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三章 ダンス・三

「あー、疲れた!」

俺は大広間から直行で、リーンの執務室の扉を少し乱暴に開けて中に入った。

「ノックぐらいしろ」

すかさず、書類からは目を離さずリーンが突っ込んで来る。

「今ぐらい大目にみろよ」

俺は室内にあるソファーにぼすっと勢いよく座る。

「で? どうだったんだ」

「リーン、まずは俺を労うのが先だろ」

「は、何言ってるんだお前」

リーンは鼻であしらってくれた。

ま、いつものことだが。

「わかっちゃいたけどさぁ。この俺が、わざわざあんな茶番に付き合ってやったんだぜ?」

そう。もうリーンの花嫁はクロード王女殿下と決まっているのだ。

クロード王女殿下にこの話をもちかけたのが、他でもないリーン自身だ。

格だけなら他国の王女でもよかったが、知性、教養等を兼ね備え、なおかつリーンと並んで見栄えのいい女はクロード王女殿下しかいなかった。

リーンも王女殿下も結婚なんてどうとも思っていない。王族の結婚なんてそんなものだということを骨の髄から知っている。今回の茶番もお互いの利害が一致したから王女殿下は参加してくれたのだ。

計画は順調にいくはずだった。それなのに。

セリ。

彼女がやって来た。

皇帝陛下がこちらの思惑を知って彼女を候補者にしたのかはわからない。

見た感じは何も知らないお嬢ちゃんという風だが油断は出来ない。

現にあのリーンが心を動かされたのだ。

初対面でリーンの心を良いにしろ悪いにしろ動かすことができるやつなんて初めてだ。

仮にも皇帝陛下直々に認めた女だ。陛下が認めるほどの『何か』を持っているんだろうか。

だとしたらその『何か』を調べ早々に対処しなければならない。

利用できるものであれば利用し、できないものであれば処分という風に、だ。

「俺はどうにかしろと言っただけで、お前に出ろとは言っていないが?」

俺ははーっと大きな溜息をつき、背もたれから首だけリーンに向けて言ってやる。

「あのなぁ、お前が俺にどうにかしろって言ったら俺が直接やらなきゃいけないワケ。わかるだろ」

「ダンスの相手なんてお前じゃなく、弟でもよかったじゃないか」

リーンはしれっと言い返して来る。

「相手の力量がわかればレネにやらせたさ。けど、あの子が踊れるなんて思わなかっただろ!」

レネだってダンスは上手い。

だが、まったくの初心者を上手くリードしながら自分もミスなく踊るほどの腕はない。となると、俺がやるしかないわけで。

「なら事前に探っ……」

「だめだった!」

俺はリーンの言葉を苛つきながら遮った。

「俺だってそれぐらいしたさ! けど、全くわからないんだよ!」

そう。セリのことは殆どわからない。

わかるのは名前と異国から来たということぐらいか。

詳しい経歴を後見人である皇帝陛下に伺いに行ってみれば「サンジェルマンに訊け」との返事だけ。

で、そのサンジェルマン伯爵を探しに行けば、これがまた捕まらない。

なら直接セリをと思って行けば、サンジェルマンと喧嘩したりしていて話すどころじゃない。

「くくっ。お前に何も掴ませないなんてな。ま、そうでなければな」

遊びがいがないだろう? と言外に言っているのは言わずもがな。

「あーっ、くそっ!」

俺はソファーにごろんと横になった。

本当にあの子は何なんだ。

俺はセリのことを思い浮かべた。

リーンに物おじするどころか喧嘩まで売る、とんでもない怖い者知らずで。

出身も海を越えた遠い異国から来たという、見た目はどこにでもいそうな十七歳……よりはやや幼く見える少女。

何も出来ない子かと思えばそうでもなかった。

俺たちと会話が出来るということは、語学もそれなりに出来るんだろう。

サンジェルマンと喧嘩をしていたときの言葉は、俺にはまったく聞いたことのない言葉だったからな。

次にダンスが踊れた。

ダンスなんて庶民なら習うこともないだろうし、あれは昨日今日身につけた動きじゃない。

ただ、こちらのダンスとは多少違ったみたいだがそれでも臨機応変に俺に合わせてきた。

そんなこと、普通の少女なら出来ない。それなりの年月踊って、勘も良くないとな。

(それにあの身体つき……)

俺の見立てが間違いじゃなければ、かなりのくせ者だ。

(ははっ。何だ、面白くなりそうじゃないか)

ちょっと想像を膨らませてみると、思わず笑いが込み上げ洩れる。

「何だ?」

リーンが訝しげに反応した。

「何でもない」

俺はソファーから身を起こすと、伸びをして立ち上がる。

「さて、茶でも飲んでから仕事しますか」

「ローズティー」

当然のようにリーンが要求してきた。

「はいはい、わかってますよ」

ローズティーなら結構ご機嫌だな。

リーンが好きなローズティーを要求してくるのは大抵気分がいいときだ。

(セリが残ったからご満悦か。ま、その分セリには同情かな)

だけど俺もセリには最後まで残って欲しいと思う気持ちがある。

こんなに苦しくて狂しい日々を壊して、リーンを、俺を、引っ掻き回して壊してくれ!

そうなれば俺もリーンも楽になれるかもしれない。

そんな期待を勝手にし、愉しくなる気持ちを抑えながら、俺は執務室を後にした。

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