三、突撃お宅訪問
ジャケットのポケットからはみ出ている、黒いてるてる坊主のようなストラップを引っ張った。それはスマホへと繋がっている。
ちなみにこのストラップ、周囲からは不気味だと不評である。私だって本当はこんなもの捨ててしまいたいと思っている。
ホーム画面にある赤いダブリューのアイコンを押す。アプリが起動すると画面上に『カードをかざしてください』という指示が表れ、それに従い少年たちの免許証を順にかざす。読み取ったコードから情報が表示された。
先ほどから血気盛んな少年は井上悠馬といい十六歳。魔女であり、違反なし特記事項なしと表記されている。
魔法を扱う者には二種類ある。
魔女の血を引く者が『魔女』、それ以外で魔法を扱える者を『魔法使い』と分類される。全世界において圧倒的に多いのが魔女だ。
「違反は初めてのようね。現代社会では規則が複雑化し、無違反の魔女なんてお目にかかれないとはいえ、重ね続ければ免停ものよ。気をつけなさい」
スマホを操作し、今回の違反を書きこんでいく。
事務処理は短時間で終わり、少年を解放すると「覚えてろよ!」という常套句を残してマンションから姿を消した。消したと言っても魔法ではなく、普通に階段へ続くドアを乱暴に閉めて。
「なんか、しょうもない捨て台詞ですね。ところで七夏さん、もしや今日は気が立ってます?」
「どうかしら……」
実際その通りだったし理由もわかっている。言うつもりはないけれど、昔を思い出していたせい。
未だ進展のない自分自身に苛立っていた。これだから感傷的にはなりたくないのに。
「それじゃ、早く仕事終わらせて甘いものでも奢りますよ」
明言していないにもかかわらず、真白は気が立っていると決めつけたようだ。そんなにも顔に出ていたなんて勤務中にあるまじき失態。楽しいことでも考えなければ。
「……美味しいパンケーキが食べたい」
「七夏さんのために人気の店は調査済みです。行きずりの手柄も立てましたので、本来の目的を果たしに行きましょうか」
「異論なし」
真白はスマホで目的地の住所を検索している。相変わらず仕事が早い。
「……これだな。すぐに行けますよ」
真白は私に向かって手を差し伸べる。その手を取れば宣言通り、すぐに済む。
「ありがとう。君は――」
本当に優秀。
心から思う。それでいて優しい。だからこそ、私なんかと一緒にいるべきじゃない。
「私と仕事、嫌でしょう」
「え? 嫌などころか、最高ですけど」
真白は嫌な顔の一つも見せない。何を言っているのかと表情は心底不思議そうだった。
「私と一緒だと、不自由が多いから」
真白は私の事情を知っている。その上で一緒に仕事がしたいなんて酔狂にもほどがある。どんな巻き添えを食らうか、わかったものじゃないのに。
「そうですか? まず七夏さんと一緒にいられることが最高なので、特に不満はありませんよ」
軽口は変わらなかった。
「からかわないで」
「からかってません。本心です」
「……もういい。早く行こう」
視線を逸らしたまま手を重ねた。自分から切り出したはずの会話が、丸めこまれてしまったようで調子が狂う。真白はいつも直球で私には眩しすぎた。
真白の魔法によって瞬く間に目的地へと移動する。もちろん現在地と目的地の目隠しは忘れていない。魔法の隠匿は義務だ。目撃されでもしたら明日のニュースになってしまう。
その眼隠しは今回私が担当することになった。使う魔法は少年たちが烏に見せていた幻影とは違って根本的に存在を透明にする高位魔法。加えてそれなりの地位がなければ使用が許されないものである。
『ブラインド』
これで私たちの存在は部外者から認識出来ない。
『一丁目五番地一へ』
彼もまた、必要最低限の命令を下す。正確な住所をインプットすれば転位は難しいことではない。とはいえ転位魔法自体が容易ではなく、好奇心で天才の真似ごとはしないよう釘をさしておく。
