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九章 宣戦布告・十八

私がルカの側に行くと、観覧席の方から光の道が現れて私達の元まで伸びた。

えっ、と思って私はルカを見上げた。ルカは小さく微笑し、腰のポーチからインカムの様な物を取り出し私の右耳につけた。

「これは小型の拡声器です。この場にいる全員に主の話を聞かせるには必要でしょうから」

なんとこれは小型マイクだったのね。この世界にもあったんだ。私はルカの話しを聞きながら、小さく頷く。

そして光の道の方に視線を向けると、先頭が鎧を着けたゴツいおじさん。その後がスタイルのいい金髪のお姉さん。確か魔法使いの人だよね。その後が皇帝でその後に第一皇子。さらに後には多分皇帝の側近の人かな。だってその後にカールがいるからね。

全員が私達の前、二メートルぐらいの距離を取って立ち止まると、この場にいたクロード王女の騎士、審判がさっと皇帝に跪いた。でも私とルカは立ったまま。だって、敬意も何も持ってないもん。

「セリ嬢、皇帝陛下の御前である。跪け」

と、ゴツいおじさんが命令してきたけど無視した。おじさんはあからさまにイラッとしたけど、ルカがいるから強く出れないみたい。まあそりゃそうだ。そんな私達を皇帝が「よい」と手を出して制した。

「セリよ、まずは祝いの言葉を贈ろう。よくぞ勝利した。高貴な姫達相手にここまで健闘できるとは、我が目に狂いは無かった。さあ、勝利したそなたは我が息子、リーンハルトの婚約者だ。リーンハルト共々、我が国の発展に尽力して欲しい。さあ、リーンハルト、そなたもこちらへ」

皇帝のどうでもいい話は闘技場全体に響いているのに、私達の間では普通の会話の音量だ。けどそれを不思議だねと問いかける暇も無く、皇子が皇帝の横に進み出た。表情はいつも同じく、冷たく無表情……なんだけどなんかちょっとだけ、いつもと違う様な……? 気がする、かも? 何が違うのかはよくわからない。私はちょっとだけ眉間に皺を寄せたけど、すぐに顔を引き締め、皇子に立ち向かうために心の中で気合いを入れる。

皇帝は私達を満足気に見た後、観覧席に視線を向け、言葉を発しようとした所を私は遮った。


「私は皇子と婚約も結婚もしません! 何故なら皇子の本当の婚約者はクロード王女だからです!」


「セリ、何を言うのだ!? そなたはこの選抜試合に勝利したのだ。勝者がリーンハルトの婚約者になるのだ。そなたはその実力を持ってリーンハルトの婚約者の座を勝ち取ったのだ! 否やは許さぬ!」


インカムのおかげで、私の声が闘技場全体に響いた。闘技場全体が緩い雰囲気でも、私の発言はそれなりに衝撃だったらしく、ザワザワとし出した。

「そんなの知りませんよ。大体私は無理矢理この選抜試合に押し込まれただけで、こんな試合になんて出る気はまっっっったく無かったんですからね。それは皇帝の方が知ってるはずですけど?」

嫌味を込めて私は皇帝に向かって言った。

「さて、そのようなことは無かったが。そなたはリーンハルトの心を慰めたいと強く願ったからこそ、私はそなたの後見人であるサンジェルマン伯爵を信じ、そなたの出場を認め、後見人になったのだ。それを理由もなく破棄するとは許される行為ではないぞ、セリ!!」

「っ!!」

皇帝に怒気をこめた言葉と顔で恫喝され、私の身体が竦んだ。何度同じ事をされても慣れるなんて事は無い。でも、ここで怯んじゃダメなんだ!

