第5話 あたしの話
庭園に出ると死霊魔道が城門の前で奇声を上げていた。
自分で生やして自分で枯らしたイバラの蔦を、その手で掴んで引きちぎって。
だけど門は、いくら押しても開かない。
「ふーん。アンタ、ここから出られないんだァ」
雨に霞む、マントの切れ目から覗く背中には、たくさんの小さな傷がつき、うっすらと血がにじんでいる。
あたしは黒衣城の壁を蹴った。
死霊魔道の傷が一つ増えて、血が一筋流れた。
「なるほどね……アンタの師匠のギロームは壺の中に自分の魂を封じてたけど、アンタの場合はこの黒衣城全体が壺の役割をしているわけね……」
あたしの声に、死霊魔道がゆっくりと振り返った。
「黒衣城がなくなればアンタも消えちゃうのね! ギロームの壺を潰した時みたいに!」
あたしはカッカッと足音をわざと大きく響かせて黒衣城の中に駆け戻った。
雨で濡れた床で滑って転んで、ドレスが汚れて、ちょっとしんみりした気持ちになった。
「ねえ、死霊魔道……あたしの声が聞こえてる……?」
別に死霊魔道はあたしを追いかけてきたりなんかはしてないけれど、黒衣城全体が死霊魔道自身であるならきっと聞こえてる。
返事はないけど構わない。
あたしはエリック王子の手紙を読んだ。
あたしの話だって聞かせなくっちゃ正しくない。
「ねえ死霊魔道、あたし今、きれいなドレスを着ているわよね?
借り物よ、もちろん。あたしのうちじゃ無縁な服よ。
ねえ、楽しい? 貧乏人が、靴だけ銀ピカのハイヒール! かっこ悪いったらありゃしない!
子供の頃からずっとずっと……
子供はねぇ、無邪気でねぇ、かわいい靴でいいななんて言ってた子も居たわよ。
うらやましいのはこっちだっての! あたしだって普通に駆けっこしたかった! 一緒に木登りしたかった!
縄跳び一つ覚えるのに、どれだけ苦労したと思う? 何回怪我をしたと思う?
やっと跳べるようになった頃には、他の子のブームは終わってるのよ! いっつもそうよ! あたしだけ入っていけないの……。
森へ行くのも川原で遊ぶのも。あたしだけ、危ないからって、そこに行くだけで叱られるの。
見てるだけじゃ嫌だって言ったら、見てるしかできないのに誘っちゃ可哀相って話にされて、いつの間にか距離が広がって他の遊びにも誘われなくなっちゃった!」
わめきたてながら、あたしは床を激しく何度も蹴りつけた。
「それでもファストン先生の頃はまだ良かったわよ。呪いなんて呪う奴が悪いって考えだったし、子供自身に呪われなきゃならない理由なんかあるわけないし、あたしのパパやママが悪い人じゃないのもちゃんと知ってたし。
でも次に来たセカンダ先生は最悪だった! あたしが何したわけでもないのにあたしのことを怖がって! 他の生徒にまで呪いに気をつけなさいみたいに吹き込んで!
人に呪われるようなことをしちゃいけませんとまでほざきやがった!! あたしが何したわけでもないのに!!
あんたはいいわよ王子様だもん。先生が気に入らなければ追い出せばいいんだもんね? 何でギロームなんか師匠にしたのよ!?
ある日ね、クラスメイトの靴がなくなったの。あたしのせいにされた!! あたしが、普通の靴を履けないからって嫉妬して嫌がらせしたんだってさ!
……クラスメイト全員、もともとあたしと距離はあったけど、これで完全に離れていった……あたしは何にもしていないのに!!」
ドシドシと歩きながら玄関ホールをぐるっと回って扉のところに帰ってきて、死霊魔道の様子を見ると、黒い影に浮かぶ赤い部分の数が増えていた。
あたしはお城の中に戻った。
「うちが貧しいのはなにも農家だからってだけじゃあないのよ。
そりゃね、隣近所だってとりわけお金持ちってわけじゃあないわよ? でもね、うちには余計な出費があるの!
