第1話 丘の上の漆黒の城
背中の痛みで目を覚まし、ユメとウツツの境を探して、あたしは前髪をかきあげた。
星が見える。
月が見える。
ガス灯の明かりは遠くに群れる。
ここは丘の上だった。
正面にそびえるのは崩れかけのお城。
人の気配はまるでなく、黒い石を積み上げた壁は夜空よりも黒くって、まるで闇の塊みたい。
お城の周囲は、むせ返るような夏の森。
そんな景色にパジャマで一人。
宿屋のベッドで寝てたはずなのに、眠ったまんま抜け出して……
ってのは、いつものことなんだけど、蝉どもの声がやかましく降りそそぐ中を、起きずにここまで歩いてきちゃったってのには、我ながら感心してしまう。
……ユメを見ていた。
あんまり覚えていないけど、ユメの中のあたしは、何だかとっても怖いモノに追いかけられて、どこかのお城から逃げ出そうとして必死で走り回ってた。
だけどウツツの世界では、お城に押し入ろうとして、堅く閉ざされた城門をよじ登る途中で落下したっぽい。
まあ、寝ながら動くのは足だけだし、手を使わずに登ろうとすればそれは落ちるわな。
ちょっと休んで背中の痛みも引いてきたしと、そろりそろりと立ち上がり……
「痛ったあぁぁ~イッ!!」
左足首に激痛が走って、悲鳴を上げて、しりもちをついた。
不覚ッ……
まあ、でも、骨折じゃあないわね。
骨折ならこの呪いのハイヒールのせいで昔から何度もしてきたけれど、、今回は少なくとも折れてはいない。
だからまずは慌てず騒がず……
いやいやいや、騒いで助けを呼ばなくちゃ!
「おーい! ほおぉい! 誰かああ!!」
でも、こんな時間のこんな場所に、果たして誰が来てくれるのか。
目の前のお城はどう見ても廃墟で、こんなところから出てくるのなんて幽霊ぐらいのものだろうし……
いえ、待って、山賊のアジトになってるってのも、じゅうぶん有り得る話なのよね。
そりゃあ今時は街道も整備されてるし、衛兵のパトロールも厳しいし、大きな町同士の行き来なら徒歩や馬車なんかじゃなく汽車を使うから、小さな商隊が大きな盗賊団の犠牲になったなんて話は滅多に聞かなくなったけど、それでも全くなくなったってわけじゃない。
ああ、でも、プロの山賊よりも、町の不良の溜まり場ってのの方がありそうかも。
……不良であれ幽霊であれ、もしそんなのがこのお城に居るとしたら、さっきあたしが大声を出したのはマズかったかもしれない。
どうしよう、ああどうしよう、どうしよう。
などと一人でのたうっていると……
……ゴソゴソ……
……ボソボソ……
森の方で声がした。