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四章 波乱の前触れ・一

開会を知らせる鐘が鳴ると、観客が一斉にわあっと歓声をあげた。

「っ!」

歓声のあまりの凄さに思わず耳を塞ぎたくなった。

今回は、第一試合、第二試合よりも観客との距離が近い。

そのため、興奮やら熱気やらがダイレクトに伝わって来てとにかく煩いのだ。

「皆様! 静粛に、静粛にお願いいたします!」

そう声を張り上げて司会者が観客を落ち着かせようとするけど、何せ候補者達との距離が近い分、なかなか静まらない。

そりゃあ、普段なら絶対に手の届かない王女様達がいればそうなるよね。

こっちの世界ではいわゆるアイドルみたいな存在なんだろうし。

私のいる世界だって、王族もアイドルみたいなとこあるし。

とはいえ、このまま静かにならないと先に進められないので司会者も困った挙句、一旦言葉を切り、大きく息を吸うと「皆様! お静かに願います! そうでないと皇帝陛下から開会のお言葉と今回の試合のご説明をいただけません!」と観客に告げた。

皇帝陛下という言葉は絶大で、最前列からピタリと静かになって行く。

二、三分もすると今までの騒ぎが嘘の様にシンと静まり返った。

司会者は満足気に会場を見回すとあらためて皇帝陛下を呼んだ。

私達の前方が雛壇になっていて、そこに王族用の席がある。

そこには皇帝と皇子だけがいた。今回も皇帝の隣の席、皇后の席は空いたままで、その上弟皇子もいない。

自分の息子の花嫁選びなのに、皇后はどうでもいいのかな? でも弟もいないし、何かあったのかな。

まあどうでもいいか。いたところでどうにかなる訳じゃないし。今はギャラリーより自分のことだ。

皇帝陛下が司会者に呼ばれ、立ち上がると開会の挨拶を始めた。

「今回もこの様に多くの民が集まってくれたこと、嬉しく思う。このコンテストも第三試合まで進んだが、誰がリーンハルトの花嫁となってもその責務を立派に果たしてくれよう。候補者達よ、この試合も頑張って欲しい」

皇帝陛下は言い終わると、そのまま席に座った。

「ありがとうございます、皇帝陛下!」

観客席からもわーっと、盛大な拍手が送られた。

「続いてはリーンハルト皇子殿下から、今回の試合についてご説明いただきます!」

皇帝と入れ替わりで皇子が席から立ち、説明を始めた。

「今回の課題についてだが、私の指定した物を三日以内に入手し、献上せよ。物は『水の花』、『大聖堂の聖杯』、『薔薇の涙』、『黒のドレス』、『リントヴルムの一部』だ」

皇子の言葉を聞いた会場中が、一斉に驚愕と困惑でざわめいた。

私は観客の会話に耳を傾けた。

「おい、あれらを持って来いって皇子様は正気か?」

「あんなもの、本当にあるのか?」

「でも、水の花はあるわよね」

「ああ。だが、あれだって見つけられるかどうか……」

と言ったような内容の会話が聞こえてきた。

(うーん、物凄いレア物ばっかりってこと?)

次は候補者達の様子を見てみる。

隣のニーナは口が開いたまま、呆然としていた。

ミリヤム姫、マルヴィナ王女も同様に呆然としていて、今の言葉は聞き間違いではないのか? というような感じで立ち尽くしている。

クロード王女だけは驚くこともなく、ただ静かに皇子の次の言葉を待っていた。

私は皇子の方を向いた。

皇子も何の感情もない表情で候補者達を見ていた様で、不幸にも皇子と視線が合ってしまった。

(げ。最悪)

また視線で見下されるかと思ったが、ガラスの様に冷たく無機的な瞳はフイと私から視線を外し、また正面に戻し、続きを話し出した。

「知っての通り、今告げた物は希少性が非常に高く、入手も困難を極めるだろう。よって、今回の試合には一名のみ、同行者随伴を許可する。合わせて道中の資金として、三十万マルカを与える。また、今回の品は真贋も判別し難い物だ。故に、今回はその真贋の判定者として皇家付きの魔法使い・ゾンネと私の二人で行うものとする」

(魔法使い?)

え!? 本当にいるんだ、魔法使い。

私はこっちの方に驚いた。

レア物の名前なんて聞いても全然ピンとも来ない(当然だ!)が、私も聞き慣れた魔法使いが実在する、と聞いた方がよっぽどびっくりだ。

でも、本当に本物なのかな?

