第1話 窓を開けて
深夜。
院内を包む静寂と、窓からほのかに流れ込む街灯の光の中で、あたしは浅い眠りと痛みによる目覚めの間を幾度も行ったり来たりしていた。
眠る度に体がベッドから降りようとして、ハイヒールが床につくごとに怪我の痛みが左足から脳ミソに突き抜ける。
この怪我が、今のあたしにはありがたい。
だって、とっても眠いけれども熟睡はしたくない。
黒衣城に入るのは、パパと合流してから。
昼間に、パッチリ覚めた目で乗り込みたい。
あの不気味なお城に、意識のない状態で入っていくのはどうしても怖い。
そんなことになれば、悪夢の世界に閉じ込められて、二度と目覚めなくなりそうながして……
そんな予感があたしのまぶたを押し上げて、だけどあらがえない眠気があたしのまぶたを引きずり下ろす。
ナースにコーヒーを頼んだら、さっさと寝ろって叱られてしまった。
とても悲しい夢を見た。
遠ざかる靴音。あれは誰?
『いかないで』なんて言える資格は“ぼく”にはなくて、明けない夜を思い知る。
心を封じ、命をあきらめ、それでもたった一つだけ捨てられなかった最後の願い。
それが今、消えていく……
「ハーちゃん危なーい!!」
肩から胸にかけて衝撃を受けて、あたしは押し倒されて床に背中を打ち付けた。
「ハーちゃんってば、身投げするにはまだ若すぎるし、この建物じゃ低すぎるわよ!」
「……へ?」
朝日がまぶしくて目をこする。
あたしの上にユリアさんが覆い被さっていた。
どうやらあたしは窓から落ちる寸前になっていて、それをユリアさんが窓から飛び込んできて止めたらしい。
「ハーちゃんなんて呼ばれ方するの、初めてです」
「にはっ!」
「…………」
「に……、にはッ!」
「まあ、いいですけど」
「ところでハーちゃん、うちのお姉ちゃんが……」
「来てません」
「そう。じゃ。また寝ぼけると危ないから、二度寝するなら暑くても窓はしっかり閉めた方がいいよー」
ユリアさんは軽く手を上げてバイバイすると、病室のドアから出ていった。
朝食を運んできた時のナースの態度が、やけにうやうやしげだった。
昨夜ベルナリオさんが帰ったあとは、治療費を払えるのか気にしてイラついていたのに。
訊いてみるとユリアさんが、もしもあたしのパパが現れなければ立て替えるみたいに言ったらしい。
ユリアさん自体からはそれっぽさは感じなかったけれど、ナースの様子からするに、お家はかなりのお金持ちみたい。
余計なお世話だ。
あたしのパパを何だと思ってるんだ。
別に慌てることなんかないんだ。
あたしのパパは、すぐにあたしを見つけてくれる。
いつだって南西を捜せばあたしは見つかるんだから。
南西を、ちゃんと捜してくれれば……