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第3話 祭りの丘

 昨日の朝に来た時は、ベルナリオさんに抱えられて通った町並み。

 オーガネックの町の景色を、一日と半分経って、初めて自分の足で歩く。


 夕闇に点り始めたガス灯の下、子供達が石畳に靴音を響かせて、新聞紙で作った剣を振り回しながら走り抜ける。

 道を行くほど人は増え、ベルナリオさんは人混みを掻き分けて、より賑わいの深い方へと進む。

 あたしはその大きな背中に隠れるようについていく。


 ベルナリオさんにぶつかりはせず、でもその気になればいつでも手を繋げる距離。

 どこへ行くのと訊きたいけれど、息が詰まって声が出せない。


 だってあたし、田舎者だから人混みってものに慣れていないし、ワンピースの胸がキツ過ぎるし……

 心臓がドキドキしているし……


 道の両脇には出店が並んでる。

 串焼きや綿あめに心を引かれつつ、わがまま言うのも気が引ける。

 ベルナリオさんは無口なタイプで、会話もなく、ただ時々振り返って、あたしがはぐれていないか確かめるだけ。


 人混みはさらに濃度を増して、やがてベルナリオさんの背中以外には何にも見えないようになる。

 不意にベルナリオさんが足を止めて、その背中にあたしは鼻から突っ込んでしまった。


「ご、ゴメン! 大丈夫かいっ?」

「は、はいっ!」


 見上げたベルナリオさんの背中越しに、黒衣城の不気味な影が浮かんでいた。


「え……?」


 山に入ったのには気づいていたけど、こんな奥まで来ていたなんて……


「こ、この先でお芝居があるんだよっ」


 (いぶか)るあたしの様子に気づいて、ベルナリオさんはひどく慌てた。

 いけない。ベルナリオさんはあたしを楽しませようとしてここに連れてきてくれたのに、あたしったら、面倒なコだって思われちゃうっ。


「そそそ、そうなんですかっ!? そそそ、それは面白そうですっ!!」

 ああ、不自然。




 黒衣城は、庭園の中にまでも出店が並んで、あたしが初めに来た時とはずいぶん様子が変わっていて……


 でもそれは、町の人間の手の届く高さにある物に限った話で、ほんの少し目線を上げれば、漆黒の城の姿は相変わらず……いえ……足もとの華やかさとの対比で、不機嫌さが増したようにすら見える。


 まるで、靴を変えたぐらいでは人生は変わらないとでも言わんばかり……

 そんな例えが頭に浮かんで、あたしは一人、苦笑いした。

 一足の靴が人生をどれだけ狂わすか、あたしが誰よりも良く知っているのに。




 ステージの上ではすでにお芝居が始まっていて、絵本に出てくる王様みたいないかにも王様臭いツケ髭と衣装の青年が、身振り手振りは大げさに、だけど声は上ずって小さく、何やら悲嘆にくれている。


『恐ろしきかな悪魔との契約……

 ……人ならぬ力を得るのと引き換えに、人としての心を失う……

 ……心を失えば、もはや……』


 聞き取りづらい。

 この王様が、黒衣城の主なのかな?


 少しでもステージに近づこうとして人垣の隙間を探すうち、あたし達はステージの横側に押し出されてしまった。




 ペンキ臭いカキワリの広間の後ろには、本物のお城の玄関が、朽ち果てた扉の奥に黒々とした口を開けていた。

 申し訳程度に並べられた柵に、立ち入り禁止の手書きの看板。

 門扉の頑丈さに比べ、玄関のこの状態は、まるで玄関を塞ぐためにその玄関に近づくのさえも嫌がった結果みたいで……


 人混みの熱気でかいた背中の汗が冷えていく。

 ステージからの声があたしの耳に流れ込む。


『……命を無くしてなおも生きる、不知死(しらぬし)の者! そのような化け物に、生きる意味などあるものか!

 ああ、人は生きるために家畜を食らう! そしてその喜びを人間同士分かち合う!

 しかし不知死の者は、生もなくただ在り続けるために人を食らう!

 その食い物は人でなければならぬのだ! 他の生き物ではいかぬのだ!  何故ならそれが悪魔との契約だから!

 そして、人と分かち合う心もない! 心がわからないのではなく、心が存在しないのだ!

 ああ、心が無い、それが何より恐ろしい……!』


 役者の声はカキワリをすり抜けて、本物のお城の闇の中へと解けていく。


「ねえ、ベルナリオさん……黒衣城の中には何があるんですか?」

 お芝居の邪魔にならないように小声で尋ねる。


「役者達の楽屋だよ」

「へ?」

 思わず拍子抜けした声を出してしまった。


「あと、お祭りの役員の事務所があったり、倉庫になってたり」

「……立ち入り禁止っていうのは、呪われていてキケンだからじゃなくて、関係者以外立ち入り禁止ってことだったんですね」

「危険は危険だよ。床は穴だらけだし、楽屋とかは安全か確認してから使っているけど、それ以外はいつどこが崩れたっておかしくないよ」


「そっちの危険じゃあなくて、もっと……特別なのっていうか……」




 客席に子供達の悲鳴混じりの歓声が響いた。


「「「死霊魔道(リッチ)だああ!!」」」


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