第3話 四日目と五日目の読書
黒衣城に閉じ込められて四日目。
地味だけどゾッとする事態が起きた。
廊下に本が落ちていたのだ。
昨日まではなかったのに。
あの気配が落としていったとしか考えられない。
恐る恐る手に取ってみる。
タイトルは『魔法研究』で、著者名はソフィア・ワトキンス。
ん……?
もしかしたら演劇の楽屋にあったのをあたしが寝ながら持ってきたのかも?
試しにページをめくってみると、いきなりこんな言葉が目に飛び込んだ。
“魔法とは何か?
それは、神の定めに逆らう力。
神が世界を創りし時に決められた法則を破るということ”
そう。だから魔法は忌み嫌われる。
それは神さまを好きか嫌いかの問題ではなく、秩序を乱されるのが嫌だから。
例えば……自分が乗っている船が気に入っていようと気に入っていまいと、船底に穴を開ける者は許されない。
それほどに、魔法は無法なモノなのだ。
同じく呪いも呪わしい。
“では、魔法と魔法ではない力との違いは何か?
枝から離れたリンゴが地に落ちるのは、そうなるように神が創ったから。
鳥が飛べるのは、飛ぶように神が創ったから。
ホウキは飛ぶように創られてはいないので、ホウキが飛んだらそれは神の意に反する魔法である。
人の手で造り出された『気球』は、布や籠や一見飛ぶはずのない物が空を飛ぶわけだが、しかし『暖められた空気は上昇する』というのは神が定めた法則であり、故に気球は魔法にはならない。
このような例は無数にあり、例えば……”
あんまりおもしろくなかったので、あたしは本を閉じて、もともとあった場所に戻した。
五日目。
昨日と何も変わらない。
外に出られるアテもない。
お祭りのために修復された古井戸のおかげで、飲み水には困らないし、洗濯もできる。
けれど庭園の露店の裏からは、食べ物の腐った臭いが漂ってくる。
ベルナリオさんは朝一番でやってきて、できたてのサンドイッチを放り込んで、それっきり。
野次馬もめっきり減って、人恋しい。
しかもその希少な野次馬どもは、イバラ越しにあたしに向けて「出てこい」とか何とか叫んでるくせに、あたしがほんのちょっと顔を出すと、すぐに逃げてしまう。
あまりに暇なので、昨日の本をもう一度拾って読んでみた。
“……しかし何故、魔法のような力が存在しうるのか?
何故、燃料もないのに火が燃えるのか?
魔法の力の源である魔力は、いったいどこからやってくるのか?
呪文、魔方陣、薬草、杖。
様々な説が唱えられてきた。
筆者はその内のいくつもの方法を自ら試みてきたが、ただの一度たりとも魔法が発動したことはなかった。
失敗した理由は、筆者が魔法使いではないからである。
魔法を使うから魔法使いなのか、魔法使いだから魔法を使えるのか?
これは決してニワトリ/タマゴの関係ではなく、魔法を使うことよりも、魔法使いになることの方が先である。
人は魔法使いになったのち、魔力を操り、魔法に変換するすべを身につける。
では、魔力はいったいどこから来るのか?
魔力の源は、心である。
信じる心がキセキを起こす、というようなキレイな話ではない。
心に住まわせた闇に、人としての感受性を食い潰させて、闇が出す排泄物が魔力なのである。
人は誰しも心の中に幾ばくかの闇を備えている。
その闇に、儀式を通じ、生け贄を捧げて増幅させる。
生け贄を捧げる相手は、神や悪魔ではなく、自分自身である。
儀式の真の目的は、人の心に宿る光を消すことなのである”
あたしは呪いを体現してるから、これを読んで、なるほどなって思うけど……
ソフィア・ワトキンス先生自身は、この本を書いた時、果たしてシラフだったんだろうか?
“オーガネックの町は今でこそロッサリア王国の一地方都市となっているが、かつては別の名を持つ一つの国だった。
その国の王は温厚な性格で民から慕われ、小国同士で領土を奪い合っていた時代において周辺諸国との和平交渉に尽力した偉大な王であった。
しかし王子は、将来の王として学ぶべき事柄には興味を示さず、法的にも宗教的にも禁止されている魔法の研究に没頭。
民をかどわかして生け贄にしていたことが父王に知られ、王位継承権を剥奪されて、城の地下牢に幽閉された。
しかしこの時、王子は既に魔法使いになっていた。
王国の崩壊から生き延びたわずかな人々の証言によれば、城の地下から闇色の炎が噴き出して、何もかもを焼き尽くしたとされる。
かっては白鳥城と呼ばれた美しき城は、闇の炎に染められて漆黒の廃墟と化し、黒衣城と名を変えた”
黒衣城。
今さらながら、ぴったりなネーミングだなって思うわ。
確かにこのお城のボロボロな感じは、雑に脱ぎ捨てられたローブみたい。




