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九章 宣戦布告・十九

見えない壁がバンッと音を立てて弾けた様だ。

何故ならゴツいおじさんが後に吹っ飛んだから。

ゴツいおじさんはすぐに立ち上がり体勢を戻し、剣を構えてまた突っ込んでくるかと思ったけど、ピタリとその場で止まった。

おじさんだけじゃなく、皇帝、皇子、魔法使いのお姉さんも一歩も動かない、というより動けないんだな。顔色が悪い。散々悪態や罵声やらを飛ばしてたのに、ルカが何かしようとしたらこれだ。小物だ、小物すぎる……けど、仕方ないか。国を三つも滅ぼした人相手ならね……。


「よく聞くがいい、塵共」


ルカが皇帝達に視線を向けて告げた。


「我が主、セリ様に対し、塵共は不当に貶め、辱めた事、私は決して許しはしない。本来であればこの国ごと殲滅する所だが、主の温情により命だけは奪わずにいてやる。這いつくばって、心の底から主に感謝せよ」


「戯言もいい加減にせよ! 皇帝たる私が無能な小娘に感謝だと!? 感謝するなら小娘の方だ! 我が国に尽くす栄誉を与えてやったのだ。感謝するべきはお前達だろう!」


ルカの言葉を聞いたとたん、激昂して喚く皇帝に冷たい視線を向けたルカはトン、と右足の爪先で軽く地面を叩いた。

少し間を開けてまたトン、トンと。

ルカのなんでもなさそうな動作でも皇帝達は危険を感じる様で、すぐにざざっと後へ下がる。

だけど何も起こらない。

でもルカは黒い微笑を崩さずまたトン、と軽く地面を叩いた。

「はっ! なにも起こらないではないか! 騎士団長、ゾンネ、リーンハルト、さっさっとあの反逆者共を殺してしまえ! ……なんだ、この揺れは?」

皇帝は何も起こらない事に安心したのか、また暴言を吐き散らした。馬鹿過ぎる。

でも……揺れ?

別に揺れてないけど? と思ったけど、ルカに抱っこされていては、揺れていてもわからないか。

私はルカの顔を見た。

「ああ、大丈夫です。私達には関係ありませんよ。それよりもほら、正面をご覧になって下さい」

ルカは黒い微笑を深めて言った。

言われて正面を見ると。


「えっ?」


観覧席の方から、切羽詰まった悲鳴が上がり始めた。

だって……闘技場が崩れ始めたから。

頑丈な石と造りで、崩れる想像が難しい程しっかりとした闘技場がボロボロと崩れて砂になっていく。

「うわっ、うわわわっ!?」

近くからする声の方に顔を向ければ、舞台近くにいる審判の人の声だった。

うん、そりゃ驚くね。

舞台も崩れサラサラの砂になれば。

「ゾンネ、何をしている? さっさとこの魔法をどうにかしろっ!」

皇帝がお姉さんに怒鳴り散らしている。

「は、はっ! 先程から対応していますが止まらないのです」

お姉さんは金の杖を両手で握って、地面に突き立ててなんかしているみたいだ。

「言い訳などどうでもいいっ! さっさとしろっ!」

おじさんも皇帝と同じ様にお姉さんに怒鳴り散らした。

「煩いっ! お前こそどうにかしなさいよ、騎士団長のくせに! この役立たず!」

「なにおう!?」

お姉さんは騎士団長には言い返すけど、顔は杖を凝視してなにかをしている。魔力、とかを注いでいるのかな。

「ん?」

観覧席の方から絶叫があちこちから響き始めた。皆、砂から出ようとしているのに、もがけばもがく程、砂の中に沈んでいって出られない様だ。でもなんかちょっと……どっかで見た事ある様な。なんだろ。ああ、思い出した。あれだ。

「蟻地獄みたい」

と、ぽろっと言葉にしてしまったらルカが反応した。

「アリジゴクとは?」

「ん、ああ。蟻地獄っていうのは昆虫の巣のことで、こう、すり鉢状の砂の巣にいてね……」

と、手振りを交えてルカに説明すると「その様な生物がいるのですね。参考になります」と言ってクスッと微笑った。その顔を見てなんとなーくこの先の展開が読めたかもと思ったとき。

「ひえっ! え、わっ、わわわっ!? な、なんなんだ一体!? え、え、えっ?」

またしても審判の人の声で、そっちを見た私は「え?」と言葉が出た。


服が……ない、のだ。

上下ともない。

何もない。

今はいわゆる……裸族、状態。


「え、ええっ!?」


なんでどうして何故裸族!?

