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九章 宣戦布告・二十(リーンハルト)

この茶番も終幕だ。

ようやく終わる、そう思っていた。

だが——


「遅い! いつまで待たせる気だ!」


皇帝の怒号が控室内に響き渡る。

側に控える侍従達はその声に怯えている。

「もっ、申し訳ございません。まだセリ嬢が着いていないと外の者から連絡がごさいまして、もうしばらくこちらでお待ちいただきたく」

「リーンハルト! 一体どういう事だ! さっさとセリをここに連れて来い!」

座っていた皇帝が立ち上がり、私に向かって来、また喚き散らした。鬱陶しい。

「承知いたしました。では失礼いたします」

私はさっと控室から外に出た。


私は姫達のいる控室に向かった。

セリがまだ来ないとカールから報告を受け、確認のためにカール自身を向かわせたがカールは戻ってこない。その後ユリウスも向かった様だがあいつも戻ってこない。一体何をしているのか。

皇族の控室から出場者達の控室までは遠く、移動陣を使用しても十五分程度はかかる。

漸く控室に着いたが、様子がおかしい。

扉を守る兵士達は蹲り、顔面蒼白でガタガタと震えている。兵士達は私に気づかずただ何かに怯えている様だ。

「おい、一体何があった? 中はどうなってるんだ?」

ハーゲンがしゃがみ、蹲る兵士に現状を問うが、ぶつぶつと何かを繰り返して言っている様だがよく聞こえない。

「おい、しっかりしろ! リーンハルト皇子殿下の御前だぞ!」

ハーゲンは埒のあかない兵士の両腕を掴んで揺するが、兵士は怯えた目で視線を彷徨わせている。……使い物にならないな。

「ハーゲン、もういい。時間の無駄だ。開ければわかる」

「はっ。ですが、兵士がこのような状態になるなど只事ではありません。十分にお気をつけ下さい」

ハーゲンは立ち上がって振り返る。

「では、開けます」

警戒と緊張の混じった顔でハーゲンは扉に手をかけた。

重い扉がギギッと音を立てて開く。

ゆっくりと扉を開けて中を静かに覗いたハーゲンの動きが止まった。暫く経っても動かないハーゲンに声をかけたが反応がない。

「ハーゲン」

私はハーゲンの近くに寄り、先程より強く声を出すと、ハーゲンは物凄い形相で振り返った。転がっている兵士達と同じ様に顔から血の気が引き、恐怖に耐える様な顔。

「あ……で、殿、下……」

ハーゲンはその言葉を言うだけで精一杯の様で、それ以上の言葉は出てこなかった。

「退け」

これ以上待ってもハーゲンからは何も出ないだろう。

ならば自分で確かめればいいだけだ。

「あ、で、殿下……!」

ハーゲンが俺を引き止めようとしたが、無視して控室に入った。


俺は絶句した。


どんな現実でも直視し、呑み込み、生きてきた。

だが流石に今目の前の現実には理解と認識が追いつかない。

何故この場所にあいつが、チェリーゼルの悪魔がいるのだ?

何故あの小娘の側にいる?

しかもチェリーゼルの悪魔は小娘を背後に隠した。という事は、まさかあいつが小娘の騎士だというのか?

信じられない。

あの悪魔が何故? どうやって?

……だが考えても答えなど出ない。

情報が何も無いのでは、推測すらできない。

俺はささやかな現実逃避として、部屋の中の方へ視線と思考を逸らした。

扉の側には四人の兵士が蹲って転がっている。うち、二人はのびているが。

他の者は皆硬直した様に動かず、小娘達の方を向いている。クロード王女とその護衛も同じだ。

小娘達の相手をしているのはユリウスか。

カールは……小娘達の背後の方にいるのか。あいつも悪魔には手出しできないか。ふっ。

俺は小さく息を吸って吐く。

理解したく無い現状だが、これが現実だ。

俺は小娘達の方へ向かう。

「兄上」

ユリウスがスッと横へ退き、場を俺に押し付けた。

まあなんとも無様な場だな。


「カール、何をしている。こちらへ来い」

「はい、リーンハルト皇子殿下」


俺は小娘の背後の方にいるカールを呼ぶと、ほっとしたような感情を滲ませながら、カールがこちらに来る、が。余計な者までついて来たが、今そいつの相手をしている暇はない。

