第2話 作戦通り
ボロ布の塊……
淀んだ空の続きのようなボロ布のマントで衣服を覆い、朽ちた城を表すようなボロ布のスカーフで顔と髪を陽光から隠した人影。
黒衣城の壁にもともと開いていた穴の奥から、ゆっくりと歩み出てくる。
病弱な王子様の弱々しい足取りなんかではない。
だけどユリアさんがお芝居で演じたような、わざとらしい威圧感もない。
ソレハ、居ル。
思い出の中でも伝説の中でもなく、ソコニ、居ル。
“彼”はあたしの姿を確認しても、走り寄るような真似はしなかった。
でも、じらしているわけでもない。
走るという行為の存在そのものを知らない。
それぐらいに高貴な王子。
厳かなる闇の王。
「早くしなさいよ。お姫様が待っているのよ」
それでも“彼”は、怒りもしないし、あせりもしない。
ステージの上手の階段を、悠然と上ってあたしの前に立つ。
あたしは“彼”に駆け寄りたい衝動をグッと堪えた。
駆け寄って何をするのか。
ひっぱたくのか、抱き締めるのか。
だけどあたしは後退りした。
作戦通りに。
銃声が轟いた。
死霊魔道の時代には存在しなかった、だけど今の時代からするとオールドタイプな先込式歩兵銃から撃ち出された銀の弾丸。
撃ったのは、打ち捨てられた屋台の中に身を潜めていたソフィアさん。
弾丸は死霊魔道から大きく外れて頭上を越える。
それでいい。
もともと当てるつもりはなくて、死霊魔道に振り向かせるのが目的なのだ。
死霊魔道のマントの裾がはだけて、スカーフの奥の暗い瞳が、ソフィアさんの銃口と見つめ合う。
その隙に、セリアさんが舞台のセットの裏から飛び出し、死霊魔道の背中に張りついた。
セリアさんが両手にしっかり構えているのは……
正面から見ると普通のデッサン人形……
だけどその背中に複雑な魔法陣が刻まれた、ソフィアさんお手製の魔封じ人形!
死霊魔道がそのことに気づくより早く、舞台脇のカーテンに包まって隠れていたユリアさんが、抜き身のエストックを携えて飛び出した!
勇者ラリルのエストックで死霊魔道と魔封じ人形をまとめて串刺しにすれば、死霊魔道の魂を魔封じ人形の中に閉じ込めることができる! はず!
……だけど……
「駄目!」
あたしはユリアさんの動きを肘で止めつつ、死霊魔道を突き飛ばし、死霊魔道をエストックの切っ先から逃げさせた。
「ハーちゃん!?」
「ハリエットさん!?」
しりもちをついたユリアさんと、所在をなくしたセリアさんが、唖然としてあたしを見つめる。
「どういうつもりだ!? ハリエット君!!」
ソフィアさんが素早く銃に弾を込め直して、あたしと死霊魔道を交互に睨みながら近づいてくる。
ちなみにマリアちゃんはこの場所には来ておらず、丘のふもとで人払いを任されている。
あたしはユラリとたたずむ死霊魔道に手を伸ばし、スカーフを乱暴に剥ぎ取った。
そこにはベルナリオさんの顔があった。
死霊魔道は復活したのではなくて、ベルナリオさんの肉体に憑り依いていたのだ。




