢さん。相手が僕じゃなきゃ確実に逃げられたんだけどね」と言ってきた。

「はぁ?」

何それ! ものすごい上から目線の物言いにムカついて、捕まったショックなど吹き飛んだ。

おかげで停止した思考がまた再開しだした。

(とにかく逃げなきゃ!)

動けないなら誰かに助けてもらうしかない。

大声を出して助けを呼ぼうと口を開けた瞬間、男の人に口を塞がれた。

「!!」

「はい、ざんねーん。助けを呼ばれるのも困るんだよね。大丈夫、ただゲームをしてもらうだけですから。死んだりしませんよ。……多分」

(はぁ!? ゲームのモニターするだけなら、何でこんな誘拐まがいのことをされなきゃいけないのよ!? それに、最後に何か物騒なセリフも聞こえた気がしたんだけど……多分)

男の人はこの細い身体のどこに力があるのかという力で、私を階段下にあるドアの前まで連行した。

そこには『Staff Only』のプレートがついている。どうやら倉庫っぽい場所みたいだけど。

「じゃ、これから会場まで連れて行くんで。頑張って下さいね」

爽やかな笑顔とともにそう言うと、男の人はドア開けた。


そしてこれが醒めないリアルの、いや、悪夢リアルの始まりだった——。

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