まずは何故こうなっているのかだ。

「これはどういうことだ」

カールは顔を上げ、今までの経緯を話した。

…………なんというか、言葉が見つからない。

どうしたらあのチェリーゼルの悪魔を騎士にできるのか。どんな伝手を辿ればできるのか。あいつを騎士にできるという事は、チェリーゼルが背後にいるという事でなはいか。だとすれば、小娘の過去が探れなくなても不思議では無い。敵の正体がわかればあとはどう対処するかだけだ。とりあえず今はこの茶番劇に幕を引かなければならない。

「セリ、剣士の変更は認めない。剣士がいなければお前自身が戦えばよい。この前の会合でそう言っていたな。早々に準備を進めて御前試合を開催するぞ」

セリ——小娘は悪魔の背後から出て来ない。

「ふっ。本当に主の仰った通り、ここの皇族は愚かですね。いえ、理解できない頭なのですから率直に言いましょうか。馬鹿ですよね。いえ、第一皇子だけが馬鹿なのですね。跪いている男も第二皇子も私を主——セリ様の代理剣士と認めたのに。それに——この国はもう三年前の事を忘れたのか」

小娘は出て来ず、代わりに悪魔が答えた。

その返答は腹立たしく、あの時の屈辱を再燃させるものだった。

「忘れるものか。卑劣な者共が。だが、それは今は関係ない。私はセリの代理剣士の変更を認めない、それだけだ」


「兄上!」

「リーンハルト様!」


ユリウスとカールが焦燥した声で俺を呼んだ。


「兄上、自分が何を言っているのかわかっているのですか!? 剣士の変更ぐらい認めても何も問題ないでしょう。それに女王の騎士を連れて来た時点でセリ嬢の勝利は確定です。この御前試合すら意味なんてありません」


煩い。そんな事、言われるまでもなく理解している。


「リーンハルト様、ユリウス様の仰る通りです。非常に不本意ではありますが、女王の騎士をセリ嬢の代理剣士としてお認め下さい」


煩い、わかっている。腹心であるお前までユリウスと同じ事を言うな!

業腹だが、悪魔に敵うはずがない事は間近で悪魔の所業を見た俺が一番理解している! が、は……? 待て、なんだあの顔は? あのチェリーゼルの悪魔があんなに柔らかく微笑するのか?

向かいから場違いな会話が聞こえたと思って視線を向ければ、悪魔が柔らかな微笑を浮かべながら小娘の頭を撫でていた。

俺は、幻覚の類の術でもかけられたのか?

そう考える中でも、小娘達の会話は進む。


「主、やはり馬鹿に何を言っても無駄でしたね。上が馬鹿で無能ならその国民も同じく馬鹿でしょう。ならばその様な国なんて、要りませんよね」

「えっ!? それは駄目、駄目駄目! 絶対に駄目っ!! 全国民が駄目なわけじゃないし、そんなことして要らない怨みは買いたくないっ!!」

「お優しいですね、主は。でもそんな心配は無用です。この国自体を消滅させれば遺恨も禍根もありません。もしあったとしても私が払いますよ」

「ああそっか。国自体無くなるなら確かに……」


俺はあまりに馬鹿で突拍子もない会話に苛立ちを募らせた時、聞き捨てならない言葉に反応したが、先にクロード王女の騎士が喰ってかかった。

「セリ嬢」

皆の視線が騎士へと向く。

「我らはこの国とは無関係。ヘルブラオ国の揉め事に巻き込まないでもらおう」

「えっ? でもクロード王女は皇子と結婚するんでしょ。なら関係あるんじゃないかなあ。元々皇子と王女は結婚する予定だったんでしょ? それに私はこの試合に勝っても皇子と結婚するつもりなんてないですよ。それこそ無理矢理結婚させようとしたら私、なにするかわからないですよ。ね、ルカ?」

「主の望みはなんでも叶えましょう」

は? 何故私と王女の婚約が小娘に知られている? この話を知っているのは私と極少数の側近だけ。誰かが漏らした? いや、それは無い。小娘は堀に飛び込んでから行方不明だった。俺の側近が掴めていなかったのだから、それは無い。それならば王女側が漏らした……? だと仮定してもその目的はなんだ?

