八、禁呪発動
「くそ、遠慮するな! やれ!」
井上悠馬が指揮を取り、真白に杖を向けている。ワンテンポ遅れて全員が真白に杖を向けた。
そこからして無駄が多い。数がいるのに連携が取れていない。指示の遅さは命取り、むしろ自分が指揮してやりたいと明後日なことを考えてしまう。
『いけ!』
井上悠馬の杖の先から赤い閃光が放たれた。これまたワンテンポ遅れて、他の少年たちからも魔法が放たれる。囲んで一世発射という案は悪くないにしても発動までに時差があり過ぎた。つまりバラバラだ。
「遅い」
真白は第一撃を素手で受け止めた。手に最低限の風を圧縮させぶつけて防ぎ、後続の攻撃は上空に転位することで相殺消滅させてしまう。対処としては口を挟む点はない。これが実戦であれば温いと言うくらいだろう。
「ホントだ。連条さん、圧倒的って感じがする」
「そうよ、彼は天才なの」
素直に認めるけれど、やはり悔しい。私が何年もかけて手にした力を、彼は瞬く間に扱ってみせる。嫉妬しないわけがない。
真白はいつだって私の羨望の対象だ。
「羨ましいんですか」
「え?」
「いや、そんな顔してるなーと思って」
「そう、ね……」
笹木嵐があまりに素直で直球に聞くから、感化されてしまったのかもしれない。
「羨ましい。彼なら、いずれ西の魔女すら凌駕するでしょうね」
「え、そんな凄いの!?」
「天才だもの。それくらいの称号が相応しいと思う」
少年たちの手が震えていた。
「俺、魔法誌定期購読してるから知ってる! 西の魔女って、魔法大戦でも活躍した奴だろ!」
「は、マジ? あいつそんなヤバい奴と同レベル!? 俺らに勝ち目なんて……」
「おい悠馬、謝った方が良いんじゃね?」
「はあ!? お前ら何言ってんだよ!」
真白に勝てないと悟ったのは賢明だった。チームワークは乱れ及び腰、勝負は始まる前から決まっていたけれど、これで決定的だろう。
そう分析したのだが……私を人質に取るなんて愚かしいことね。
背後に回っているのは一人。防ぐことは簡単だけれど、真白に任せた以上はどう動くのか見守ったほうがいいのかもしれない。
「おい! 知ってるぞ、この女が大事なんだろ。さっさと投降しろ」
突きつけられた杖に動じることもなく、私は成り行きを見守った。人質にされている私よりも慌てふためいている隣の笹木嵐は気の毒だけれど。
「それ、止めたほうがいいですよ?」
親切心か、優しさか。真白が忠告を促す。
「そうね」
私も同意しておく。すると一向に焦る様子のない人質に焦れたのか、乱暴に腕を引かれて立たされた。反動で手にしていたカップが落ち、紅茶は地面に染みを作り、カップが砕けてしまう。
「お気に入りだったのに……」
カップくらいで大人げないと私は落ち着いていた。それが大人の余裕というものだろう。
「言っておくけれど、私に人質の価値はない。人質ごときで彼は動じないし、冷静を失ったりしない」
「うるさい、黙れ! おい、下手なことしてみろ? この女が傷つくことになるぞ!」
せっかく教えてあげたのに聞く耳はなしと。私に人質の価値はないし、傷をつけるなんて笑わせる……本当に。
それは真白も知っていることで、だから何も動じる必要はないのに。それなのに……。
「……お前ら根性叩き直してやる。とっとと七夏さんから離れな」
あの、真白君? 地が出ているけれど。
一見して人当たりの良さそうな好青年という外見の真白だが、彼は地元で名を馳せた悪、つまり元不良なのだ。
「あの、思いきり冷静さ見失ってますけど」
隣でうろたえている笹木嵐が冷静にツッコミを入れてくれる。
「そのようね……」
呆れているうちに、要求が突きつけられようとしていた。
「この女が大事なら、まず杖を寄こせ!」
真白は考えるまでもなく杖を差し出す――どころか……。
パキッ――
まさに木をへし折ったような軽い音だ。寄こすどころか、彼は自らへし折った。
「お、折ったあああ!?」
「お、お前、魔法使えなくなるぞ!?」
少年たちは焦るどころか、大丈夫なのかと逆に真白を心配する始末。
「だから何です? こんなもの、七夏さんためならいくらでも差し出しますけど。僕にとってその人以上なんてありませんから」
きっぱりと言い切った真白に「かっけー」と敵からも感嘆の声が上がっていた。
「真白君……」
そんな、私のために!?
