四、国際魔法連盟加入通告
「なんか、すいませんでした……」
居間に通され、ご丁寧にも座布団とお茶を出され、まず謝罪をされた。彼に悪気がないことはわかっているし、当然の反応なので責めるつもりはない。
「仕事柄慣れていますのでお気になさらずー」
私にはないが、真白は棘を含ませた言葉を浴びせている。
「なにが『魔女なんですから登場はそれっぽくないと』よ」
もう何度も同じような反応をされているので、怨みがましい視線で私は元凶を一瞥する。騙された私にも非はあるけれど、日本のことは日本人が一番分かっていると素直に聞いていれば……というわけだ。
「皆さん冗談が通じませんよね」
「君の冗談、難しすぎる」
「あのー、ところであんたら、とにかく何者?」
「だから先ほどの通りです。我々が魔女というのは納得いただけましたよね?」
真白が杖をチラつかせると笹木嵐は慎重に頷いてみせる。
私はスマホの画面から彼の情報を呼び出し読み上げた。
「笹木嵐、十八歳。ごく平凡な家庭の長男と思わせておきながら、実は笹木家は魔女の家系。君は魔力に目覚めた様子、このまま放置することはできないというのが連盟の意向」
訪問の目的だけを簡潔に告げると、笹木嵐は口を開けていた。おまけに見事な疑問符が飛び交っている。
「魔女って何? てか、連盟って何?」
明らかに初めて聞く単語というニュアンスに、いち早く顔をしかめたのは真白だ。
「はあ? 加入案内が届いているはずなのに、まさか本当に届いてない? この僕が宅配手配をして、そんなはず!」
「落ちついて、真白君。確かに加入通告後、一月たっても音沙汰はなかった。これは連盟への反逆の意思表示とも危惧され私たちが出向いたわけだけれど、この様子だと途中で発送事故に遭った可能性も――」
「あ! もしかして……あれのことか?」
何か心当たりがあるのか笹木嵐は席を立つ。そして何を思ったのかキッチンから重そうな樽を運んできた。中には漬物でも詰まっていそうで、その上には何冊か雑誌が積まれていて、おそらく重し代わりだろう。
ん? そのうちの一冊に見覚えが……。
「人の苦労をなんだと思ってる? 僕がわざわざ発送してあげた資料を漬物石代わりにするってどういうこと? せめて目を通すくらいしろよ、それ明らかに未開封だろ!」
真白の口調が乱暴になり始めた。これはイラついている証拠。
「い、いやその、丁度いい重さのあれがなくて仕方なく!」
確かに私たちが送った資料はメール便には到底収まらない。資料というより、むしろ辞書と呼ぶにふさわしい分厚さだ。さぞいい漬物が出来上がることだろう。
真白は不機嫌そうに頬杖で名刺を滑らせる。
「仕方ない、説明してあげます。まったく余計な手間を……株式会社ウイザードは知ってますか?」
「世界的大企業の? むしろ知らない奴探すほうが難しいって」
名刺には『株式会社ウイザード 日本支部東日本管轄 総務課第一室所属 連条真白』とある。
「そうです、世界的大企業にして一大派遣会社とは表向き。はい、ここで名刺の裏をご覧くださーい」
笹木嵐は言われた通り名刺を裏返す。そこには『国際魔法連盟 日本支部東日本管轄 総務課第一室所属 連条真白』とある。
「それ、魔女にしか読めない仕様なの」
「その実、裏では世界魔法連盟の拠点として活動しています。人材派遣もあながち間違ってはいませんね。いわば魔法の総本山、魔法に関わる総合機関で、そこに従事勤務する職員が僕たちです。通称・連盟の犬。我々は魔女で、あなたも魔女」
「いや俺、男だけど」
「見ればわかります。基本概念として、連盟定義で魔女とは魔女の血を引く者の総称。それ以外の魔法を扱える者が魔法使い。ここからが重要で、この先魔女として魔法を行使したければ、大人しく魔連に加入してください。君の選択肢は二つ。これからも魔法と共にありたいか、それとも全部夢オチか」
