第5話 脱出
月が見える。星が見える。あたしの真上には気球がある。
地下から空が見えなかったのは、気球に塞がれていたから。
あたしとソフィアさんは今、その気球に吊り下げられて、暗闇の大空をただよっていた。
「見えるかい? ハリエット君」
ソフィアさんが眼下の黒衣城を指し示す。
深緑のイバラに覆われているはずの城壁が、茶色くなっていた。
「イバラが枯れてる!?」
「それもだが、それよりも塔の方だ。一番高いところだよ」
「あ……!」
人が、居た。
暗いし遠いので顔も体型もわからないけど、亡霊のように透けてはいない。
彼はこちらをじっと見つめていた。
「死霊魔道のやつ、実体化している。
誰を生け贄に使ったのか知らないが、どうしてもハリエット君でなければならないというわけではなかったんだな。
しかし、それならば何故こんな面倒なことを……」
「ソフィアさん、死霊魔道は……復活したいなんて思っていませんでした! ローズ姫に殺してほしいって言ってて……!」
「何だって? それじゃあ……おっと!」
人影が動いたように見えたけど、風が吹いて服がはためいただけだった。
そしてその風に煽られて、気球は一気に黒衣城が建つ丘から離れ、町の方へと流れていった。
「キャー!! 揺れる! やばい! 早く下ろしてェ!!」
「無理だよ、ハリエット君。この風では……おおっと!」
気球が街を飛び越えていく。
あぁガス灯よ、文明の利器よ。
魔法の時代はもう終わり。
家々よ、星空と対を成す光の海よ。
何というキラメキ。
これはきっと天使達が見る景色。
亡霊どもも地下に籠ってる場合じゃないわ。
とか何とかの現実逃避で、揺れる怖さと夜風の寒さをごまかしていると……
風の轟音に混じって、プチプチと嫌な音が耳に飛び込んできた。
「ソフィアさん! ロープが! ちぎれそうになってるんですけど!?」
「もう少しだからガンバれ!!」
「ガンバれって何をどうガンバれば……どわわわわ!?」
気球の高度がガクンと下がった。
「こここ、これって着陸じゃなくて墜落に向かってますよねっ!?」
「燃料が残りわずかだったからね」
「このままだと建物にぶつかりますよねっ!? てゆっか言ってるそばから大っきい建物が目の前に迫ってるんですけどっ!?」
「あれは博物館だ。あの上はスレスレで抜けられそうだが、その次の教会の鐘つき堂は避けられそうにないな」
「えええっ!?」
「ハリエット君。悪いがちょっと野暮用だ。先に私の家に行っていてくれ」
ソフィアさんは、どうやったのか手品みたいに自分だけロープから抜け出して……
あっと思う間もなく博物館の屋根にスタッと飛び下りた!
軽くなった分、気球は上昇し、鐘つき堂の屋根を飛び越える。
「私の部屋の机の上に……!!」
ソフィアさんの叫びは、風の音に掻き消された。
気球は町を通り越して農場へたどり着き、あたしは宙吊りのまま羊小屋に突っ込んで、気球は牧草地に不時着した。