そして同じ様な悲鳴が皇帝達の方から上がり、特にお姉さんの悲鳴が切羽詰まってたけど、裸族であろう姿は見ることなく、ルカの手で視界を塞がれた。


「主はあの様な汚らわしいものなど視界にお入れになる必要は、全く必要ございません」


「え、あ、うん。はい」


ルカはキッパリ言い切り、私は素直に頷いた。

ちなみに審判の人は拡声器、選挙とかで見る様な大きいやつなので、大事な部分を隠すには十分な? 大きさだったので、私は見てない、見えてないよ。でも拡声器も砂になり始めていたので、すぐに視線は逸らしたよ。見たくないし、そんなの。


「ちょっと、私の裸は美しいわよ! 失礼な事言わないでちょうだい!」


お姉さんがルカにくってかかった。


「は。三流魔法使いが何を言う。ああ、魔法が三流だからせめて身体だけは自慢できるようにしたのか? はっ!」


「なんですって!? 私が三流ですって!?」


「三流だろう? この現状をどうにもできていないのだから」


「くっ!」


なんとも微妙な会話が始まってるけど、魔法使いなのにどうにもできていないならまあ言われても仕方ない……かも。


「悪魔よ。セリをさっさと離せ。それは私のものだ」


今まで黙っていた皇子が割り込んで来た。

皇子がこっちに近づいて来るのがわかる。怖くて身体が竦んだけど、それは一瞬だけ。だって、ルカに守られているんだから。と思った瞬間、パン! と乾いた音がした。何かが弾かれた様な音。もしかして皇子が手を出した?

私はぎゅっとルカの服を握った。


「大丈夫ですよ、主。私が主を守りますから。……下がれ、我が主はお前のものではない。やはり塵には理解することはできないのだな」


「お前こそ頭が悪い様だな。セリは私の婚約者になるためにこの選抜試合に臨んだのだ。そして勝利した。であれば、それは私のものだ。セリ、さっさとこちらへ来い」


は? 私、何回も何回も言ったよね。嫌だって。

またこの堂々巡りかと思うと頭がおかしくなりそう。皇子への怒りと嫌悪がさらに湧き上がり、声を出そうとしたけどルカに先を越された。


「黙れ。痴れ者が。そろそろいいだろう、仕上げだ」


ルカはさっきよりも強くトン、と右足の爪先で地面を叩いた。

するとすぐにとんでもない音量の絶叫が響き渡ったけど、何故かだんだんその絶叫は小さくなっていく。

「もう目を開けていいですよ、主」

ルカはもう手を退けていて、目を開けた視界に入った景色は。


「はっ、ええっ!?」


私はぽかーんと辺りを見回した。

だって目の前にはなにも無いんだから。

崩れて砂山になった闘技場も、観客も、なにも無い。でも悲鳴や嘆く声は聞こえる。

そう、下から。

私はルカにしっかり掴まりながら下を見た。 


「えっ、はい?」


下、地面があった場所は大きな穴がぽっかり摺鉢状に空いていて、その穴の中には砂に埋もれながらもなんとか外に出ようと足掻きもがく人間がいた。

そう。それはまるで蟻地獄から必死に這い出そうとする獲物の様で——。

「ルカ……」

私はじとっとした目でルカを見た。

「いやあ、いい話をありがとうセリ」

ルカは爽やかな笑顔で言った。

蟻地獄の話をした時点でなんとなーくやりそうだなーとは思ったよ、思ったけどね!

「まあ、もういいけど。でもあのままじゃ、皆死んじゃうんじゃないの? それはちょっと……困る」

「大丈夫だ。あの中にいる三流魔法使いがなんとかするさ」

「そっか。ならいいや」

私はルカの言葉を信じる事にした。

それと私達、今、浮いてるんだよね……?

これはもしかして魔法?

「ねえルカ、今浮いてるのって魔法?」

私は落ちないようにルカの首に腕を回して訊く。

「くくっ。大丈夫、落とさないよ、セリ」

「ゔっ」

バレバレで恥ずかしいけど、ルカは空いている右腕を私の背中に回してくれた。

「浮いているのは魔法では無い。魔力を使って浮いているだけだ。魔力を使用するという意味では魔法といえなくもないが」

「ふー、うぇっ!?」

いきなり下から私達に向けて、光の矢のようなものが向かって来たけど、穴の天井位置ぐらいで霧散した。

「なっ、なに、いっ、今の」

私はルカにさらにしがみつき、バクバクする心臓と共にルカに訊く。

「ああ。三流魔法使いが光の矢でも放ったんだろう。馬鹿だよねえ。だから三流なんだけど。安心して、セリ。セリには傷一つつけさせないからね」

ルカは私に頭を寄せて優しく言った。

「うん」

私はバクバクが収まってきた心臓にほっとしながら返事をした。

「さて」

ルカは下を見る。

「ふっ。無様で滑稽。役に立たない塵に似合いの姿だな」

ククッと悪役の笑みを浮かべた。

イケメンだと何をしてもキマるのはイケメンの特権だね。要するにカッコよすぎて堪らない。

私は心の中で悶えている。

「さっさと出せ、この悪魔!!」

「ぶふっ」

皇帝が喚く姿に私は吹き出した。

ううん、皇帝だけじゃ無い。

お姉さん、おじさん、皇子、カール。

全員が砂を身体に纏わり付かせて、身体全体を洋服の代わりにして隠している。でもその格好はぱっと見、蓑虫みたいだ。しかも顔はドレスとかがよく似合う顔立ちだから、砂の簑が全く似合ってなくて余計に笑いを誘う。

