第5話 勇者の伝説
場面は変わって隣の国のお城。
白い壁の前に立つ、薔薇色のドレスのお姫様に、さっきの農民コンビが泣きついている。
お姫様役は、真面目そうなおとなしそうな顔の女の子だった。
「ソフィア先生の妹のセリアちゃん。ユリアちゃんの年子の妹だよ」
「三姉妹ですか」
「四人だよ。一番下にもう一人居る」
セリアさん扮する姫君が、薔薇色に塗ったくった唇をおずおずと開く。
『ああー、なんという、おそろしいことれしょオ!』
うわっ。ガチガチに上がっちゃってるわ。
『おおお王子とわたしは、おさっおさっ幼なじみですっ! わわわたしがせっとくすれば、王子はきききっときいてくれますっ!』
そして隣国の王女は、周囲が止めるのも聞かず、たった一人で飛び出していく。
「ハリエットちゃん、隠れるよ!」
「えっ?」
不意にベルナリオさんがあたしの手を引いた。
舞台から距離を取ると人混みもやわらいで、息苦しさから解放されて……
だけど同時にベルナリオさんと指が離れて、違う意味で胸が苦しくなる。
「あの、ベルナリオさん……いったい何が……」
もしや呪いに関係あることが?
「バイトの先輩が居たんだ。見つかったかもしれない」
あら、拍子抜け。
「そういえばベルナリオさん、お祭りの警備員でしたっけ」
「今日はサボったんだ。君をどうしても連れ出したかったから」
「え……?」
舞台を観ていた子供達がギャアギャアとわめき出し、ぞろぞろと席を離れ始めた。
「ローズ姫が死霊魔道に捕まったところで、今日の分のお芝居はお仕舞い。続きはまた明日、だよ」
「それじゃ子供は騒ぎますね」
すれ違う親子連れの会話が聞こえる。
「ええ~んっ、おひめさまが、りっちに、たべられちゃう~っ」
「大丈夫だよ。死霊魔道はローズ姫を、特別な生け贄にするために閉じ込めておくんだ」
「ふええっ。おひめさま、いけにえにされちゃうの?」
「いいや、勇者ラリルがやってきて、死霊魔道をやっつけてローズ姫を助け出して、二人は結婚してハッピー・エンドさ。
この町も、一度は廃墟になったけど、ローズ姫の父上の力で復興したしね」
うわっ、すっごいネタバレ。
別にいいけど。
「ハッピー・エンドで終わりじゃないよ」
ベルナリオさんがあたしにささやく。
「もともと流れ者だったラリルには、お城の暮らしは肌に合わなかったみたいでね。
貴族達の間でも、ラリルは次期国王にふさわしくないって声が上がって……
ラリルは城を捨てて再び放浪の旅に出て、ローズ姫もそれを追いかけて、それっきり二人とも行方知れずさ。
どこかで野垂れ死にしたとか、どこかの田舎に腰を落ち着けたとか、いろんな説が言われてきたけど……」
ふっと、ベルナリオさんが口をつぐんで、あたしを見つめた。
「あ、あたし、そんな話、全然聞いてないです! パパもママも何も言ってなかったし!
あたしのご先祖さまがお姫さまとか勇者だとか、そんなまさか……」
「でも君は、死霊魔道に呪われている」
確かに。
死霊魔道が一番に呪う相手は、自分を退治したラリル。
でもそれはもう叶わないから、その子孫。
あたしだけが呪われて、他の家族が無事なのは、あたしが生まれた時期と町おこしのお祭りが始まった時期が重なって、死霊魔道が刺激されたから……