て、いうより公正な判定を下してくれるのか。

なんてったって皇家付き、だ。

なら、皇族はその魔法使いには何でも命令ができるってことだよね……。

ましてや次期皇帝の命令なら尚更きかない訳にはいかないはず。

私は皇子の話しやまわりのことなどそっちのけで、そのことを思考してしまった。

「では、これより抽選を……」

「すみません! 待って下さい!」

皇子のその言葉で私ははっと気を取り戻し、抽選を慌てて止めた。

「何だ」

皇子の凜とした通る声に、氷の矢で射られたごとく冷たく突き刺さる視線の迫力に、悔しいが思い切り負けた。

十七歳のいたいけな女子にそこまで本気で睨むな! だけど、ここで負けちゃダメだと、怯みかけた心に激を飛ばして踏ん張る。

「申し訳ありません、質問なんですがいいですか?」

「早くしろ」

皇子はあきらかにムッとしていたが、この大観衆の中、正当な理由もなく断る訳にはいかないので嫌々ながら受けてくれた。

「あの、魔法使いの方って本物なんですか?」

「……どういう意味だ」

これには皇子だけでなく、候補者達や観客も驚いたようで皆「なに言ってんだコイツ!?」的な視線を四方八方から浴びた。

「私はその魔法使いがどういう人か知りません。その人はちゃんと審査してくれるんですか?」

途端、まわりの空気が不愉快な物を見るような、排他的なものに変わり始めた。隣のニーナなんて特にだ。

「それは皇家を信用していないということか」

皇子がズバリと切り込んで来た。

「そうです」

私もズバリと答えた。

無理矢理花嫁候補者として拉致されたり、不愉快な思いをさせられたりしたんだから信用なんか出来るわけがない。

「ほう。それは皇家に対する侮辱、不敬として受け取るが相違ないか」

「自分の今の気持ちを正直に言っただけです」

皇子は怯まない私に驚いた様だけど、引かない私を見て、クッと冷笑した。

「では、皇家を侮辱した罪、私自ら裁いてやろう、と言いたいところだか、今のお前は花嫁候補者だ。このコンテストが終わり次第、城に引き立てるとする」

やけに愉しそうに言ってくれるが、もちろん城になんて行くわけがない!

「そうですか。ここでは自分の気持ちを正直に言っただけでそんな目にあうんですね」

ついでにこれみよがしに大袈裟に溜息もつけてみた。

「何だと?」

皇子は先程とは比にならないぐらい凄みをきかせて睨んで来た。人を殺せるような視線ってこういうやつか。

「だってそうじゃない。別に悪意を持って言ったわけじゃないのに。私は見ての通り、異国から来ました。しかもここに来てたったの数日。文化や風習も全く違うし、誰一人知り合いもいないこの国のことをすぐに信用することなんて出来ません! 皇子だって私の立場なら同じ様に思うんじゃないんですか?」

「ほう。私に向かってよくもそのような口がきけるものだ」

「…………」

スッと表情が消え、声からも怒りや屈辱とかだろうものが滲み出ているのを感じる。

多分、今私の立場が花嫁候補者じゃなければ、剣を突き付けられてもおかしくない、というより命すら危ういのかも。

初日のカールの言葉が頭をよぎった。


『奇跡ですよ』


それでも今ここで怯んだりしたら負けだ。

私だって自分の将来かかってるんだから、皇子に負けるわけにはいかない!

キッと皇子を睨み返し、まさに一触即発の空気の中、威厳のある声が響いた。

「双方共やめよ!」

その声にハッとして振り向くと、皇帝が厳めしい表情で立っていた。

「皇帝陛下」

小さく皇子が呟くと、皇帝は皇子の方へと向かって来た。

「リーンハルトよ、セリの気持ちを考えよ。セリはたった一人で、お前のためにこの異国に来たのだ。セリの言い分はもっともだ。城で取り調べするようなことではない。いいな」

皇帝はややきつい口調で皇子を窘めた。

「…………わかりました。今回は皇帝陛下のお言葉に従いましょう。ですが……」

皇子は堪える様に言いたい言葉をグッと飲み込み、一呼吸おいてから強い憎悪の視線とよく切れる剣のごとく鋭い切れ味を含んだ言葉で、私にだけ聞けるような大きさで、言い聞かせるように告げた。

「次は、ない。覚えておけ」

「っ!!」

皇子は踵を返して席に戻って行き、私はビクッと竦み上がった。

言葉にもだけど、無表情の顔にゾッとしたから。でも目だけは強く語っていた。

『絶対に赦さない』と。

私は無意識に一歩、後ずさろうとした。その時。

(え?)

私は自分の身体の異変に気づいた。身体が震えていたのだ。

精神力では負けなかったと思ったけど、身体は皇子の怖ろしさに負けてしまった。

(悔しい……!)

心の中は負けた悔しさで泣きたいぐらいだったが、ふと隣が視界に入った。

隣ではニーナが私以上に身体を震わせ、表情は蒼白だった。

両腕で自分を抱きしめるようにして、懸命に恐怖に耐えていた。

皇子の気にあてられたんだろう。普通の人、ましてや女の子だったらそうなるよね。

その姿をみたら何だか心が落ち着いて、私の方は身体の震えが止まった。

他人の怯える姿を見て、自分のみっともなさを認識して持ち直すなんてのもどうかと思うけど、人間なんてそんなものだと思う。

そんなふうに落ち着きを取り戻したとき、皇帝が声をかけてきた。

「セリ、そなたの言い分はもっともだ。リーンハルトが心ないことを言ったが気にする必要はない。そなたがこの国を知り、早く馴れるよう、疑問に思うことは何でも訊くとよい」

「はい。ありがとうございます」

私は何とか笑顔を作って皇帝に礼を言った。

「え、えー。では、次はどの品を誰が捜すのか、その抽選を行いたいと思います!」

気まずい雰囲気が流れる中、この空気を壊す様に恐る恐る司会者が試合の進行を始めた。

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