第8話 長女のライフワーク
「ごめんなさい、ハリエットさん。さぞ驚かれたでしょうね」
あたしは、少なくともこれが異常だって彼女が自覚しているのにほっとしてコクンとうなずいた。
「この人形にはついさっきまで、わたし達の一番上の姉の魂が宿っていたんです。
……魂なんて言っても、にわかには信じてもらえないでしょうけど」
「お姉さんにいったい何が……?」
「ハリエットさんが初めて黒衣城の前に現れた夜、わたし達四人は黒衣城の中に忍び込んで、内緒で調査をしていたんです。
三百年前に勇者ラリルが死霊魔道を退治して以降、死霊魔道の居城は公園なんかと同じく“町のもの”って扱いになっていて、町長は黒衣城を町おこしに利用するつもりで……
お祭りで観光客が押し寄せたら、いくら立ち入り禁止の札を立てても勝手に中まで入ってきて荒らしてしまうお馬鹿な人がきっと出るから、そうなる前に、って……
強引に思えるかもしれませんけど、死霊魔道を巡る研究は、ソリ姉のライフワークなんです!」
町おこしとライフワークと、どっちに使うにしても悪趣味すぎると思ったけれども敢えて言わずに、話の続きをセリアさんにうながす。
「そこでベルナリオさんに見つかりそうになって……ベルナリオさんは学費を稼ぐために警備員のアルバイトをしているんです。
それでユリ姉がオトリになって走り回っている最中にハリエットさんに出逢って……
それとちょうど同じ時に、黒衣城の中で、隠し扉が見つかったんです。
古くなった蝶番が勝手に開いて……
あとで考えるとハリエットさんが来たことに反応していたんでしょうけど……
でもこの時はただただラッキーみたいに思って……
隠し部屋には罠が仕かけられていました。
ソリ姉が隠し部屋に入った途端に、天井から壺が落ちてきて、ソリ姉の頭を直撃したんです。
……その壺の中には、ある魔法使いの魂が封印されていました」
「死霊魔道の?」
「いえ、ギロームって名乗っていました。
そのギロームの魂がソリ姉の体を乗っ取って、ソリ姉の魂は体から追い出されて、マーちゃんが持っていた人形に乗り移ったんです。
ギロームはソリ姉の体を人質にして、死霊魔道復活の儀式に協力するようにわたし達に求めてきました。
わたし達は拒んだけど、ベルナリオさんは……あの人もソリ姉を助けたかったんです……
でも、もう駄目です……魂は、何にでも憑り依けるってわけじゃないんです……
魂と器の相性がとても難しくて、ソリア人形に入れたのは本当に奇跡みたいなもので……
器がなければ、魂は地上には留まれない……」
「う……ん……? 器がないと駄目なんですか? 亡霊は、魂だけに見えたんですけど」
「亡霊なんてのは迷信です」
「いえ、居るんですけど。それも、どうやらセリアさんの姉上の魂らしき亡霊に、ついさっき出逢ったんですけど」
あたしの言葉はセリアさんに、ちゃんと聞こえたか聞こえなかったか……
セリアさんの手からソリア人形が滑り落ち、一拍遅れてセリアさんが床に倒れた。
「!?」
壁の穴から甘い香りが流れ込んでくる。
お祭りの帰り道、黒衣城に閉じ込められる直前に嗅いだニオイだ。
鼓動が跳ね上がり、だけどそれとは反対に、猛烈な眠気が襲ってくる。
重く垂れ落ちてくるまぶたを必死になって開いていると、壁の穴から射し込む夕陽の中に、人影が二つ浮かび上がった。
……どんなに寝ぼけた頭でも、これらが誰かぐらいはわかる。
立ってることさえできなくなって、あたしは床に膝から崩れ落ちた。
負けるもんか!
自分の手の甲を、ヒールで思い切り踏んづける。
「っ!」
痛みで眠気が覚めていく。
けれど……
カッと開いた目の先に、ギロームの掌が見えた。




