第4話 六日目の退屈、七日目のスリル
六日目。
本がなくなった。
あの本を読むぐらいしかやることがないので、なくさないように目立つ場所に置いていたのに。
きっと落とし主が持ち帰ったんだ。
頻繁に感じる、あの気配。
アレは確かにココに居る。
黒衣城の外では暇を持て余した若者集団が、チキンレースと称して、どれだけイバラに近づけるかをキャイキャイはしゃいで競ってる。
七日目。
日も暮れて夕食も終えた頃。
すっかり数の減った野次馬が急に騒がしくなったので、あたしは様子を見るために庭園に出た。
黒衣城の城壁は、あちこちに穴が開いている。
その中の、一番大きな穴の向こう側で、ベルナリオさんが剣を携えて仁王立ちになっていた。
「え……?」
長身の彼の姿がすっぽりと収まるぐらいの大穴に、張り巡らされた蔦の網。
野次馬達に何か告げ、彼らが離れるのを待って、鞘から刃を抜き放つ。
ベルナリオさんは地を蹴り、イバラへと突っ込んできた!
あたしは悲鳴を上げた。
昨日のチキンレースでは、あたしが気づいた時には、二十歳前後のイイ年したガキンチョ連中は、血まみれで打ち捨てられていた。
あたしが大急ぎで上げたノロシを見て、地元の大人が駆けつけて連中を回収していったけど、彼らの怪我がどれほどだったか、教えてくれる人はない。
剣が閃き、月光にきらめく。
剣術のことなんてあたしにはわからないけど、キレイな動きだなってだけは感じた。
きっと勇者ラリルもこんな風だったんだ。
イバラからは植物の汁とはとても思えないようなドス黒い液体がほとばしり……
けれど身を斬られても怯みもせずに、刃に巻きつき、自ら斬られて、それでも絡みついてくる。
やがて、ネバつく汁に剣の切れ味が鈍り、遂にベルナリオさんの手から剣が奪い取られて……
けれどもそれと同時にベルナリオさんの体が黒衣城の荒れ果てた庭園の中に転がり込んだ!
だけどまだ安心はできない。
イバラがうねり、倒れたままのベルナリオさんに襲いかかる。
ええい、考えている暇はない!
あたしはバッと飛び出して、ベルナリオさんに覆い被さった。
イバラはしばし戸惑ったような動きをしたあと、もとの場所に戻っていった。
「やっぱりだわ」
「ハリエットちゃん……?」
「イバラのやつ、もしかしたら囲いの内側に居る人間は襲わないってだけなんじゃないかなって、ちょっぴり期待してたんですけどね。
そうじゃなくて、ただ“あたしを”襲わないってだけなんですね。
呪われた女なんかには触るのも嫌だってんでしょうかね? イバラのくせに」
ベルナリオさんを庇いつつ、念のために匍匐前進でイバラから遠ざかる。
背後でパキンッて音がして、ベルナリオさんの剣がイバラにへし折られた。
お城の屋内に入って、もう大丈夫だろうって立ち上がる。
一息つくと、ベルナリオさんの汗のにおいに混じって、何とも言えない優雅な香りがあたしの鼻孔をくすぐった。
「ベルナリオさん、香水をつけているんですか?」
何か意外。古い考えかもしれないけど、こんなのをつけるなんて、あんまり男らしくない。
それに香水ってどうも苦手で、オシャレなのはわかるけど、あたしにはクサイとしか思えないし……
ストレートな汗のにおいの方が好き。
「薔薇の香りだよ。イバラの仲間のフリができるんじゃないかと思って」
「ソレなら納得ですっ! ベルナリオさん、頭イイですっ!」
「いや、効果なかったし」
「でもイイんですっ!」
照れた表情がまた可愛い。
こんな素敵な人があたしを助けに来てくれたって思うだけでキュンとしてしまう。
「香水って良くわからないんだけど、僕、臭くないかな?」
「そそそ、そんなことないですっ! とってもイイ匂いですっ!」
あたしは慌ててベルナリオさんから飛び退いた。
臭さでいえばあたしの方が危ない。
黒衣城に閉じ込められてからずっと、井戸水を浴びるくらいしかできていないのだ。
「あっ、あのっ、ベルナリオさん! これからどうやって外に出るんでしょうっ?」
ごまかすために話題を変える。
だけど実際これは大問題なのだ。
頼りの剣は折られてしまったのだから。
「こっちだよ」
ベルナリオさんはポケットから手書きの地図を取り出した。
ついていった先は、行き止まりの壁だった。
数日前に謎の気配を追いかけて見失った場所。
どうするのかと思っていると、ベルナリオさんは地図を裏返して、そこに書かれたメモを読み上げた。
「生きるを望む者に死を! 勝者に真の敗北を!」
良く通る声が朗々と響く。
「いきなり何を物騒なっ!?」
「呪文だよ。死霊魔道がこういう仕掛けを……」
ベルナリオさんの声を掻き消し、壁がゴゴゴゴゴゴと音を立てて扉のように開いていって……
その先に、細い下り階段が現れた。
地下道に入ったわけだけど、ベルナリオさんが持ってきたランタンのおかげでどうにか歩ける。
瓦礫を避けながら、時にベルナリオさんに手を貸してもらい、時にお姫さま抱っこで運んでもらって、少しずつ進む。
もう一度階段を降りて、地下二階の扉の前にたどり着いたところで、ベルナリオさんは足を止めて深呼吸をした。
「この先が、外に通じているんですか?」
「ううん、そうじゃなくて……
ちょっとね、会ってほしい人が居てさ。君のハイヒールについて、大事な話があるんだ」
妙に言葉を濁しながら、ベルナリオさんは扉を開けた。