「ゔっ、っふふふっ」

私は顔を背け、左手で口元を押さえながらなんとか笑いを噛み殺そうと頑張る。

「セリが満足したようで何よりだ」

私は小さく頷いた。

いや満足したとか、そういうんじゃないけどね。今は笑いを噛み殺すことを優先しているので、ちょっと違うよとも言えずそういうことにしておく。


「聞け、塵共よ! 我が主、セリを貶めた塵共は今この場で処分する事が当然の裁きだ。だが、我が主は命だけは助けると仰った。故に、今回だけは見逃してやろう。但し、平民を先に助けることがお前達塵が助かる条件だ。ああ、あと一つある。それは自分自身の力で穴を這い登ることだ」


「ふざけるな! 皇帝たる私を差し置いて平民を先に助けるだと!? 最も高貴な……」


「嫌なら自力で這い上がればいいだけだ。さあ、三流魔法使い。三流でもそこにいる平民を助ける事はできるだろう? ククッ」


「なぁんですって!? 私が三流ですって!? 撤回しなさい、悪魔! このわた……」


「ああ、塵共の妄言はもういい」


皇帝達の話を聞く気はないらしく、ルカはさっきから皇帝達の話を途中でぶった切っている。

まあ酷い悪口しか言ってないからね。私も耳に入るだけで疲れる。


「最後に言っておく。我が主、セリに手を出そうとするものは全て滅殺する。皆殺しだ。例外は今この時だけだ。よくその身と心に刻むがいい!」


ルカが少し低めだけど、よく通る声で言った。カッコいい……!

私がそのカッコよさにふわふわしながら悶えていると、氷の様に冷たい声が高揚した気持ちを一気にどん底に落とした。


「セリ! お前は私のものだ! 絶対に逃がさない、どこにいても絶対に見つけ出し、手に入れる。絶対だ、忘れるな!」


声の方に顔を向ければそこには皇子がいた、けど……ゔっ。

私はすぐに顔を横に向けた。

裸族だから背けたわけじゃない。

むしろ裸族の方がまだ見栄えはいいかもしれない。

だって今は……蓑虫状態なんだから。

しかもあの傲慢で俺様皇子が今はカールの肩に腕を回して、上半身だけ砂から出ている状態。

全身砂まみれで威厳も迫力も洋服もない、物凄く残念な状態で言っているのだ。

いやもう、言葉がどんなに怖くても、怖くならないシチュエーションでしょ、これ!?

「っふふ……」

私は笑いを噛み殺しながらもう一度、視線だけ皇子に向けた。

やっぱり皇子は全身砂まみれの残念な姿で私を強い視線で冷たく睨んでいる、けど……。

駄目だ。もう無理。

私はルカの方を向いて笑い出した。

「あっははは! 無理、もう無理! 笑うなって方が無理だよ、あれ! ふふっ」

「ふふ。セリがそれだけ笑うなら、とりあえずは満足したのかな」

「ふ、ふふっ、そう、だね。とりあえずは、スッキリしたよ」

「なら、帰ろう」

「うん、帰ろう」

私は頭をコテンとルカの肩に預け、最後にチラリと蟻地獄へ視線を向けた。

まだまだ壮絶なカオス状態だけど、その中から皇子の視線だけは変わらず私を冷たく睨んでいる事に気づいた。

こんな状況でも狼狽えず、ただじっと私だけを睨んでいる。

その事を認識してしまうと、身体の中がスッと冷え、ゾッとした。

そしてさっきの言葉がよみがえってきた。


『セリ! お前は私のものだ! 絶対に逃がさない、どこにいても絶対に見つけ出し、手に入れる。絶対だ、忘れるな!』


今の冷えた頭で聞くと、ゾッとする以外ない。

だってまるで私に対する宣戦布告にも聞こえるから。

皇子は私を諦めない、そう言ってるんだ——。


怖い。

怖い、怖い、怖い——!


私は皇子の視界に自分を入れたく無い、見せたく無い。

だからルカの腕の中に隠れるように身体を縮こまらせた。

それに気づいたルカは「転移するからこのまま大人しくしてろ」と言った。

私は小さく頷いた。

身体がふわっとする感じがする。

ああ、転移したんだ。

そう思うと、とてつもなくほっとした。

そして、もう二度とこんな場所に行きたくないと強く強く思った。

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