第4話 迫り来る亡霊
亡霊は、音がするなら“ズルリズルリ”というような動きで、無音のままに、もだえながら、あたしの方に這い寄ってきた。
「……立て……ないの……?」
返事はない。
「こここ、怖くないわよ! あ、あ、あたしはあなたの敵じゃないわよ!」
せいいっぱい友好的に、優しく微笑みかけてやろうと試みたけど、どうしても顔が引きつるし声が震える。
床に落ちた首はあたしに応えることもなく、ただ、この世の全てが恨めしいとでも言わんばかりに宙を睨み……
胴体は不気味な前進をやめず……
壁際まで逃げたあたしの側に、じわりじわりと近寄ってくる。
「お、落ちた際に怪我して立てなくなったとか……」
なワケないのは言ってて自分でわかってる。
この亡霊は、生前は兵士だったのだろうか。
紋章のついた胸当てに、重そうなチェイン・メイルを身につけている。
このテの武具は、鉄砲が発明されてからは用をなさなくなった。
つまりこの亡霊は、それだけ古い時代の人……
「まさか鎧が重くて立てないとか……」
んなバカな。
良く見ると、その幅広の背中には、えぐられたような深い傷がついていた。
「ああ……」
死霊魔道の仕業だ。
竜に化けた姿で、上に乗られて押さえつけられたんだ。
そうしてそのまま爪に臓器を貫かれて……
胴体だけの亡霊が、あたしの方へと這いずってくる。
その後ろに、二体目の亡霊が、今度もまた音を立てずに落ちてきた。
こちらも兵士の格好で、こちらの亡霊には右腕がなく、腰から内臓がこぼれ出ていた。
続いて、全身が噛み跡だらけの亡霊が。
続いて、左半身だけがグチャグチャにつぶれた亡霊が。
ああ、もう!! いったいどれだけ居るのよ!?
あたしが呼んだわけでもないのに、亡霊は次から次へと部屋に入り込んで、その全員があたしににじり寄ってくる!
「来ないで! 来ないで!」
手の中のロウソクを必死で振り回し、その炎がとっくに消えていたのに今さら気づく。
それでも亡霊の姿がはっきり見えるのは、亡霊自体が光を放っているから。
「!?」
つま先に痛みが、そしてそこから全身に痛みが駆け抜けた。
最初の亡霊の生首が、あたしのハイヒールに噛みついたのだ。
「痛っ! 痛いッ!」
ああ、こいつらは幻なんかじゃないんだ。
幻みたいな姿のくせに、あたしをリアルに傷つけることができるんだ。
あたしはつま先を振り上げて、亡霊の生首を壁に力一杯たたきつけた。
「っあ!」
生首は壁をすり抜けて、あたしの足だけが壁に当たる。
そして……
しりもちをついたあたしの上に、他の亡霊達が覆い被さってきた……
「ひぃっ!」
錆びついたガントレットの指先が、あたしのスカートをすり抜けて、膝を直接、押さえつける。
別の亡霊の白骨化した指が、あたしの首へ伸び、絞めやすい場所を探るように撫でる。
亡霊の手はあたしの体に触れられるのに、あたしの手はゴーストの体をすり抜けて……
いくら抵抗しても通じない……
最初の首なしの亡霊が、いつの間にか戻ってきた生首を小脇に抱え、空いている手で腰に下げた剣を抜いた。
「きゃあああああああ!!」
誰に届くはずもないと、わかりながらも止められない悲鳴に……
「キャーーー!」
こだまのごとく、別の悲鳴が返ってきた。




