三章 コンテスト・四
だけどそんな私の気持ちなんて構わず、皇子はステージに上がり、私の前に立った。
私は仕方なく顔を上げ、皇子の顔を見た。
皇子は初めて会った時と変わらず、冷たい表情と視線で私を見下して立っていた。
違うところといえば、衣装が正装で以前より皇子様度が増しているぐらいかな。
(本当に外見だけならカッコイイんだけどなぁ)
けど次の瞬間には現実に引き戻され、憎らしさしかこみ上げて来なかった。
「お前でもわかる問題を出してやる。これが答えられないなら、私への無礼を詫びろ。もちろん全身全霊でだ」
くっ、と冷笑とともに、美貌の皇子は言い捨てた。
「っ!」
こんなことを言われたら間違えるわけにはいかない。
そりゃ、こんなコンテストなんかさっさと負けて家に帰りたい。帰りたいが、あんなことを言われたまま引き下がるなんて絶対にイヤだ!
私は言い返そうとしたが司会者が「さぁ! 問題をお願いします! リーンハルト皇子殿下!」と言ったので、かわりに力いっぱい今の怒りを込めて睨みつけたが、皇子は歯牙にもかけなかった。
「では問題だ。我がヘルブラオ国、皇后陛下は我が国の生まれではない。どこの国の生まれだ? 答えよ」
「…………」
私はすぐには答えられなかった。
答えがわからないからじゃなく、逆に簡単過ぎて拍子抜けして即答出来なかったのだ。
(まさかひっかけとか? でもコイツならありえるしなー)
と、心の中で自問自答している私に皇子は解答を迫ってきた。
「さあ、答えよ」
考えても答えは一つしか知らない。ならもう迷うことはない。
「イリッシュ国です」
「正解だ」
どうやらひっかけとかじゃなかったらしい。
観客の歓声の中、司会者が闘技場中に響き渡る様に高らかに告げた。
「第一試合は全員合格! 当然の結果でしょうか! なお、第二試合は午後からとなります! それでは皆様……と、お待ち下さい。リーンハルト皇子殿下からお言葉があります!」
(何だろう?)
この皇子なら用が終わればさっさと帰りそうなのに。
(もしかして私に対する嫌がらせでもするのか!?)
でなければ、あんな簡単な問題を出すはずがない!!
などと、色々考えて皇子の不自然さを怪しんで警戒したが、その予想は外れた。
「第一試合は全員合格。だがこれはほんの力試しだ。次の試合からはそうはいかない」
皇子はここで一旦言葉を切り、身体を私達から皇帝陛下達のいる観覧席へ向けた。
「そして、皆にもあらためて聞いてほしい。皇后陛下は祖国にある全てを捨て、一人異国の地へと嫁いできた。それも一重に皇帝陛下への愛故だ。イリッシュ国に残された家族はさぞ悲しんだだろうが、私は皇后陛下の勇気と一途さを素晴らしいと思う。それほど愛することができる人に出会うことができ、その結果、今私がここにいることができるのだから。候補者達よ、この私、リーンハルト・フォン・ヘルブラオをとるということは、この国に一生涯を捧げ尽くすということだ。今ならここで辞退することもできる。だが、このまま次の試合に臨むということは、全てを国と国民に捧げるという覚悟があると見做す。それ故、優勝した者が誰であろうと国民は認め、歓迎しよう。健闘を祈る」
皇子が言い終え、王族席から視線を外し、観覧席をグルリと見回すと「そうだ! 認めるぞ!」と言う声が聞こえてきた。
それはすぐに大きくなって、「認めるぞ!」「歓迎するぞ!」というような大歓声になって返って来た。
皇子はそれを満足気に受け止めると、私達の方を振り向き、「では、始めよう」と優しげな微笑を浮かべながら告げた。
あの皇子がこんなに優しげに微笑むなんて信じられなかった。
だからこそ、私には優しげな分だけ空恐ろしい未来しか感じられず、心が恐怖で冷えていった。