私は何とか立ち直ろうと、両手をぐっと力を入れて握り込み、お腹にも力を入れる。

「わっ、私はっ、なんて言われようと、絶対に皇子と婚約も結婚もしませんっ! そもそも子供の結婚相手をこんなコンテストで決めようとするのが変なんですよっ!」

私は頑張って言い返した。

そこにいる誰もが、私がこんな風に言い返すとは思っていなかったらしく、全員がぽかんとしていたけどすぐに我に返ったゴツいおじさんが威圧してきた。

「小娘! 我等の偉大なる皇帝陛下に対してなんという振るまいかっ! まずは皇帝陛下に対する礼儀を学べ! 陛下への侮辱を詫び、さっさと跪け!」

冗談じゃない! 私は悪い事は何も言ってないんだから、そんなこと、絶対にしない。

きっ、と目に力を込めてゴツいおじさんを睨んだら「この小娘がっ!」と大声を出して私の方に来ようとしたけどすぐに止まり、顔色を悪くした。

ルカが私の前に出たから。ルカが動いただけでその場にいる全員が竦みあがり、顔色を変える。

私はほっとしたけどやっぱり怖くて、ルカの上衣の裾をぎゅっと掴んだ。それだけですごく安心した。

ほんの少しの間、私達と皇帝側にピリついた空気が流れ、皇子が一歩踏み出した。


「私は先に告げた通り、この選抜で勝利した者と婚約する。相手が何を喚こうが関係無い。だが、セリ嬢は我が国に害をなした剣士を連れている。このままでは我が国にまた害が及ぶ事は確実。それ故、私はこの場で宣言する。私は皇位継承権を放棄し、皇籍からも離脱する。今後は皇家直轄地を治める一公爵となり、臣下としてヘルブラオに貢献していく。なお、先程クロード王女殿下が私の婚約者であるという話があったが、それは違う。クロード王女殿下は我が弟ユリウスの婚約者として我が国にいらした。今回の選抜試合にはこちらがお願い申し上げ、数合わせとして出場いただいたのだ」


皇子も拡声器を使ってるんだろう。闘技場中に皇子の声が響き渡る中「許さぬ! 許さぬぞ、リーンハルト!」と皇帝のとんでもない怒声が響く。私はルカの背中に隠れてしがみつくと、ルカが小さく笑った。


「リーンハルト、我が許可無くその様な暴挙は許さぬ! お前は皇子として国に尽くすのだ。臣下になどさせぬ!」


「いいえ、私は臣下に下ります。ユリウスは次期皇帝としての実力はあります。多少心許ない所は皇帝陛下や側近が支えればよいこと。皇子のまま、セリと婚約する事は皇族の為にはなりません。それは皇帝陛下もご理解されているのでは」


私はルカの背中から顔だけ出し、皇子と皇帝の方を見る。皇子がものを言えば皇帝の怒りが増していく様だ。

「ならばお前がセリをしっかり躾ければいい! あいつはセリの騎士だろう? 騎士ならば主人の言う事に逆らえぬ。お前は私の言う事を黙って聞いていればいいのだ! 私に逆らうなど許される事では無い!」

「お言葉ですが、チェリーゼルの悪魔を御するのは容易い事ではございません。皇帝陛下ならびに国を守る為の最善の策を実行するだけです」

「リーンハルトッ……! お前は」

怒りが収まらない皇帝の言葉を無視して、皇子が私の方を向き、右手を差し出した。


「来い、セリ。お前は今この時より私の婚約者となった。さっさとこちらへ来い」


手間をかけさせるな馬鹿、と言ってそうな冷たい視線を浴びながら皇子が告げた。

私はずっと嫌だって言ってるのに。

私はルカの背中から、皇子の正面に出た。でも、左手でルカの上衣の裾は握ったまま。怖くてルカに掴まってないと気を失いそうなのだ。

乾いた口の中を一生懸命唾液を出して湿らせてから、私はまた同じことを皇子に言う。


「私は、皇子と婚約なんて絶対にしません! 誘拐されて無理矢理こんなコンテストに出場させられ、酷いこともされた。そんな相手の婚約者なんて嫌だって言ってるの! 私は嫌なの、絶対に皇子と婚約なんて嫌だっ!!」


私ははあはあと息を吐いて言い切った。

怖さに耐えながら、嫌だという気持ちを言った。最後はもう感情のまま叫んでしまった。


「そうか。だが前にも言ったがお前の気持ちなどどうでもいい。私はお前と婚約し、国の為に尽くすだけだ。これ以上の話も面倒も必要無い。さあ、早くこちらへ来い」


私はざあっと血の気が引いた。


怖い。


本当に、本当に、話が通じない。

ううん、違う。

私の意思なんて、本当にどうでもいいんだ。

私の人生がどうなろうと、この人達はどうでもいいんだ。

もし、このままここで皇子に捕まったら?

また前みたいに、酷いことをされる。

もしかしたら毎日酷い目にあうかもしれない。

それにサンジェルマンも出て来たら?

もっと怖い目にあうかも知れない。

もう自分の家にも帰れないかも知れない。

家族にも会えないかも知れない。

そう考えたら、ポロッと涙が零れた。もう怖くて怖くて立ってられず、ルカにしがみついた。

私の、ただ一人の味方に。


「ルカッ、ルカッ、怖い、怖いよっ……! なんでこの人達はっ、わっ、私の話を聞いてくれないの……? 何度も、何度もっ、嫌だって、言ってるの、にっ……。うっ……ルカァ……」