なんて甘いことを思ったりはしなかった。私たち実動部隊に所属する社員は杖がなくても最低限の魔法は使える。それが採用条件だ。では、そんな私の考えていることといえば何か。
「勿体ない。杖もタダじゃないのに……!」
相性の良い杖を探すのは大変だ。私には長年愛用している杖があるけれど、真白はしょっちゅう杖を変えている。ころころ新しいものに変えていく現代人の感覚に私だけが馴染めていないのだろうか?
「君はもう、そこで大人しくしていなさい」
折れて無残になった杖を見て、私は呆れを滲ませた。
「貴女がそう言うのなら、そうします」
躾の良い犬のよう。でも本当は手のつけられない子であることを知っている。これは表面上の真白、とそれは置いておくとして。
「気をつけた方がいいですよ。この人――」
私は態勢を低くすると、不意打ちでスマホを突きつけている少年の腕を掴みねじる。
「僕より強いんで」
淡々と告げる真白の宣告は、彼らにとって絶望以外のなんでもなかった。
「ひいっ!」
少年たちの絶叫が木霊する中で、井上悠馬だけはひるんでも諦めていない。この諦めの悪さ、ちょっと将来が楽しみだと心踊ってしまった。
「こうなったら、とっておきの呪文見せてやる!」
「とっておき!?」
期待の眼差しが向けられている。彼の仲間である少年たちと魔法初心者の笹木嵐は仕方がないとして、台詞からして私は嫌な予感しかしないのだが。こういう場合、大したことはないか失敗するかのどちらかだ。
「悠馬、そんなヤバい魔法知ってんのか?」
「こないだ禁呪サイトで偶然見つけたんだ。なんでも昔の凄い魔女が開発したっていうヤバいもんらしいぜ!」
「すげえ、やってみろよ!」
「君たち、むやみに禁呪を使うなんて愚かなの? 禁止されているのにはそれなりの理由が――」
「黙ってろ! 今に見てろよ!」
仕方ない、これも勉強。新人の魔法研修のために禁呪について知るのもいいだろう。禁止行為については初めから知っていた方が――少しくらい痛い目を見た方が将来のためになるのかも?
『始まりは大地』
ん?
井上悠馬は左手のスマホに表示されている文を読み、右手を地面にかざしている。
『風に抱かれ世界を廻り、集う奇跡の灯火よ』
んん?
地面が淡い光を発している。
それに伴い、次第に私は震え始めていた。
『命廻りし終りと始まり。青き瞳が乞う、ここに再び新たな生を』
「な、何だ、何かとんでもない物でも召喚するのか?」
ざわつく周囲を上回るよう、私は声を張り上げていた。
「今すぐ呪文の発動を止めなさい!」
それは酷く動揺が滲み出た叫びとなっていた。
「はあ? 聞くわけないだろ。お前が慌てるなんて、よっぽどなのか?」
「大人しく言うことを聞け!」
私がこんなに取り乱しているというのに、真白は平然と状況を見守っている。彼はもうわかっているのだ、この呪文に大した危険性がないことを。
井上悠馬は私の制止を無視して最後の一文を読みあげた。
『慈しみ、緑の祝福があらんことを!』
光は一点に集中し、輝きの凝縮された場所からは『ポン!』と緑の芽が飛び出した。
「え?」
私と真白、ついでにクロ以外全員の声だったように思う。