第4話 雨
ボロ布に包まれてたたずむ闇。
スカーフの中には顔もない。髪もない。
マントの下に服を着ているのかもハッキリしないし、前を向いているのか後ろを向いているのかも良くわからない。
「……あんたの願いは叶わないわよ」
死霊魔道は何も反応しない。
「……あたしはローズなんてお姫様じゃない。田舎娘のハリエットよ」
ようやく降り出した雨の音が、壁の穴から漏れ聞こえてくる。
「……たくさんの人の命を喰らって……おとなしく消えたいっていうんなら手伝ってあげてもいいかななんて思ったわよ。
でもそれはちょっと可哀相だし、ソフィアさんの生け捕り案もいいかなぁとも思ったわよ。あたしの知らない時代にあたしの知らない人をアンタが何人殺したかなんてどうでもいいし、あたしは自分の手を汚したくなかったしね。
でもアンタはあたしにベルナリオさんを殺させようとした!! アンタに今までにされてきた何よりも、これが一番許せない!!」
雨が激しくなってくる。
「あたしはローズ姫じゃないし、エリックを殺したくもないの!!」
瞬きをすると、死霊魔道は消えていた。
天井からの雨漏りがあたしの脳天に当たり、あたしを少しだけ冷静にさせた。
深呼吸して雨音に聞き入っていると、セリアさんの悲鳴が耳をつんざいた。
駆けつけると、玄関ホールの真ん中に死霊魔道がたたずんで、そこから三歩ほど離れた正面の床に、セリアさんが腰を抜かしてへたり込んでいた。
天井の隙間からぽたぽたボタボタ降り注ぐ雨が、死霊魔道とセリアさんを直撃している。
セリアさんはびしょ濡れで髪から雫がしたたってるけど、死霊魔道は……濡れているのかいないのか、何だかぼやけてハッキリしない。
その様子はまるで……この世のモノでない彼に、雨粒でさえ態度を決めかねてるみたい。
「あ……あ……」
セリアさんが床を這って後ろに下がる。
死霊魔道の声が静かに紡がれる。
「僕・ヲ、殺・シ・テ……」
「誰でもいいんかい!?」
カッとなった。
あたしの頭にかかる雨粒が、沸騰したっておかしくないんじゃないかってぐらいに。
「銀の杭で退治ですって!? そこでじっとしていなさいよ! この踵をアンタの心臓にぶち込んであげるから!!」
死霊魔道に駆け寄ろうとして、痛んだ床のデコボコにつまづいて転んだ。
起き上がったところでソフィアさんの声が響いた。
「セリア! ハリエット君! 伏せろ!」
廊下の入り口でソフィアさんがマスケット銃を構えて……
死霊魔道と睨み合うけれど、弾が外れればあたし達に当たりそうでなかなか撃てない。
その間に……
後ろに回り込んだユリアさんが、死霊魔道の背中にエストックを突き立てた!
けれど……
エストックは死霊魔道のマントを破っただけで、刀身もユリアさんの体も、死霊魔道の体をすり抜けて床に引っくり返った。
「まさか! 銀の武器が通じないなんて!」
ソフィアさんが駆け寄って、あたしとセリアさんを背中に庇い、逃げるよう目で合図する。
けれどあたしはそれには応じず、ソフィアさんの銃を奪い取り、死霊魔道に向けて発砲した。
……意外と難しくって、こんなに近くなのに弾は死霊魔道から外れ、壁に当たっただけだった。
けど……
弾は外れたのに、死霊魔道の胸からは一筋の血が流れ出た。
「何かわからないけど効いてるわ! ソフィアさん! もう一発!」
あたしが押しつけて返した銃を、ソフィアさんは受け取りはしたけれど……
「無理だ。雨で火薬が濡れる」
「ンもう!」
死霊魔道を傷つけられないわけじゃない。
なのに何がその方法だったのかわからない。
「ロ・ー・ズ・姫・・・」
「ここには居ないし、ここに居る限りアンタは彼女には逢えない!」
「・・・・・」
死霊魔道は再び地面に染み込んで消えた。
「くそっ! また地下か! 追うぞ!!」
「ラジャー!!」
ソフィアさんとユリアさんが走り出し、セリアさんだけ立ち止まってあたしを振り返る。
「行って。あたしは平気よ。雨のせいでちょっと暗いけど、日は昇ってきているし。外に出て待ってる」
「でしたら、あの、ベルナリオさんを見ててくださいっ」
そしてセリアさんも走り出した。
でもステージには屋根があったし、ベルナリオさんは、まあ、ほっといても濡れはしないでしょう。
あたしは黒衣城の玄関ホールを見渡した。
あたしが一週間生活をしてきた廃墟。
「十五年前に町の子供が剣を持ち出したら黒衣城からうめき声がした、って、十五年前じゃソフィアさんも子供じゃないのさ。
何で見てきたように語ってんのよ? 剣を持ち出したのってソフィアさんじゃないの!? そのせいで死霊魔道が目覚めたんじゃないのさ!!」
独り言を言いながら壁を蹴飛ばしたら、壁のカケラがパラパラと落ちた。
そもそも黒衣城が立ち入り禁止にされているのは、いつ崩れてもおかしくないぐらいに老朽化していて危険だからなんだったっけ。