私はもう怖くてルカにしがみついて泣いた。

ルカは私の背に腕を回した。それだけなのに、凄く安心した。守ってくれるってわかったから。


「主」


ルカが少し私から離れ様としたので、私は嫌だと言う代わりにぎゅっとしがみついた。

ルカは苦笑して、私を抱っこした。


「大丈夫、主から離れたりしませんよ。ただ、主の顔を見て話をさせていただければと思いましたのですが。私がよくありませんでしたね、申し訳ございません」


理由がわかってほっとした私は、小さく首を振る。そしてルカの首に両腕をまわし、身体を縮こめルカの肩に顔を押し付け、なるべく声を押し殺して泣いた。

怖い、大嫌い、悔しい。

いろんな負の感情がごちゃ混ぜになる。

それは涙や嗚咽に混じり、身体の外に流れ出る。

そうして最後に残ったのは——怒り。

自分が不当に扱われ、貶され、軽んじられた事や、諸々の理不尽に対する怒り。

そう、あいつらに一発いれなきゃ気が済まない。

そもそもそのためにここに来たんだから。

私は泣いて酷いことになってる顔を上げた。

私が泣き止むまでただじっと守ってくれてたルカに感謝する。

「ルカッ……、ありがとう。もっ、もう、大丈夫っ…」

しゃくりあげながらルカに言うと、ルカは私の背中にそっと手を置いた。

「主、私は主に癒しを捧げたく存じ上げます。主に触れる我が身をお許しくださいますか」

私はきょとんとして、近くにあるイケメンルカの言葉を聞いた。

顔は無表情に近いけど、声は凄く心配している気持ちを感じるし、私はめっちゃルカに触りまくりなんだから全く問題ないので「うん」と答えた。

「ありがとうございます。では、失礼します」

そう言った後、ルカは私のおでこにキスをした。


「!?!?」


私は声にならない叫びを上げた。

至近距離にあったイケメンルカの顔がゼロ距離になった上に、キス、されたわけなんだからね……。で、でも、キスっていっても、唇が触れるか触れない程度だったしっ……!!

イケメンのキスであわあわしている私に、キスした本人は微笑しながら「気分はどうですか」と訊ねてきた。

「えっ!? えっ、あっ……」

言われて私は気づいた。

泣いて浮腫んで熱をもっていた顔が、スッキリしていることに。

「んん?」

私は確認するために両手で顔を触る。

熱くない、どころか凄いスッキリしてる。浮腫んでないし、涙の跡まで無さそうだ。

「スッキリしてる……凄い。なんか凄い。ありがとう、ルカ」

私は至近距離のルカにお礼を言った。ついでに小さく「ありがとう、ルカお兄ちゃん」と付け加えた。ルカも小さく「ああ」と返してくれた。

よし。もう元気満タンだ。それにルカがここまでしてくれたんだ。やってやる!!

……でもやっぱり不安は残るのでルカにお願いする。

「あのね、ルカ。私今、ものすっごく怒ってるの。それはもう殴りたいぐらいにね。だから、邪魔しない様にしてくれる?」

私はにこにこしながら言った。

「はい」

ルカは静かに頷いた。

「あとね、私、絶対にルカと一緒に帰りたい。アロイス達の所に。だから、絶対一緒に帰ろうね」

「はい。勿論です、主」

ルカは私を地面に下ろした。

そして、ちゃんと私の言いたい事もわかってくれた。それがとっても嬉しい。あんな会話だけでルカは理解してくれるのに。

それに比べてあんなにはっきり嫌だと言っても理解しない、できないあいつらは本当に馬鹿ばっかりだ。

私はくるっとあいつらの方を向いた。

あいつらは全員がボカーンとした顔で私達を見ていた。今日で何回この顔を見たのかな……。

でも今の私には好都合。

まずは皇帝。

この距離だと、五歩かな。

私は軽くジャンプしてリズムを取る。

よしっ!

とっ、とっ、とっ、と、リズミカルに皇帝の前に潜り込み、鳩尾に一発、突きを叩き込み、続いて足払いをしてバランスを崩した皇帝をドンっと手で押す。

皇帝はグエッとか、わわっとか悲鳴を上げながら間抜けに尻餅をついて転がった。

周りの人達は、は? え? みたいに現実を受け止められないみたいでフリーズしてる。私はそんな奴らを尻目に皇子に身体を向け、一歩踏み出し回し蹴りを出すけど、皇子は寸でで私の足を手で払った。

やっぱりダメだったか。

私はすぐに体勢を戻しバックステップで下がろうとした所を、皇子に腕を掴まれた、はずだったけど。

「つっ!」

私の腕は皇子の手をバチっと弾き、皇子は小さくうめいた。

私はそのまま下がるとぽすっとルカに当たり、ルカの腕の中に収まった。私はルカの体温を背中に感じてほっとした。私は首を少し斜め後に向けて、ルカを見上げる。私はやったよという、スッキリした笑顔をし、それを見たルカは優しい微笑をくれた。