答えは二つ。ヒントはあげない。わかるわよね?
一つはあたしの治療費。ハイヒールのせいで怪我をする分の治療費。赤ん坊がちょっと育って、はいはいを卒業した日から、絶えることのない怪我の治療費……
もう一つはねェ、お払い代よ! うッさんくさい霊能者に、たッかいお金をそそぎ込んできたのよ! あんたに履かされたハイヒールを脱ぐために!
前の霊能者が駄目だったから次の霊能者、また駄目だから次の霊能者、って……。
もちろんどの霊能者でも脱がせられなかったからこうしてるのよ! それでも代金の払い戻しなんてのはないの!」
あたしは玄関ホールをもう一周して扉の外を覗いた。
死霊魔道の赤い部分は、さっきよりも広がっていた。
ソフィアさん達は今も地下で死霊魔道を探しているはず。
あの姉妹のことを考えながら、あたしは城内に戻って、玄関ホールを通り抜けて、今度は廊下の床や壁をゲシゲシ蹴った。
「ユリアさん達の姉妹って仲が良くってイイわよね。
あたしにも弟が一人居るのよね。ジョンって名前の。
でもね、ユリアさん達みたいに仲良しじゃないの。ジョンとあたしはほとんど口を利かないのよ。
ジョンは自分まで呪われているつもりでいるの。あの子はどんな靴でも自由に履いたり脱いだりできるのに、あたしみたいな姉が居るって時点でじゅうぶん呪われてるってさ!
でも実際にそうかもね。少なくとも村の大人達はジョンのこともあたしと同じく気味悪そうな目で見てるもの。弟のこともパパのこともママのことも!
弟はあたしを恨んでるわよ。それこそ呪ってもおかしくないぐらいに。呪いの主がわからないから、あたしを恨むしかないの。ぜーんぶアンタのせいなのに!!
きっとあの子も前世で何かやらかしたんだわ! でなきゃあたしの弟なんかに生まれるなんてありえないもの!!
ジョンはあたしみたいな姉なんてほしくなかったでしょうよ。あたしだってあんな弟、願い下げよ!
いっつも恨みがましくあたしを睨んで! あたしに呪いをかけてるのってあの子なんじゃないかって思えるぐらいに!
もちろんあの子が生まれる前からあたしは呪われていたわよ。
でもね、村での居心地が悪かったのはあの子のせいでもあるのよ。あたしの陰口を言うことであの子は、あたしの仲間ではない、自分は呪われていないってのを、周りにアピールしたかったのよね。それもこれもアンタがあたしを呪ったからよ!
あたしだってねぇ、ワトキンス家みたいに……ユリアさんだけ違うんだっけ? どうでもいいわ。
とにかくあの人達みたいに仲のいいきょうだいが良かったわよ! ジョンみたいなムカつく弟じゃなくて、優しい姉か素直な妹がほしかったわよ! どうせなら姉がほしかった! あたしじゃなくそいつに呪われてほしかった!」
長い廊下の端っこまで行ってから、一気に駆け抜けて門の前に戻る。
死霊魔道はさらに赤くなっていた。
あたしは城の中をでたらめに走り回って壁を蹴りまくった。
「運動会をね、指をくわえて一人で見てたの。遠足もよ。あたしだけ連れてってもらえなかった。
ファストン先生は一応気を使って言葉だけは優しかったけど、セカンダ先生は、大嫌いな呪われっ子を公然とノケモノにできるのが嬉しくて仕方ないみたいだった。
これもアンタの呪いなの!? セカンダ先生みたいなのをよこしたのもアンタ!?
違うってぐらいわかってるわよ。アンタにそんな知恵なんて回んないわ。それなのに問題はこんなに広がってるのよ! どうしてくれるのよ!
