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呪われ魔女は現代を生きる  作者: 奏白いずも
思い出メモリアル
31/33

十一、イヴの予定は強制決定

七夏リリ視点。

真白大学一年生継続中――告白後、初めてのクリスマスイヴのお話。

 クリスマスイヴ――


 もちろん私たちの勤めている本社にもクリスマスツリーが飾られている。イルミネーションの装飾も完璧だし、可愛らしい雪だるまのぬいぐるも並んでいるわね。

 とはいえクリスマスだろうと年末年始だろうと関係ないのが私たち。長めの特別休暇は存在するけれど、全員そろって休むわけにはいかないもの。むしろこの時期だからこそ、魔法関連の事件が起きやすいともいえる。

 私は明日も明後日も普通に仕事。そして今日という日に予定もなく、あとは帰るだけという状態だった。そんな私を呼び止めたのは真白で……。


「そうだ七夏さん。良ければ食事、一緒にどうですか?」


「君……」


 答えに躊躇う。真白は気軽に誘ってくれるけれど、今日という日を考えてみてほしい。そして私は仮にも先日、君から告白というものをされたわけで……。


 もちろんその場で断ったけれど!


 普通に食事をするだけ、真白もそのつもりかもしれない。いつもなら何の問題もない行為よ。けれど今日という日には多少の躊躇いも生まれてしまう。

 現在の私たちは大きな事件に駆り出されることもなく、定時に仕事を切り上げたところで、あとは帰宅のみという状況だけれど……


 ねえ、真白にとっては普通のことなの?


 真白と食事をするなんていつものこと。だとしたら深い意味はない? 考え過ぎているのは私だけなのかもしれないし……迷っていても仕方がないのでいっそ訊いてみることにする。


「今日は、私にとってはただの暦上のイベントだけれど君は、その……特別な相手と過ごした方が――」


「はい。ですから七夏さんを誘わせていただきました」


「急ぎの仕事を思い出した」


 考え過ぎなんてことはなかった。明らかにそういう意味での特別な誘い。だとしたら私の返事は決まっている。余計な気を持たせるのは真白のためにならないもの。


「えー、行きましょうよー」


「駄々をこねても無駄」


 余計な労力を使うなと諭したところで真白はけろりとしていた。というより……何かを企んでいる?


「そうですか、では正攻法で。準備も万端ですから、貴女を招待させてください」


 飛び出した不穏な発言。何の準備が万端だと?


「ねえ、参考までに訊きたいのだけど。どこへ!?」


連条家うちです」


 まさかの連条家への誘いである。


「お断りします」


「どうしてですか? 貴女なら歓迎しますよ」


「いえだから、君は私の話を聞いていた? 私にとってはただの暦上のイベントだけれど、貴方たち家族にとっては違うでしょう!? 私にだって、クリスマスの思い出はあるもの……」


 ツリーを飾り付けて、温かな料理を囲んで、プレゼントを交換して――家族で過ごした。そんな普通のクリスマスを過ごしたこともある。だからこそ、私にだって今日が特別な日ということはわかるのだ。


「私に気をつかう必要はないから。家族で楽しんで」


「何言ってるんですか、あなたも家族ですって! 将来的には」


「そんな予定はない」


 あの告白はどこまで本気なのか。余計な一文を付け加えるなと言ってやった。


「謙遜しなくても……」


 どこが謙遜か、私の感覚では理解が難しい。


「私はあの日きっぱりと断ったはずよ。貴方の気持ちは――! ……嬉しかった。こんな私のことを好きだと言ってくれた。それは、素直に嬉しかったわ。でも私は、君の気持ちには応えられない」


「わかりました」


「本当?」


「では今日はそういうのは抜きとして」


「ねえ、今日だけじゃなくて永遠に!」


「でももう行くと伝えてしまいましたから、今頃は料理の準備も整っているはずです」


「何を勝手に進めてくれているの」


「七夏さんが来てくれなければ母の丹精込めた手料理が一人分無駄になってしまいますね。母さん、悲しむだろうな……」


 痛んだのは私の良心。

 真白は策士だ。


「それは……クロにでも食べさせて――って君、まさかまたクロを!?」


「邪魔者は先に潰しておくに限りますよね。香子さんに頼んで昨晩から酔わせてもらっています」


 クロはあの小さな見た目に似合わず酒好きだ。香子ともノリが合うようで度々酒盛りの許可を求められていた。そういえば昨日は夜勤明けの香子と飲むと張り切っていたけれど……さてはそのまま放置されたわね。どうりで静かだと思った。


「母には一度会っていますし、そう心配することもないでしょう? 母も貴女のことは気に入っていますよ」


 一度だけ、連条家を訪ねたことがある。真白を指導するにあたって、ご挨拶させてもらったけれど母親としか顔を合わせたことはない。父親は仕事で多忙、兄と姉も学校だと話していた。


「そういう心配をしているわけじゃない。君には理解できないと思うけど……」


「ならちゃんと教えてください。たとえ理解が難しかったとしても貴女を知りたいんです。知るための努力をしたい」


 なんて誠実な発言だろう。私には勿体ないばかりだ。これが魔法についての申し出であれば私は感動するだけでよかったのに。

 私が話さなければ真白は追及するだろう。追及を逃れるための手段はもう一つだけなのだ。


「ああもう、行く、行くわよ! 行けばいいんでしょう!?」


「さすが七夏さん。貴女ならそう言ってくれると信じていました」


 弟子からの信頼、なんて素晴らしい響き――なんて感動するとでも思った!?

 そう言わせる気でいたくせに。つまりは最初からこうなることを計画していたと、何から何まで確信犯ということでいいのね?

 料理を用意していれば私が断れないことを真白は想定していた。私の良心を利用した恐るべき計画だった。


「やってくれるわね」


「何のことでしょう」


 しらばっくれるつもりのようね。


「……さすが私の教え子だと褒めておくわ」


「光栄です!」


 ほら、わかっているじゃない。

 とはいえいつまでも駄々をこねる私ではないの。覚悟さえ決まってしまえば連条家の人たちを待たせるわけにもいかず、転位魔法で真白の実家へと向かうことになった。


「少しだけ待って」


 真白の口ぶりから料理は完成しているのだろう。そう判断して、私は年代物のワインを手土産に選んだ。こんな時にもとっさの対応が出来るから魔法は素晴らしいわね。ちなみにこのワインはクロの秘蔵庫から拝借したものよ。


「飲めないのは貴方だけかしら?」


 私も飲むつもりはないけれど。


「そうですね。兄も姉も成人していますし、両親も喜びますよ。ありがとうございます!」


「事前に聞いていたら準備の時間もあったのに……」


「事前に聞いていたら今ここにいませんよね?」


 ええそうね。知っていたら全力で阻止してやったわ。

 そんな風に悔しい思いをしているうちに、私たちは連条家の前に到着していた。


「みんな貴女に会うのを楽しみにしているんですよ」


「そう……」


 真白の言葉を疑っているわけじゃない。真白は嘘を吐く人じゃないもの。取り繕うことも、お世辞を並べることも嫌いなタイプだと思う。そういうところが私は気に入っているのかもしれないと自覚もしている。

 ああそうだ。それに真白は捻くれてもいるわね。


 まるで私みたい。そうよ、捻くれているのは私なの。

 そんなに嬉しそうに言わないで。楽しそうに、優しく微笑みかけないで。

 優しさは胸を締め付ける。二度と戻らない家族の姿が過るたび、いっそ忘れられたらと思った。

閲覧ありがとうございます。

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