「おい、小娘っ!! お前は誰に拳を向けたかわかっているのかっ!?」


にこにこしている私達の間を、ゴツいおじさんの汚い声が割いた。

声の方を向くと、顔を真っ赤にして怒鳴るゴツいおじさんと、別の騎士? 兵士? に助け起こされた皇帝が呆然として立っていた。

「うん。馬鹿なおじさんを殴っただけ」

クスッと上から小さな笑いが聞こえた。勿論ルカの声。

「こ……」

「小娘! 許さぬ、絶対に許さぬぞ! この私、ヘルブラオ国王たる私に手を出し、地に着けさせるとは絶対に許さぬ! この様な無知で役立たずな小娘は殺せっ! 殺してしまえ!」

ゴツいおじさんの声に被せて皇帝が怒鳴り散らした。声の大きさで、当然物凄くびっくりしたけど、今はルカの腕の中にいるので全く怖くない。

「騎士団長、ゾンネ、あの小娘を殺せっ! 殺してしまえ!!」

「皇帝陛下の御心のままに!」

「は、はい。畏まりました」

ブチ切れている皇帝の命令にゴツいおじさんはノリノリで剣を構え、スタイルのいい魔法使いのお姉さんは金色の杖を構えた。ていうかおじさんがもう突っ込んで来たあ! おじさんはもう剣を振り下ろしてるしっ!

「ひゃっ!」

私は反射的に目を瞑ったと同時に足元からブワッと風が吹き上がり「ぐわっ!」とおじさんの声が聞こえた。私はルカの腕をぎゅっと掴みながら、おそるおそる目を開けた。

「え?」

目の前には皇帝と同じ様にひっくり返ったおじさんがいた。皇帝や皇子は下り、その前にはお姉さんが二人を守る様に立っている。

「大丈夫ですよ、主。主には何人たりとも触れさせません」

「ルカ……。ありがとう」

私は安心した。実は足も少しガクガクしているのでまだルカの腕は離せない。いや、あんなゴツいおじさんが剣を振りかぶって突っ込んで来て、避けることもできなければ足腰は震えるよ。いくら安心だとわかってても。なので、私はまだしっかりとルカの腕を掴んでいる。ルカの腕の中にいれば安心だけど、心臓に悪い。だからといって目を瞑ってるわけにもいかないし。


「さて主。主はどうしたいですか。塵共は主に手を出しました。私の主に手を出した塵共を見逃す事はしません。ですので一言許すと仰ってくだされば綺麗に片付けますよ、主」


頭上から優しく甘い声で言ってるけど、内容はちっとも甘くない。

私はルカの腕から手を離し、身体を捩ってルカと向かい合う。

私はルカを見上げ「許す、って言ったらどうなるの?」と訊く。とりあえずまだ皆殺しはやめて欲しいので。

「殲滅します」

優しく甘い声と、蕩ける様な笑みと共にしょっぱいどころか激辛なことを言われた。うん、わかってたけど。

「殲滅まではしなくていいよ。人間はそのままでいいけど、それ以外ならいいよ」

「それは大変残念です。…………そうですか。人間以外、ね」

ルカは何か思いついたのか、黒い笑みを浮かべた。聞きたい様な聞きたくない様な……。

「ああ、本当に目障りですね、塵というものは」

ルカが正面を冷たく睨んでいるので私も身体を捻り、正面を向くと、ゴツいおじさんがガンガン私達に剣を振り下ろしていて、皇帝はなんか怒鳴ってた。魔法使いのお姉さんはじっと私達を凝視してて、皇子は冷たく私達を睨んでいた。

ゴツいおじさんの剣が届かないのは、見えない壁に弾かれているからだ。音も聞こえない。

「ねえルカ、これってどうなってるの?」

「風で薄い幕を張っているのです。音も遮断できます。人語を解さない獣の言葉など聞く必要もありません」

うわー辛辣。私は肯定も否定もしないで曖昧な笑みを作った。私は皇帝を殴った事で、かなりスッキリしている。皇子を殴れなかったのは心残りだけど。でも本当、もうこいつらに関わりたくない。

ルカはヒョイっとまた私を抱っこしたけど、これから何かをするなら邪魔になるんじゃない、私が。

「ルカ、私、邪魔にならないようにルカの後に行くよ?」

「問題ございません。そもそも私が直接相手をする価値もない塵共です。主はお気になさらず、私に守られて下さい」

ルカは微笑した。こんな甘い微笑みを至近距離で見せられると、お兄ちゃん枠にいてもドキドキしてしまう。

「ん、わかった」

私はルカの肩に手を置いて正面を向いた。

怒り狂っている皇帝達、静観している皇子達、まだ正気を取り戻さずぼんやりしている様な観客席。

これらをルカがどうするのか。

私は想像がつかないまま、ただルカに守られるだけしかできないのだ。

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