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呪われ魔女は現代を生きる  作者: 奏白いずも
現代の魔女事情
3/33

二、取り締まりにご用心

 私たちは電車に乗って移動をする。

 会社は森の奥深くにあるけれど、ゲートを通れば最寄り駅まで一瞬だ。路線の始発であり終点、しかも通勤ラッシュの時刻は過ぎているともなれば客は少なく席は自由に選ぶことが出来る。


 私は席には着かず、ドア付近に立ち外を眺めていた。

 窓の外には青々とした森が、――次第に畑、徐々に民家が流れ移っていく。景色の移り変わりを眺めていると、その一部になれるような気がした。

 真白も同じように立っているけれど目を閉じていた。腕を組んでもたれ、静かに目的の駅に着くのを待っている。

 やがて電車は住宅街にさしかかる。穏やかな平地で遠くには山、辺り一面は家ばかりで、時折マンションがぽつぽつ建っていた。見馴れた景色だ。


 何気なく視線を向けたマンションの屋上――

 本日何度目かのため息をついて真白に声をかける。 


「真白君。烏が浮いてる」


「はい?」


 すかさず『見ろ』という合図を送った。真白は馬鹿にすることなくガラス越しの外を見る。余計な質問はしない、優秀な子だ。


「あ、ホントですね」


 二羽の烏が浮いている。羽を動かすわけでもなく、ただ空に浮かんで静止している、というのが普通の見解。けれど私たちの目に映るっているのは、箒に跨った少年の二人組という図だった。


「通りすがりとはいえ、同じ魔女として放っておけない」 


 すぐに駅のホームが見え始める。

 目的地には一つ早いが、私たちの仕事を始めよう。


 駅から現場までの距離は遠くないはずだ。とはいえ事態の緊急性も考慮し魔法を用いることにする。放置する時間が長ければそれだけ人目に触れる危険を伴う。


「やることは理解している?」


 電車のドアを背に手短に打ち合わせる。


「先に着いた方が目隠しをして叩き落とす。くれぐれも、穏便に、ですよね。任せてください」


 『くれぐれも』『穏便に』『任せてください』とか、自分で口にしている辺り不安が残る。


「本当にくれぐれもね」


 さらに念を押して、彼より早く現場に着こうと決意する。

 改札を抜けると挨拶もなく真逆の方向へ別れた。

 魔法を使うには人目につかないことが必須。この時代、それが意外と難しいのだ。昔はその辺の物陰とかで十分だったけれど、防犯カメラや人目が多くやり難い時代になった。

 駅にある商業施設はスーパー、コンビニ、喫茶店。小さな店舗なのでいずれも却下。

 真白は絶好のポイントを見つけるのが上手い。こうしている間にも現場に到着しているのかもしれない。


 どうして一緒に行動しないのか? 

 わが社ではどのような場面においてもケースバイケースという言葉が重要視される。というのが勤続ピイーッ年、私の持論だ。


 ではこのケースを見てみよう。

 二人揃って探した揚句ポイントが見つからなければ対応が遅くなるだろう。さらにこういった住宅街ではどこに人目があるか把握が難しい。一方が下手をうった場合、もう一方がフロー出来るようにという分析である。さらに言えば、カラスが浮くレベルの使い手だ。一人で取り締まっても危険はないという判断を下した。

 真白は正確にくみ取り理解してくれた。悔しいことに彼は優秀、それもとびきりで。


 迷わない程度に細い路地を探し、最終的に戻った駅の裏手にはちょうど人がいなかった。

 スカートのスリットに手を忍ばせ、腿のホルダーに隠している愛用の杖を手に取る。

 触れる木製の杖はコーティング加工され手触り抜群だ。大きさや見た目の印象ではボールペンにも見えるが、一振りすれば長さが倍に伸びる。

 杖の先を唇に当て目的地までの道筋を描く。住所を知っていれば楽なのだがこの方法でも問題はない。

 頭に地図を想像すれば、まるで線を引いたような赤い痕跡を感じる。


「……道を用意してくれたのね。優秀なのは助かるけれど、才能に嫉妬する」


 目を閉じて呼吸を整える。痕跡は有り難く使わせてもらうとしても、彼が先に着いている事実に焦りを覚えた。


『真白君の元へ』


 言霊を認証した杖は主の命令を遂行すべく起動する。はっきりとしたイメージとそれを実行に移すだけの実力があれば呪文は不要。


 どうか何事もありませんように!


