六、連条真白の初恋
真白視点
出会い語りを聞き終えた真白の心境はいかに? という話です。
「――というのが私と真白君の始まり」
話を終えた七夏さんは不本意そうにクロを見つめた。おそらく進行上クロとの再会まで語ってしまったのが不本意だったと思われる。
そのクロは話の途中からわなわなと震えていた。何だろう……冬の海に沈められた感覚でも思い出したとか?
役目を終えた七夏さんは紅茶を嗜む。ここでようやく本格的なデザートタイムに突入するようだ。生き生きとケーキを食べる姿を見ていると僕まで幸せな気分になれる。顔つきもすっきりしたような……このケーキそんなに美味しいのかな? 覚えておこう。
「僅差! 僅差ですと!? 私は悔しい、その時私が傍にいれば真白との出会いを全力で阻止してやったものを!」
どこから取り出したのかクロはハンカチをギリギリしていた。とても彼女を苦しめている張本人の台詞とは思えない。こういうところがクロは怖いもの知らずなんだよ。
僕? 僕は魔女という存在の――そのトップクラスである七夏さんの怖ろしさは身に染みている。なんといっても弟子ですから。
……そりゃ、彼女の気を引くために多少? 免許の更新を忘れてみたりとかはしてますけど。僕はばれないように上手くやっているので。あ、これ内緒ですから。
僕が師匠に選んだ人は驚くほど博識で強くて――スパルタだった。
「まずは礼儀から教えてあげる。それと学業も疎かにすることは許さないから」
弟子入りした次の瞬間にはこれだ。さっきまで泣いていた儚げな風貌はどこへやら、ちょっとだけ早まったかもと思った。
「私、春から日本で働くことにする」
当時ヨーロッパ支部に勤務していた七夏さんは、僕のためにその春から日本支部に異動することを決めたそうだ。そう僕のために! ここ重要。
あまりに軽く呟くものだから、そう簡単に異動希望が叶うのかと聞けば、彼女クラスになるとむしろ喜んで受け入れてもらえるそうだ。半面これまで所属していた支部は涙するらしい。
そんなスパルタ師匠のもと、僕の中学生最後の春休みは勉強漬けだった。魔法の勉強じゃなくて、普通の学校のね。遅れた分を取り戻せってさ、もう付きっきりで……今の僕だったら最高な状況だけど、あの頃は勉強にうんざりしていたから幸せに気付けなかったのが悔やまれてならない。
僕があまり学校へ行っていないと知るや、まず生活面から改めろと言われた。喧嘩も禁止。髪の色も平凡だった黒に戻された。それから遅れていた勉強をたっぷり詰め込まれて――
もちろん始めは魔法はどうしたと反論してばかりいた。そういう自分はどうなんだと、試しに七夏さんに逆に問題を出してみたけれど全問正解。それもそうだ。何しろ教師役はすべて七夏さんがこなしていたんだから。
またしても負けたと思わされた。同時に自分という存在が酷く小さく思えた。
悔しくて、見返してやりたくて、対抗心を燃やしていたんだ。
どうすればここまでの知識が身につくのか不思議でしかたなかったけど、彼女を知るにつれ納得するしかなくなった。
そうするしかなかったんだ。
誰にも頼れず、自分が頑張るしかなかった。
路地裏に現れた白髪の女性は異様だった。
苦労なんて知らなそうで、綺麗なものに身を包んで微笑んでいそうなお嬢様。見るからに大人しそうなのに、喧嘩現場に遭遇したにもかかわらずひどく冷静。そのうえ僕の存在なんて気にも留めていなかった。
もっと別の何かを見ているようで気に入らなかった。それだけの理由。
素手で殴りかかれば変な火花が散るし、ますます得体がしれないと感じた。きっと怖かったんだと思う。だから普段は使わないバットを振り上げていたんだ。
そしたら瞬きする間にまったく別の知らない場所にいたわけで。しかも彼女は言うだけ言って颯爽と消えてしまうし。見知らぬ土地でいきなり一人きりとか……まあ建物には人がいたけど。
彼女が去っても僕にはうっすらと道が見えていた。なんとなく、どこにいるのか感じ取れたんだ。それを建物の人間に話せば、透視魔法というもので中継してくれると言った。
現場に行かないのかと指摘すれば、とても足を踏み込める領域じゃないと返された。しばらく見守るのが賢明だとも。
凄いとしか言いようがなかった。
なにせ拳と踵落としだけで男を沈めてしまった。
魔法らしきものも使っているようだけど、多分その体一つで十分だったと思う。むしろ相手の男に同情するほど圧倒的だった。
勝敗が決したと判断され、僕は彼らに連れられまたワープを体験する。
離れたところに彼女が座りこんでいた。
さっきまでの威勢は感じられなかった。なんていうか、燃え尽きた? そんな感じに見えた。髪が真っ白だからとかそんな理由じゃなくて。
僕を連れてきた二人組はまだ近寄らない方がいいと言ったけど、もう怖くなかった。ただ座り込んでるだけじゃないか。それに――
「ねえ。あんた、泣いてるの?」
ゆっくりと顔が上がる。
やっぱり泣いていた。
僕には普通の人にしか見えなかったけど、他から見たこの人は違うらしい。
話を聞いているうちに、どうやら本当に凄い人物だということがわかった。
凄い魔女――なんてカッコんだろう。
そう認識して、僕は弟子入りすることを望んだ。この人のそばにいれば何かが変わる、そんな予感がしたんだ。
「頼むよ。あんたが良いんだ」
この人以上に凄い人はいないと直感していた。我ながら良い判断だったと思う。
「私も、君が良い」
そうしたら彼女も僕がいいと言ってくれた!
連条真白――
僕を一言で表すなら素行不慮。まず間違いなく不良という括りに分類される。喧嘩に明け暮れて、どうしようもない毎日を過ごしていた。教師は手を焼いていたし、家族は持て余していたと思う。
父は仕事が忙しく家のことは母に任せきりで、母は恐々と接してくるばかりだった。兄姉がいたけれどまともに会話した記憶も乏しい。冷えきった家族関係にもうんざりしていた。
やり場のない怒りを発散しようと、さらに同じことを繰り返していたように思う。
そんなどうしようもない僕の人生を変えるような瞬間。
「私は君に才能を感じた。私には君が必要。喜んで、連条真白」
まるで世界が変わったような衝撃だ。
……ちょっと早まったかもとは思ったけど。
でも、どんなにスパルタでも彼女は僕を信じてくれる。その期待が何より嬉しくて――
中学最後の春休みが開けるころには、もう恋をしていたのかもしれない。
こんな僕を必要としてくれた。たとえそこにどんな理由があっても、貴女がくれた言葉は嘘じゃなかった。
だから僕は貴女が大好きです!
これにて『最強と天才と黒の出会い編』は一段落となります。
お付き合いありがとうございました。
次回からは、出会ってから肩を並べて出勤するようになるまでの空白を埋めたいと思います!