何であたしだけがこんなにいつも怪我に脅えてなくっちゃいけないの? 周りのみんなが、あたしが怪我をしないか、それを自分のせいにされないかって脅えていなくちゃいけないの? アンタのつまんない未練のせいで!
冬の朝とか寒くても寝坊なんてできないのよ。遅刻しそうでも走れないから!
ハイヒールが一歩歩く度に雪に刺さっている横を、あたしよりずっとあとに家を出た弟が追い越していくのよ! あたしだけ遅刻するの!
ファストン先生は怒らなかったけど、セカンダ先生は怒るのよ! あたしが呪われっ子だから! アンタがかけた呪いのせいで!
凍った水溜りを避けて通ろうにも両脇が茂みで、おそるおそる水溜りに踏み込んで、案の定、すっ転んだ時の惨めさがわかる!?
夏は夏で雑草が絡みまくるのよ! 田舎の農道に石畳の舗装なんてないから!
お城暮らしのアンタにはわかんないでしょうね! 秋は落ち葉で滑るし、春は雪解けのぬかるみに沈むの!
地下で三百年も寝てたんじゃ忘れてるかもしれないけど、地上には四季ってモンがあんのよ! 季節ごとの苦労があんの!
それまで背負わされてんのよ! このハイヒールで!!」
城門に戻る。
死霊魔道はもっともっと赤くなっている。
「だいたいさぁ、アンタが好きなのってあたしじゃなくてローズ姫なんでしょ!?
あたしだってアンタなんか好きじゃないわよ好きになるような理由もないわよ手紙を読んでほんのちょっとだけ同情したってだけだわよ。それなのに姫の靴なんか履かされてさぁ。
あたしだってね、男の子を好きになったりとかしてんのよ。同じ学校の子とか。年相応には。
ぜんっぶフラれたわよ! 呪いのせいで! 呪われてる子なんて怖いとか、呪われてる子と付き合ったらママに叱られるとか。
ティモシーとはいいところまでいったのよ。ティモシーはオカルトマニアで呪いなんかヘッチャラで、あたしのことを好奇心の対象として見てたのはちょっとムカついたけど、あたしと普通に口を利いてくれたってだけで好きになったの。
ティモシーと駄目になった理由って何だと思う? クラスメイトに指摘されたの。ティモシーがあたしより背が低いって!
ティモシーだって特別にチビだったってわけじゃないの! 同い年の男の子の中では小柄な方だって程度なの!
あたしだって女の子の中では成長が早めかなってだけなのよ? でもね、ハイヒールの上乗せがあるの!
ティモシーはあたしから離れて行ったわ、あたしのそばに居るのが嫌になったの、そばに居ると周りの人が比べに来るから!
ちっちゃいことを気にする、ちっちゃい男よ! そんなちっちゃいやつと付き合うハメになったのも全部呪いのせいよ!!」
小部屋……と言っても一部屋でもあたしの家より広いって感じの空間に入った。
何に使っていた部屋なのかはわからない。
とにかくこの部屋も蹴りまくる。
「あたしはね、本当はリチャードと付き合いたかったの。
コクる勇気なんてあるわけないでしょ、あたしは呪われてるんだもん。
リチャードはパトリシアと付き合いだしたわ。
ブロンドのキャサリンをフッて赤毛のパトリシアを選んだの。
あたしと同じ赤毛の子。瞳の色もあたしと同じ。だけどパトリシアは呪われていないの!
パトリシアの家もあたしと同じくらい貧しいの。でもねパトリシアは呪われちゃあいないの。
あたしだって幸せになっていいはずなのに。
パトリシアはあたしと違っていっつもボロ靴を履いているの。つまりあたしだけが呪われているの。
リチャードってカッコいいのよ。ハイヒールつきのあたしから見てもズンッと背が高いの。
肩幅も広くってちょっとベルナリオさんに似た感じで……って、ベルナリオさんもロクなモンじゃなかったわ!