表札に『笹木』と書いてある一軒家の前。無事、着地点に足が着いた。
「お見事です」
着くなり真白は賛辞をくれる。
「君も使えるでしょう」
そっけなく告げ、繋がっていた手を放す。同じ技量を持つ、しかも歳下に褒められても心情的に複雑さばかりが募る。
残念そうに「ちぇ」と漏らした真白は、すかさず呪文を唱え始めていた。
静かな住宅街だ。さらに平日の午後となれば人通りも少ない。
一度だけ呼び鈴を押し、待つこと数秒。慌ただしい足音が聞こえ始める。
「はいはい! どちら様、でえ――」
ドアを開けて固まる住人。彼こそが訪問の目的である笹木嵐本人なのだが、その気持ちも察しよう。私が同情している傍で、真白は満面の笑みを浮かべている。
「お初にお目にかかります。我々は国際魔法連盟より派遣された」
「ハロウィンはまだ先! お菓子もない! 帰れ!」
問答無用でドアを閉められました、と。
玄関を開けて尖がり帽子に長いマント、スーツなので全身黒ずくめの三拍子そろった見知らぬ人間がいれば、この対応も責められない。
「真白君。いい加減この登場は見直すべきだと思う」
魔女だからって、訪問時にそれらしいコスプレをせよなんて決まりはない。そんな意味不明な規則があれば、私が全力をもってねじ伏せていたと思う。
「そうですか? 気分て大事ですよ。せっかく分かりやすい格好をしてやったのに……。おい、聞いてるだろ!」
君は取り立て屋かと見紛う剣幕は、隣で見ている私でもドアを開けたいとは思えない。
「は、早く帰れよ!」
これでは話が進まないのでフォローに回るべきか。
「君に会いに来たの、それは出来ない。この人は宥めておくから、ドアを開けてくれると助かる」
ガチャリ。
チェーンロックのかかる音だ。
「……ご近所で噂の的になりたくなければ早く開けて」
「七夏さん、もうやっちゃっていいですか?」
窺いを立てているくせに、手にした杖がやる気満々だと告げていた。
「……修復魔法、先にかけておいてね」
真白は「もちろんです」と自信満々でドアに杖を向ける。
『現状記憶完了。さあ、炎上だ!』
実に楽しそうに、意気揚々と言い放った。
杖の触れている部分が赤く染まる。じわじわ熱が広がり、扉は飴細工のように、ふにゃりと溶けてしまった。強固な扉に守られていたはずの砦は呆気ない。
真白は一歩、玄関に入った。
「気のきいたジョークのつもりですか? 笑えません」
爽やかな空気で言い放つが目は笑っていない。
「あ、なっ――う、家のドアが燃え!? お、お前ら何してんの!? け、警察? 俺呼んでもおかしくないよな、呼んでも許されるとこだよな!?」
「お菓子は持参しているのでお構いなく」
大きく開いた穴から私は告げる。これも一応フォローのつもり。
「って、不審者あげられるか!」
「それもそうですね。まず自己紹介といきましょうか。国際魔法連盟 日本支部東日本管轄 総務課第一室所属 連条真白」
この長い名称を好き好んで言いたくなかったので、先に名乗ってくれてありがとうと感謝しておく。
「同じく、七夏リリ」
「いや、不審度上がったよ!?」
「僕らは正直に名乗ったっていうのに、酷い人ですね。あ、そうだ名刺いりますか?」
「いらねえよ!」
「落ち着いて、笹木嵐。周囲及び自宅に家族がいないのは確認済。事前に修復魔法はかけておいたので、ドアなら彼がすぐに治します」
修復を促すと、真白は素直に従った。
『はい、巻き戻し』
尻持ちをついている笹木嵐の前で、溶けた扉が逆再生のように修復されていく。
真白が使ったのは、あらかじめ形状を記憶させておき物体の時間を巻き戻すという魔法だ。
「とりあえず、お話よろしいですか?」
修復作業に追われている真白に代わって、私はこの場をまとめる。
「あ、ハイ……よろこんで」
大人しくなった笹木嵐は青い顔で何度も頷いた。