「セリ。あなたに問いますが、あなたはリーンハルト皇子殿下と結婚する気はないのですか。ないなら何故この花嫁選抜に参加したのですか」

半分思考に落ちていたが、名を呼ばれ、はっとして話に意識を戻す。

すると今度はクロード王女が問うた。顔は蒼白だが、王女としての誇りか意地か、なんとか声を振り絞って出していた。

「ないです。あるわけないです」

俺は生意気な小娘の言葉に不快感が湧く。


「えーっとですね、私、そこのサンジェルマンに拉致されたんです」


は? 誘拐だと?

俺は聞き間違いかと思い、周りに視線を向けると、カールもユリウスも驚いている様だ。聞き間違いでは無いらしい。ということはサンジェルマンと皇帝はそれを知った上で小娘を選抜試合に捩じ込んだという事か。なんということをしてくれたのだ、あの無能め!

だが今はそれよりも、小娘達の方が優先だ。俺は小娘とサンジェルマンに視線を向けた。


「は? セリさん、何を言ってるんですか? ああ、緊張し過ぎておかしくなっちゃったんですね。大丈夫で……!?」


サンジェルマンが小娘の方へ向かうが、突然動きが止まった。声も出せなくなった様で、周りに助けを求める様な視線を向けるが、今その様な自滅行為をする者はいない。

「どうぞ、主。お話の続きを」

「ありがとうルカ」

小娘は一拍おき、俺達をゆっくりと見回した。


「私は皇子と結婚する気は全くありません! さっきも言った通り、私はサンジェルマンに拉致され、いきなり皇帝の前に連れて行かれ、サンジェルマンと皇帝にこのコンテストに参加しろと強制されました。私がどんなに嫌だと言っても無視されました。逃げようとしても全くわからない国に拉致されたので逃げようもありません。そうして無理矢理出場させられることになったんですが、あんまりにも不公平なので、私はサンジェルマンに出場するかわりに私の望みを叶えて欲しいといいました。タダ働きは嫌なので対価をもらって仕事として受けました。ただ私も誤算だったんですが、運悪く勝ち進んでしまいました。でも前回の試合で私は指定した物を用意できなかったので、失格にしてほしいと言ったのに却下されました。最っ悪ですよ。そのせいでかなり嫌な思いもしたし。ねえ?」


小娘は当て擦る視線を向けて来たが、小娘の経緯などに配慮する気など無い。

俺は小娘に対して相応の態度で対処しただけだ。


「セリ……嬢。それは事実なのですか?」


カールが内心を探る様に強い視線をじっと向けながら問うた。

「本当ですよ。まず拉致られた証拠として、私の衣装。ここら辺ではない洋服ですよね。ほら」

小娘はその場でくるっと回った。確かにここでは見ない形の衣装ではあるが、平民が着ているものに似ていなくも無いが。

「確かに初めて見た衣装だし、近隣諸国でも見ない物だ」

王女の騎士が同意した。

「だが言葉はどうなんだ。拉致されたのに流暢に我が国の言葉を話せるのは不自然だ」

カールはこの機会に自分の疑問を直接問う様だな。

「それはこれのせい」

小娘は服のポケットから指輪を出し、カールに向かって投げた。指輪はカールの近くに落ちた。カールは意味がわからず、だが警戒は怠らずに指輪を見ていたが、突然指輪が消えた。

「なっ!?」

カールは驚愕の表情を小娘に顔を向け、小娘は服のポケットを探り、中からつい先程投げた指輪を出して見せた。どういうことだ?

「なっ……一体何だそれは」

「え、呪いの指輪」

呪い、という言葉に私の全身に緊張が走る。

俺の事ではない。

そう、違う。

落ち着け、ここにはユリウスもいるんだ。

心を落ち着けている間も話は続くが、その話を聞くと心を落ち着けなくてもいいという気になった。

「その指輪が通訳……自動翻訳みたいになってて、私の言葉が話している相手と同じ言葉になるみたい。私は自分の国の言葉で話してるけど、そっちはちゃんとそっちの言葉になって聞こえてるんでしょ?」

「ああ、私達の国の言葉だ」

「言葉に関してはそういうこと。あ、その指輪はサンジェルマンが無理矢理押しつけて来た物。どんなに捨てても必ず私の所に戻って来るという呪いの指輪だよ、はあ。なので、何度でも言うけど、私は皇子と婚約も結婚する気もありません! 無理強いするならルカに色々お願いするからねっ!」