なぁにがソフィア先生よ! ギロームに憑り依かれてたって違和感ないぐらいの男顔あんどペッタンコのどこがいいのよ!?
……っと、ごめんねソフィアさん。でもあたしがこんなこと言うような性格になっちゃったのは、全部、死霊魔道のせいだから」
小部屋はいくつも並んでいる。
黒衣城でも地上部分は、お城の人達が普通に生活してた場所。
だから迷路でも何でもないはず。
だけどあちこち壊れているから迷路みたいに迷う。
ハイヒールのせいで通れない場所以外は、一部屋も残さずに中まで入って暴れて回る。
「ソフィアさんのことなんてどうでもいいのよ、それより問題はベルナリオさんよ。大した美形でもないくせに乙女心をもてあそびやがって。あたしだってお姫様抱っこされたのが嬉しかったってだけだわよ。ええそうよ、それだけで嬉しかったのよ。
あたしだって彼氏がほしいのよ。アンタみたいなオバケじゃなくて生きてる人間の彼氏が!
それなのに何なのよベルナリオさんはあの馬鹿は!
アンタに呪われてさえいなければ! あたしはあんな馬鹿と出くわすこともなかったんだからね!
ベルナリオさんに抱っこされてる間、あたし、本当にいい気分だったのよ。だってこの呪いのハイヒールで歩かなくていいんだもん!
ずっとああしていてほしかった。いつまでもどこまでもお姫様抱っこで運んでいってほしかった」
壁に小さな穴を見つけたので、その周りを蹴っていたら、穴が広がって、通り抜けられるくらいの大きさになった。
もちろん穴の向こうの部屋の壁も蹴る。
「ローズ姫がアンタをどう思ってたかなんて知ったこっちゃないけどね、フッたとはいえ幼馴染だし、友達ぐらいには思ってたのかもしれないけどね、あたしはそんな優しい気持ちなんて微塵も持っていないから!!
あたしが生まれる前からアンタがあたしの足に呪いをかけていたように、あたしだって物心ついてからずっとアンタを恨み続けてきたんだから!
あたしだけ、周りのみんなと違うのよ。アンタもそうだったんでしょう? 王子様にも王子様連中で“みんな”って言葉でくくれる世界があるんでしょ? アンタは浮いていたんでしょうね。それとも沈んでたのかしら?
その点に限ってはあたしも同情できなくはないのよ? だからなおさら許せないの! 自分が辛いならなおのこと他の人を同じ目に合わせちゃ駄目でしょう!?
病弱なせいでみんなと遊べなくて寂しかった? 病弱なせいでみんなみたいに走り回れなくて悲しかった?
あたしもよ! ハイヒールだからってみんなと遊べなかったの! ハイヒールだからってみんなみたいに走れなかったの! アンタのせいで!!」
窓から顔を出して城門の様子を見る。
死霊魔道はほぼ真っ赤。
黒い部分はほとんど残っていなかった。
だけどまだあたしの気持ちは収まらない。
「だいたい何で子孫だからってあたしが呪われなくちゃなんないのよ!? お姫様の子孫ったって、あたしはそんな恩恵、一切受けてないんだからね!
あたしもさぁ、お城に住んでればハイヒールもさまになったでしょうよ。お姫様なら農作業がうまくできないからって落ち込むこともなかったでしょうよ。農作業を手伝わせたりしなけりゃ良かったと親が泣くこともなかったでしょうよ。それでも手伝わなくちゃなんなかったのよ、お姫様と違ってビンボーだから!
ハイヒールのせいで怪我をして、仕方なく手伝いを休んでいるとね、弟がいちいち嫌味を言うの。あたしは誰にも迷惑かけないように部屋に閉じこもって一人で本を読んでいるのに、ジョンはわざわざあたしの部屋の前まで来て、聞こえよがしに嫌味を言いながら廊下を通り過ぎていくの。あたしは一人ぼっちで本を読んでいるのよ? クラスの誰も呪われてる子の相手なんてしてくれないし、みんなそれぞれ自分の家の農作業の手伝いをしてるから!
