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第3話 お医者さん

 抱き上げられたまま運ばれる。

 ランタンの炎に照らされて、ベルナリオさんの幼さの残る瞳と、りりしく引き締まった唇が浮かぶ。


 きれいに切り揃えた栗色の髪は、都会の人なんだなって感じ。

 あたしが住んでるクソ田舎には、マトモな散髪屋なんてないもの。

 でもド都会の整髪料ベタベタな感じでもなくて、清潔でさわやか。


 力強いけど粗野(そや)じゃない。

 紳士だけれど堅すぎない。

 何もかもがちょうどいい……




 お城が建つ丘を下って、朝もやの町に入る頃には、あたしはベルナリオさんが白馬の王子サマ以外の何者にも見えなくなっていて、すっかりポンワリしてしまっていた。


 でもその王子サマは、あたしを路地裏の小さな医院に預けると、電報を打ってくるって言って、さっさと居なくなってしまった。


 あたしが昨夜泊まった宿屋と連絡を取ってパパに知らせてもらうためなんだけど、親切とかはさっぴいて少しでもそばにいてほしいのが乙女心なわけなんだけど……




「それで? 君は一体、何者なのかね?」

 あたしの足首に包帯を巻くのを終えて、まだ眠そうなお医者さんが尋ねる。

 もっさりした、とりあえず人の良さそうなおじいさんだ。


「ああ、先生。その質問はあまりにも哲学的です!

 今日の朝日が昇る前ならば、あたしはきっと旅人であると答えたでしょう。だって旅をしていたのですから。

 実際問題、昨日までのあたしは、旅以外の何をしていたわけでもありませんでしたわ。

 でも、今は違いますの。

 そりゃあ人生を旅に例えるならば、あたしは今でも旅人ですし、先生だってそうですけれど、でもあたしはもうどこにも行きたくないし、行く必要もたぶんなくなったのですわ。

 今のあたしは恋する乙女。恋こそがあたしを表す言葉なのです。

 だからあたしが誰かと訊かれたら、恋と答えるしかないのです」


「そういう話じゃなくて、住所氏名を訊きたいんじゃがね。まあ仕方ない。カルテには恋山村の恋谷恋子とでも書いておこう」


「う……それはさすがに……その……

 あたし、ハリエット・ハミルトンって言います。

 ロックハンド地方のフラワーロール村から来ました」


「ロックハンド? ずいぶん遠いね。観光かね?」


「ええ……まあ……なので恋山村とか書かないでください」


「書かないよ。真面目なカルテなんだから」


「前に隣りの町のナースに、牛糞村の呪われ靴子と呼ばれたことがありまして……」


「そりゃひどいな。しかしこのハイヒールは一体何なんだね? 接着剤でも踏んづけたのかね?」


「んー。解釈はご自由に」


「おいおい、君ねェ……」


「だってそうでしょう、先生?

 もしもあたしが、このふざけきったハイヒールはあたしがこの世に生まれた時からあたしの足に張りついていて、どうやったって脱げないとか、あたしの体が成長するのに合わせてハイヒールも一緒に大きくなってきました、なぁんて話を真顔でしたら、先生はあたしを別の病院に入れようとなさるでしょう?

 だからと言ってウソをつくのは好きではないし、それに先生が提示なさった接着剤説は、あたしが今までについてきたどんなウソよりもナチュラルですから、先生から言い出してくださったそれを採用するのが良いと思います」



 足の怪我は、入院が必要なほどのものではなかった。

 けれど財布も荷物もみんな前の町の宿屋に置いてきちゃって他に行くところもないし、足が治るかハイヒールが脱げるまでは歩くなってお医者さんに言われてしまって……

 結局、その日は一日中、病院のベッドの上で過ごすはめになった。


 ハイヒール……脱げるものなら、さっさと脱ぎたい……


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