小娘はチェリーゼルの悪魔に、全て丸投げしても構わないと言ってのけた。

こんな話を聞けば、自身の呪いへの思考など消えてしまう。


この国——ヘルブラオを滅ぼすと言っているのだから。


「ああ、あと、普通に考えてもこんな得体の知れない子供を皇帝が婚約者に推薦するなんておかしいと思わないんですか?」


「思わないわけがないだろう!」


カールが激昂し強く吐き捨てたが、すぐにはっとしてきまり悪い顔を見せ、跪き俯いたまま、誰に言うともない感じて話し出した。

「……思わないわけがありません。こちらは何度も皇帝陛下にそのような催しでリーンハルト皇子殿下の婚約者をお決めになることはお止め下さいと申し上げました。ですが、皇帝陛下は聞く耳を持たず、決行されました」

「カールの言う通りだよ、セリ嬢。私達は皆で父上——皇帝陛下に諫言したよ。だけど皇帝陛下は強引に決めてしまった。兄上はクロード王女殿下との婚約が決まった所だった。まるでその婚約を無くしたいかの様に、無視する形で進められた。クロード王女殿下には経緯をご説明し、無礼とは存じながらも、意味のない花嫁選抜にご参加いただいたんですよ。ねえ、兄上」

「ああ」

嘘の言葉に同意する気は無いが、この場で否定するには分が悪い。仕方なく同意したが、あいつはさぞ気分が良いだろうな。

「ふーん。ここにいる人達は一応皇帝を止めたんですね。なら悪いのは皇帝で止めた人達は悪くないですね。全く悪くないわけじゃないけど」


…………は?

何を言っているのだ、この小娘は。

諫言したから悪くはないだと?


「……セリ嬢は止めた私達を悪くない、あなた達に迷惑をかけた私達を仕方ないと言うのですか? 許すと」

ユリウスも同じ様に思ったのか、未知の得体の知れない生物を見るような顔で問うた。

「許すわけじゃないし、全く悪くないとは思いませんよ。ただ、やって駄目だったんだから仕方ないんじゃない? って思っただけ。けど……」

小娘は一旦言葉を切り、順番に俺達に視線をむけた。

「第一皇子にとっての花嫁選びは諦めて許せる、従うことのできる程度のものだったんだなーと思って。だって仮に私と婚約することになっても我慢して婚約するんでしょ? 得体のしれない私なんかと。でも私は婚約した途端に不慮の事故とかで死にたくないから必死なの。それはルカを連れて来たことで理解してもらえたと思うけど、ねえ?」


は……?

なんだと……?

ふざけたことを抜かすなっ!

ただの愚かな小娘が俺の何を知っている?

お前如きが俺を侮辱するなど絶対に赦さぬ!

俺は今すぐ小娘を引き摺り倒して、殺したい衝動に駆られ、一歩踏み出そうとしたが、悪魔が己のローブに小娘を隠した。

俺は驚愕過ぎて足が止まった。

今、目の前で起きている事は本当に現実なのだろうか。

あの悪魔が、チェリーゼルの悪魔と呼ばれるあの男が、慈しむような優しげな微笑を浮かべながら小娘を己の内に入れ、守っているだと!?

そんな現実を信じろというのか!?

本当にこれは現実、なのか……?

信じ難い現実を直視しながらも、受け付けられず呆然となるしかないが、小娘の挑む視線に少し気が戻る。

「ああ、あなた達が私にしてることって、あなた達が皇帝にされたことまんまじゃん。皇帝に嫌だって言っても聞いてもらえなくて無視されて強引にコンテストを開かれて迷惑してる」

気が戻ったが、今度は意識が飛びそうになった。

お前と俺の立場が一緒だと?

思い上がるなっ!!

出自すらもわからないような愚鈍な小娘と、正統なヘルブラオの血を引く俺とお前が同じ?

冗談では無い、冗談で済む様な話でも無い!

ああ、ああ、一体何なんだ!

何故俺が、こんな愚鈍な小娘に侮辱されなければいけないのだ。怒りで頭がおかしくなりそうだ!


『殺せばいい』


腹の底、いや、頭の中から感情のない冷えた声が響いた。

瞬間、まずいと感じたが今はどうにもできない。


『殺せばいい、殺せばいい、邪魔なものは全て殺せばいい♪』


冷えた声は歌う様に調子をつけて、頭の中で響き渡る。


やめろ、煩い、黙れっ!!