そんな暮らしが小さい頃からずっとずっと続いてきたのよ。
あたしはね、冬でも靴下を履けないの。レッグウォーマーはママが作ってくれたわ。でもね、足の甲を覆おうとすると、雪が染み込んで余計に冷たくなるのよ! 指はいつでも寒いのよ!
お風呂に入る時もハイヒールのまんまなのよ。床が滑って怖くて仕方ないの。だけど入らないわけにいかないじゃない。農作業では汗かくし汚れるし。ただでさえ呪われてるってだけで汚いものでも見るような眼で見られてるのに、その上に不潔とか言われている場合じゃないもの!
足の指とか足の裏とか洗うの大変なのよ。ハイヒールのほんのちょっとの隙間から石鹸水を流し込んで、足の指をもぞもぞ動かすの。靴底に足の裏をこすりつけるの。面倒くさいのよぉォ! すすぎもすっごい時間がかかるノ!
そしたら弟にグズとか何とか言われるのよ!
頭に来たからって蹴っ飛ばしたら、あたしがママに怒られるの! ハイヒールでそんなことしちゃいけませんって! 悪いのはジョンなのに! ううん、一番悪いのはアンタなのに!!」
今までの小部屋とは雰囲気の違う部屋に入り込んだ。
あれはかまどの跡かしら?
てことはここは厨房ね。
「何より問題なのはさァ、呪いの原因が何なのかわかんなかったってことなのよ。
あたしが勇者の子孫だってんなら最初にそう教えといてくれりゃいいのに。
ローズ姫の……王家の子孫なら今は貧乏農家でもご近所もちょっとは敬ってくれただろうに。
近所の人がね……あたしのパパやママが、呪われるような悪いことをどこかでしでかしたんじゃないかなんて言うのよ……
そんなわけないのに!
パパやママも普通の人よ、ええ、少なくともあたしが生まれる前までは普通の人だったわよ、そのはずよ。
少なくとも勇者の子孫だなんて言ってないし、王家の人間だってのも知らないみたいだし、呪われた子の親になる理由なんてまったくもって見当たんないわよ!」
かまどを跡形もなく蹴り壊す。
「パパもママもね、よその人には平気なふりをしててもね、心の中はやっぱり荒んでたのよ。
パパがちょっと床に農具を置いただけでもママはヒステリーよ。あたしが躓くんじゃないかって。
弟がね、貧しいなりの知恵と努力で材木を削ったり繋いだりしておもちゃの汽車を作ったんだけどね、パパはそれを一目見て“床に置くなよ”って言っておしまい。さすがに可哀相だったわよ! でもね、あたしは弟に、声をかけられなかったわ。
もともと仲は悪かったけど、これが決め手よ! ジョンは今でもあたしと口を利かないわ!」
壁を蹴る壁を蹴る壁を蹴って穴を開ける。
今度はだだっ広い空間に出た。
「アンタこの十五年でいったい何回あたしの足をひねったか覚えてる? あたしが注意すれば避けられたって分を除いてよ。
あたしが寝ている間に! 知らない間に歩かされて!
言ってごらんよ、何回やったか! あたしだって覚えてないわよ多すぎて!
寝てる間に歩き回って、目が覚めた時にギョッとするの。
ちゃんとベッドに入って寝たのに、ベッドじゃない場所で目を覚ますのよ。
あたしがまだちっちゃくてさ、ベビーベッドに納まってた頃は、ただ寝相の悪い子だなって思われていたらしいのよ。
朝はいつもベビーベッドの柵に絡みついてたみたいなの。
柵に足を絡ませて、落ちてはいないけど変な風に曲がって。
その頃から怪我をさせられてたのよアンタの呪いに!
