第1話 今度はあたしから
ただでさえ歩きにくいイバラの橋の上を、ますます歩きにくくなったピンヒールで、あたしは一人で進んでいく。
イバラもヒールも慣れればどうってことないし、一人きりにはもっと慣れてるわ。
昨夜とは打って変わって曇った空は、ソフィアさんが言うには、おあつらえ向きのお天気なのらしい。
地上で荷車を引いている牛乳配達のお兄さんが、こちらを指差し、何かを叫ぶ。
あたしはセリアさんに借りた、お祭りのお芝居で着ていたローズ姫役の衣装の裾を左手で押さえつつ、右手の人差し指を立てて口に当てた。
騒がないで。
町の人にはまだ眠っててほしいのよ。
そしてドレスをひるがえして歩き出す。
この距離と角度じゃ、どうせスカートの中なんて見えやしないわ。
ついさっきソフィアさんに言われた言葉が、あたしの頭の中で渦を巻く。
『死霊魔道をやっつけたからって、ハイヒールが消えるとは限らない』
『消えたとしても、足ごと持っていかれるかもしれない』
『君がローズ姫ではないってことに死霊魔道が気づいたら、何をされるかわからない』
それでもあたしはうなずいた。
ソフィアさんは死霊魔道を研究対象としてしか見ていなくって、恐れとか恨みとかそういうのはなくて……
ただ、檻に閉じ込めて観察したいって感じだった。
蔦の根本は黒衣城の奥へと続いているけれど、あたしは途中で蔦から降りて、黒衣城の庭園に立った。
目の前には、お祭りのお芝居で使われていた簡易のステージ。
あたしはステージの下手、客席から見た左側の階段を、本物のお姫様ならばゆったり優雅な足取りだろうなと想いを馳せながら、だけど優雅にはなりきれずにノロノロと上った。
「エリック!」
セット越し、黒衣城に向かって呼びかける。
意識したわけではないけれど、カン高い猫なで声になってしまった。
「……死霊魔道!」
地下に響くよう力を込めて、今度は敢えて低い声を出した。
あたしの姿が本当にローズ姫に見えるのならば、エリック王子はきっと、脇目も振らずに飛び出してくる。
死霊魔道なら……
あたしは空に目をやった。闇の魔物は太陽の光の下には出てこないけど、この程度の曇りなら……
ザコ亡霊はともかく死霊魔道ほどの力があれば、力が弱まりはしても出てくる可能性がある……
と、ソフィアさんは言っていた。
死霊の王様にふさわしい登場の仕方ってどんなのかしら?
少なくともあたしを見つけても、無邪気に駆け寄ってきたりはしないわよね。
……上を向いたままの首筋を汗が伝う。
不意に嫌な予感がよぎった。
視線を下ろした時、目の前にいきなり死霊魔道が居たらどうしよう?
すでにあたしの真後ろに立っていたらばどうしよう?
イメージして呼吸が荒くなる。
あたしはバッと顔を下ろして、素早く辺りを見回した。
……あたししか居ない。
見渡すために体を一回転させたので、軽く目が回って少しフラッとした。
ピンヒールがステージを踏む音が、ステージの壁に当たって大きく響いた。
もう一度、今度はステージだけでなく、庭園全体を見渡す。
風が草木の葉を揺らす。
葉っぱの他にも、揺れているモノがあった。