「なんか、いきなりすごい二択……。そりゃもちろん魔法使いたいに決まってるよ! かっこいいし、便利じゃん!」
笹木嵐は興奮気味に身を乗り出していた。魔法が使えると知れば当然の反応か。
真白はビニール包装されたままの資料を遠慮なく開封すると、最後のページに切り取り線で印刷されている部分を破いて差し出した。
「ではお願いします。未成年なので年会費五千円、さっそく雑誌に付いている書類に記入を――」
「金とんの!?」
「連盟は寄付と会費で運営しています。これでも破格の金額設定なんですよ? 色々と得なこともありますし」
「……魔女って、なんか想像してたより地味。というか現実的で辛い」
「その通り。今後、正義の味方を目指そうが宅急便を始めようが自由ですが、大抵の人は普通に仕事をして、普通に生活しています。ま、それが現実ってやつ」
「……あんたらは俺を迎えに来た使者とかで、俺はこれから世界を救ったりとかすると思った。……なのに! いきなり金銭要求って夢がなさすぎるだろ!」
真白は乾いた笑いを洩らす。その傍らで私はお茶をすすった。
「現実を見てください、アニメの見過ぎですよ。あなたの力は正義の力に目覚めたわけでもありません。優秀な先祖からの賜りもの、ただの遺伝の力です」
「……かっこよく敵をなぎ倒したり、世界を救ったりしてみたかった。それで、できればモテてみたかった」
正直な子だなと、むしろ私は感心した。真白は心底馬鹿にした眼差しだったけれど。
「最近の魔法使いは重い運命を背負っています。あなたのような生半可な気持ちでなれるものじゃありません。というか敵とかいないし。仮にいるとすれば違反者と、襲いくる残業かな」
「知りたくなかった!」
でしょうね。
「なあ、その、連盟加入って、どーしても?」
「魔法を使いたければ義務」
私は即答する。いくら不満の声が上がろうと変えようのない現実なのだから、湯呑を置き諭すつもりで真剣に声をかける。年々加入者が減少している連盟の貴重な収入源になるかもしれないのだから、ここで逃がしてなるものか!
「魔法の悪用は容易。だからこそ連盟に加入して魔法を学び、善悪を知る必要がある。それが魔法を扱う責任、知らなかったでは済まされない」
「悪用って、例えば?」
「人間世界と同じ、悪いことは悪い。例えば私たちは魔法であなたを傷つけられる。でもそれをしない。何故って、悪いことだから。そういうこと」
笹木嵐は必死に理解しようとしていた。年会費支払いは渋っているようだが、こうした面は好感が持てる。なので、彼が惜しまず会費を払えるよう、もう少し説明を続けようと思った。
「全ての魔法使用者がそうとは限らない。人間世界と同じ、犯罪者だっている。例えばここで魔法を使う。風で君の全身を切り刻んだとして、警察に解決できる? 凶器は風、証拠は残らない。馬鹿げているでしょう? そして経緯はどうあれ犯罪者になった私。でも警察には捕まらない、捕まえられない。何故なら全員同じ目にあわせて返り討ちにできるから」
「て、彼女簡単そうに言ってますけど、風とか無形物を自在に操るのって難しいんです。それも殺傷能力を持つほど鋭利にするとか、難易度高過ぎ。君も魔女であれば魔法が使えますけど、僕らも魔女。それも君より経験豊富で強い。そんな奴らに襲われたら、どうしますか?」
真白はそこまで言って私に目配せする。こういった脅し文句は真白の方が適任だ。非常に言いなれている感が漂っており、案の定笹木嵐は身震いしていた。
「私たちは、そういった取り締まり業務も行っている。連盟は、警察や行政、司法や色々な機関がひとつにまとまったと思っていい。支援も受けられるから魔法を使いたいのであれば加入して損はない。君たちは恵まれている。私の時代なら、こうはいかなかった」
「私の時代?」
笹木嵐、目敏い子……。