少し成長したら柵の縁に足を乗せて寝るようになって、もう少ししたら眠ったまま柵を乗り越えて床に落ちて鼻の骨を折ったんだそうよ! 自分じゃ覚えてないけど!
パパとママはこの頃になってようやく寝相の悪さが単にハイヒールのせいで寝苦しいからってわけじゃないって気づいたの。
でもさあ、まさか呪いがあたしをさらおうとしてるとは思わなかったわけよ。
で、呪いがあたしを殺そうとしているって大騒ぎ。
実際、何度も死にかけたわよ。眠ったまんま農場に行くとか、牛に蹴られたら危ないんだからね!? 冬に外で寝てて発見が遅ければ凍死しちゃうところだったんだからね!?
眠ったまんま川を渡って、びしょ濡れのまんま狼の出る森を抜けて、隣町まで行っちゃったの! 狼もさぞかし怖かったでしょうよ!!」
床を激しく踏みつける床を激しく踏みつける一歩一歩に記憶を込めて床を激しく踏みつけながら歩き回る。
ここが遠い昔にどんなに素敵なダンスホールだったかなんてあたしは知らない。
このお城で遠い昔にどれだけたくさんの人が死んだかなんて知ったこっちゃない。
あたしの足音は地下に居る亡霊達に届いているのか。
もしも届いているのなら、あいつらもまとめて踏んづけてやる!
「あたしが夜中にどこかへ行かないようにね、パパもママも手を尽くしたのよ。でもね、ドアに鍵をつけてもね、ドアを蹴破っちゃうのよ、アンタに履かされたハイヒールは。
ドアを目一杯頑丈にするとね、今度は壁を、穴が開くまで蹴り続けるのよ。壁ならまだいいわよ。窓を蹴ると危ないのよ、ガラスだから。
足を縄で縛ったところで引きちぎるし、鎖で縛っても引きちぎろうとして今度は足の方がボロボロになるのよ。
パパもママも夜通し見張ってるってわけにもいかないのよ。農家は朝が早いし弟も生まれちゃったから。自分で気づいて起きられるようにって鈴をつけたら、うるさくて弟が起きちゃうのよ。
苦肉の策でね、パパがね、家の隣に小屋を建てたの。ガッチリと石造りで……
貧乏だから石も全部パパが自分で運んだのよ。
中は一面マットが張り巡らしてあるの、これはママの手縫い、貧乏だから。
窓はないわ。この小屋があたしの寝室。夜中にふっと目が覚めても月明かり一つ入ってこない真っ暗闇。
トイレに行きたくてもドアは外から施錠されてるの。これものちのち寝ながら蹴破ることになるんだけど、悲しいかな、起きてる時にはそんな力は出せないわけで、泣けど叫べど親には聞こえずそのままおもらし。本当に悲しかった。
おもらしといえば、外でのおねしょは最悪だったわ。しかもそれを見つけたのが近所のおじさんだったりしてね。情けなかったわァ! ああ、これは小屋が建つ前の話ね。
でも小屋暮らしが無理だってわかったあとも似たようなことは何度も何度もあったのよ。 そうよ、小屋暮らしは無理だったのよ。トイレに行けないだけじゃないのよ。夏は暑くて冬は寒いの!!
それでもさ、パパがせっかく建ててくれたんだからさ、キツいの隠して住み続けたのよ。そしたら体を壊してさ、入院しちゃったわよ、余計な出費よ。しかもその病院からも寝ながら抜け出したのよ!
町の病院だったのよ。町なんて滅多に行かないのに、町の病院にまで呪われたハイヒール娘のウワサは伝わってたのよ。ナース達にジロジロ見られたりクスクス笑われたり。
夜中にね、寝ながら病室のドアを開けてね、拍手喝采で目が覚めたの。ナース達、あたしが寝ながら歩くのを待ち構えてたのよ。あたしなんて見世物なのよアンタのせいで!!」
玄関に戻って、そこであたしは息を呑んだ。