 幾度となく経験しても体は慣れない。私は酔いやすい体質なので移動時は必ず目を閉じる派だ。

 ――目を開ければ、私はマンションの屋上に立っている。


「また、僕が先でしたね」


 腰に手を当て優雅に出迎えた真白は、毎度優秀だと称賛したくなると同時に悔しさの対象でもある。本人いわく、人気のない場所を見つけるのは得意らしい。

 彼の手にも私と同じ杖が握られている。足元には目立った外傷はないものの倒れている少年が二人。少年の手には掃除で使う竹箒が握られていた。


 また言葉より先に手が出たわね……

 それなのに『どうです七夏さん。僕、穏便にやり遂げました』と言わんばかりの笑顔。その自信はどこから来るのか。


「君は百回ほど『穏便』について調べ直したほうがいいわ」


 咳払いをして真白の隣に並ぶと、倒れていた少年たちは体を起こして後ずさった。違反者は若い――高校生くらいだろうか。


「君たち。どうしてそうなっているか、この人から説明はあった? だとしたらくどいようだけれど、場所をわきまえなさい。空を飛びたいのであれば安全確認と透明魔法申請、もしくは目隠し申請を。総合して、違反切符を切らせてもらいます」


 たとえ重複発言になろうとも勧告は多いに越したことはない。それくらい大事なことだ。


「姿を隠そうとした判断は一応褒めておくけれど、浮いているカラスなんて不自然よ。もっと上手く立ち回りなさい」


「お前ら新人だね」


 真白が軽口で指摘すると少年たちはこぞって顔を赤くした。


「な、なんでわかるんだよ!」


 不自然な魔法を使用している辺り、それだけで新人と看破するには十分。けれどもう一つ、決定的な理由がある。


「箒で空を飛ぼうなんて一目瞭然。ベテランはあんな疲れる物に乗ろうなんて考えないけど、新人は魔女に憧れて高確率でやりたがる」


 空を飛ぶのなら効率良く、なおかつ体が疲れない方法はいくつもある。それなのに、あえて箒を選ぶのは魔法に目覚めたばかりの好奇心故なのだろうか。


「う、うるさい!」


 一人の少年が真白を殴ろうと腕を振り上げた。女である私に向かってこなかった心意気は良しとする。元々茶化すような言い方をした真白にも非はあるだろう。

 真白なら容易に回避するだろうけど、それをわかった上で私は動いていた。

 少年の背後に回り、杖の先を背に当てる。


「感心出来ないわ」


「いつの間に!?」


 そういう魔法を使ったから――というわけでもなく単に経験の差だ。


「魔法隠匿は魔法に携わる者の義務。さらに言えば、これは立派な取り締まり妨害行為。諸々の罪、現行犯によって違反切符を切らせていただきます。これからは気を付けなさい」


 手を上げたまま固まっている少年へ、畳みかけるように規則と罪状を読み上げる。


「なんだよ……連盟の忠犬どもが偉そうに!」


 忠犬て……

 足元から滑りそうになった。


「よく言われるけれど、私たちそれほど行儀は良くないつもり。正しくは連盟の犬ね。余計なものを付けていないで皮肉るつもりなら正確にどうぞ」


 無表情で指摘した私とは対照的に、真白は遠慮なく笑い転げていた。


「真白君、笑い過ぎ。君たちは免許を」


 悪態をつきながらも少年たちは免許証を差し出す。その名の通り、運転免許証ほどのカードを私は受け取った。


 Q 自動車を運転するためにはどうする?

 A 学科と実技を学び、試験を通過する。


 魔法も同等。行使するためには学び、試験をクリアすること必須。その証たる免許証が必要になる。

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