俺は外の悪魔より、内の悪魔ともやり合わなければならない状態に陥り、目の前では話が流れ進んで行く。


「わかりました。では御前試合を開始しましょう。私は観覧席に戻ります。あとは任せましたよ」


ユリウスが勝手に取り仕切り、部屋から出て行った。

カールは俺の今の状態を察しているのだろう。

一瞬だが、気遣わし気な視線を向けてきた。

だが、他の者に気づかれる訳にはいかない。

カールは何食わぬ顔でヒルデと打ち合わせを始めた。

ならば俺は心を落ち着け、発作を回避しなければ。この場で精霊水を飲むわけにはいかない。

ぐっと心を静めながらも、俺は小娘と悪魔から目は離さなかった、いや離せなかった。

何故なら、あの悪魔が戸惑いながらも笑顔を見せて小娘に誠実に向き合っているからだ。

騎士であれば主に誠実であり、忠実であるのは当然だ。

だが悪魔が小娘の騎士になっているとしてもだ、ほんの数日前だろう。それなのに小娘はあの悪魔を笑わせ、心を掴んだ。そう思っても仕方ない。

目の前で浮かれた雰囲気を出して、小娘を抱き上げる悪魔を見れば誰もがそう思うだろう。現に今、この部屋にいる者は顔を恐怖に歪めながら、認識できない現実を見せつけられ、頭がおかしくなりそうなのだ。

だが……何故小娘はあの悪魔にああも平然として接する事ができるのだ?

何の恐怖も抱かず、平然と触れ、会話ができるの、だ? …………は?

あのチェリーゼルの悪魔が、大声で笑っているだと!?

しかも、小娘は悪魔の頭に触れ、撫でている? 遊んでいるのか? 何故そんな流れになるのだ? 訳がわからなすぎて頭が麻痺してくる。

俺の以外の者達も同じ様に思ったのだろう。中には、ふらついて崩れ落ちている者もいる。

会話の内容はよく聞こえない。悪魔が聞こえない様にしているのだろう。だがその雰囲気だけで、この場にそぐわないような話をしているのはわかる。

ああまた、なんの躊躇いも遠慮もなく、小娘は悪魔の顔を触る。悪魔も嬉し気に表情を緩ませているのだろう。

……何故、あの悪魔はあんなに触れられているのだ?

俺の心にそんな疑問がふと浮かんだ。

あの悪魔は幾百幾千の命を奪ったのだ。何の躊躇も無く無慈悲に。

領土を強奪された時も、あいつは無表情で我が国の兵士を切り捨てていた。たった一人で。その周りには沢山の血に塗れた兵士が倒れていた。

あの時のあいつは騎士では無く、ただの剣士だったが。

だがそんな事はどうでもいい。

あいつは俺より人を殺している殺戮者だ。

それなのにあの小娘は、その殺戮者にあんなに笑顔や気遣いをするのにこの俺には反抗や抵抗する。この俺は国のために行動し、何も間違った事はしていないのに、あの小娘はそれを否定し拒絶する。


何故だ?


何故殺戮者には笑みを見せ、俺には見せず拒絶する?


何故だ?


何が違う?


いや、何故だ?


何故俺はあの小娘を気にするのだ?


何故——


『綺麗、なのに……』


あの時あの小娘の言った言葉が甦る。

暴かれた本性の俺を、呪いに蝕まれた俺の姿を綺麗、とあの小娘は言った。

あの時のあの言葉が、俺の心に細くて小さな棘の様に刺さり抜けない。

どうしても……抜けない、消えない。

何故、どうしてだ——

何故、悪魔のあんな振る舞いは許されるのだ——?

俺は呼吸が止まるぐらい驚き、目が見開いた。


目の前の二人は、額をつけ合い、まるで——まるで愛を囁き合う男女に見えるからだ。

あの悪魔が?

血に塗れ、俺より呪われる理由のある悪魔が、愛を囁く? 囁かれる?

おかしい、おかしいじゃないか。

悪魔も小娘も。

何故小娘はあんなに安心した顔でこちらを見ているの、だ? は?

小娘は生意気な顔を俺に向けて、馬鹿にした様に舌をだした。腹立たしい。

また、小娘への怒りが再燃する。

小娘達はまた戯れあいだし、視界に入れば不愉快なのに、何故か視線を逸らせない。


何故——

何故——?

知っている。

気づいている。

でもそれは気づいてはいけない。

気づけば——認めれば——俺はもう……。


俺は思考の全てを振り切り、元来た扉へと踵を返した。

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