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第5話 病室の夕日

 ベルナリオさんは日暮れの頃に病室に来てくれた。


「宿屋から電報の返事が来たけれど、お父さんはチェックアウトをした後だったよ。

 でも、こっちの町の宿に片っ端から電報を打って、お父さんを見つけたらこの病院に連絡するように頼んでおいたから」

「はいっ。ありがとうございますっ」


 それだけ言って、会話が止まる。

 見つめ合って、さてどうしよう。


 きっとベルナリオさんはあたしのことを知りたがってる。

 あたしももっとベルナリオさんを知りたい。


 ただ、あたしが訊きたいのはベルナリオさんの好きな女の子のタイプなのに、ベルナリオさんが興味があるのはあたしの素性。



「たぶんベルナリオさんが期待してるのは、あたしが亡国の王女サマだとか、魔女の卵で修業の旅の途中だみたいな話じゃないかと思うんですけど、そういうのは全くないです。

 あたしはごくごく普通の酪農家の娘で、通っている学校も魔法学校なんかじゃないですし、生徒の数が少ないんで全部の学年が一つのクラスに収まってるってのはベルナリオさんからしたら珍しいかもしれないなってぐらいで、教えてる勉強は普通のですから。


 あたしはただ、呪われてるってだけなんです。

 一方的に。

 理由はあたしも知りません。


 あたしは他人に呪われなくちゃなんないようなことなんて何にもしてないし、もちろん呪われたいなんてあたしが望んだわけでもないし、そもそもあたしは生まれた時にはすでに呪われてましたから。

 だから少なくともあたしのせいじゃあないんです。


 近所の人には先祖が何かやらかしたんじゃないかみたいに言われてますけど、それだと何でパパやママや弟ではなくあたし一人だけが呪われるのかの説明がつかないし……

 一番の謎として、何で呪いがハイヒールなんだか、十五年付き合ってても、さっぱりわけがわからないんです!


 話してもいいけど聞くからには信じてほしいんですけどね、あたしは眠りながら歩くんですよ。

 このハイヒールの仕業なんです。


 眠りながら家を抜け出して、夜中でも昼間でもフラフラと歩き回るんです。

 西へ行ったり南へ行ったり、まあ、大抵は南西へ向かっていましてね。


 ただの夢遊病とは違うんですよ。

 部屋に鍵をかけて体をベットに縛りつけても、力ずくで破ってしまうんです、このハイヒールが!


 これがですね、小さい頃からずっと続いているんですよ。

 ハイハイを卒業した直後から、毎朝毎朝、明け方にベッドの南西から落っこちては大泣きして。

 でもその当時はパパもママもちょうどいい目覚まし時計ぐらいに思ってたみたいなんですけどね。

 牛達の世話でどうせ早起きしなくちゃならないし、起きてる間は普通の生活だし。


 でもですね、いつの間にやら寝たまま器用にベッドを降りられるようになって、眠りながら部屋を出て、眠りながら家を出て。

 成長して体力がついたら、寝ながら歩く距離も延びていって。

 三歳ぐらいで家の農場の南西の柵を乗り越えて隣の敷地に入り込んで、そこも南西に突っ切って……

 十歳の時には隣町まで歩けるようになっちゃって、朝起きて慌てて村に戻っても学校には遅刻で……


 寝ながら外に出ないように、いろいろ工夫はしたんですよ。

 ドアや窓に鈴を仕掛けたり、さっきも言ったように体を縛ったり。

 でもそんなのを続けてると、外には出なくても寝不足になって、何日目かで鈴でも起きないくらいに深ぁ~く眠っちゃうんですよ。

 そんな暮らしがずぅ~っと続いてきたんです。


 それでですね、こないだ、学校が夏休みに入るちょっと前なんですけど、川に落ちちゃったんですよ。

 膝が濡れる程度の小川なら、今までにも何度も踏み込んで、それこそいちいち目を覚まさずに踏み越えられるぐらいに慣れちゃったんですけれど、今度はホントに溺れ死ぬところで……

 夏だからまだ良かったけれど、もしも冬の冷たい水ならどうなってたか……


 それでさすがにこのままじゃマズイってなって、今までにもいろいろとお祓いとかご祈祷とか試してはいたんですけど、これはもうこっちから乗り込むしかないんじゃないかなってなって……


 ハイヒールの目的が何なのか、呪いがあたしをどこへ連れていこうとしているのか確かめるために、ハイヒールが導くまんまに行けるところまで行ってみようって決めたんです。

 パパと二人で。

 学校が夏休みの間に。

 農場の仕事はママと弟の二人だけに任せて。


 あたしが寝ながら歩くのを、パパが徹夜で追いかけて。

 昼間パパが寝てる間に、あたしは観光したり宿題したり。


 でも、パパも疲れが溜まってたんでしょうね。

 昨夜はきっと起きられなくって、それでパパだけおいてきぼりになっちゃったんです。


 ……たぶん黒衣城がこの旅のゴールだと思うんですけど、でも、あそこに何があるのかはわかりません……」




 一気にまくし立てて、改めてベルナリオさんの顔を見る。

 ベルナリオさんは唖然としていた。


 そしてあたしは、自分が興奮してハイヒールを……つまりは自分の足をベッドから出してベルナリオさんの鼻先に突きつけていたのに気づいて、大慌てで引っ込めた。


「あの……ごめんなさいっ」

「いや……こっちこそゴメン……」


 そしてそれきりお互いにうつむいちゃって言葉が出ない。

 こんなつもりじゃなかったのに。


 本当はもっと楽しい話がしたい。

 でも、楽しい話って何だろう?

 あたし、クラスではノケモノにされてるし、弟ともほとんど口をきかないし。


 あたしなんかの話をするより、ベルナリオさんの話を聴きたい。


「じゃあ、僕はこれで……」

「ご、ごめんなさい! あたし別に、気を悪くさせるつもりじゃなくて……」

「いや、その、バイトがあって……お祭りの警備をしててさ。じゃ、また明日……」

「あ、はい。それじゃまた明日……」


 明日……


 会いに来てくれるのはすごく嬉しいけど、何を話せばいいんだろう……


 お祭り……か……


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