銀のハイヒールの少女
太陽はやや西によって、だけどガス灯が点くには早いぐらいの時間帯。
夏期休暇の半ば辺りの旅行客――ただのそれにしか見えないはずのあたしとパパは、宿場町の隅っこでやっと見つけた辻馬車を、うんざりしながら見上げていた。
「おっかしいなァ。こいつがこんなに暴れるなんて初めてでさァ」
栗毛のダメ馬をなだめつつ首をかしげていた御者が、何やらふっと思いついたみたいにこちらを向いて、ニタニタとおどけた顔をしてみせる。
「そう言やァ馬やナンかの動物は、不吉なモンを感じ取れるって言いやすからねェ。お客さん方、ナンかに憑かれてるんじゃありゃあせんかネ」
うひゃひゃひゃひゃって下品に笑って、あたしとパパに本気で睨まれ、御者がみるみる青ざめていく。
お客を怒らせてしまったから焦ってるっていうんじゃなくて、自分の冗談が大当たりだったっていう恐怖。
あたしとパパのため息が重なる。
怒りと、あきらめ。
「行こう、ハリエット」
パパが馬車に背を向ける。
ムカムカでとがらせた肩が、旅行カバンの重さに沈む。
あたしはささやかな未練を込めて、もう一度だけ御者を睨んでから歩き出した。
あたしは別にいいのよ。
疲れているのはパパなのよ。
あたしが眠っている時が、パパにとっては苦労の時間。
せめて夜になる前に、南西に見えるあのいかにも面倒臭そうな峠だけは越えておきたいってのに……
「おーい! そう言やァ聞いたことがあらァ!」
用無しのくせに御者がわめく。
「銀ピカのハイヒールに呪われたってぇガキの話だ! つま先はナイフみてーに鋭くて、踵は突剣そのものだってよ!
おめーの履いてるソレ、そのまんまじゃねェか!?
髪が長くて赤いとか、年が十五かそこいらだとか、お前だよな!? な!?
ふざっけんじゃねェぜ、おい!? 二度と俺の馬に近づくんじゃねェぞ!!
聴いてんのか、おい!? お……」
急に強い風が吹きつけて、雑音を掻き消してくれた。
御者の口に砂が入ったっぽい。
挿し絵は貴様二太郎さまからのファンアートです! ありがとうございました!