一、彼らの出動は(周囲が)穏やかではない
舞台は現代へ――
七夏リリ 連条真白の登場です。
漢字の名前はややこしいので、一足先にこちらで紹介しておきます。
バタン――
重く分厚い本たった。気持ちを切り替えたくて、わざと派手に閉じる。
もう読むのは止めておく。仕事前に感傷的になるのは良くない。
正確には本ではなく日記。波乱万丈、出版すればそれなりの注目を浴びるであろう、とある公爵令嬢の長い、長すぎる人生の記録(途中)。
最新の出来事――すなわち昨日の分を綴るはずが、つい読み耽ってしまうなんて……。途中からとはいえ、随分長い間読書にふけっていたと思う。
吹き抜け使用の開放感あふれるエントランスは大学のキャンパスか、あるいは会社のようにも感じられる造りだ。
正解は会社。ここはその正面玄関に当たる。
離れた場所にある自動ドアを行き交うのはスーツ姿の大人ばかりだ。一階にはカフェも併設されており、いたるところにベンチも設備されている。
そんな一角に私は陣取っている。少し休憩するにはいいが、長時間待機するには向かない場所だ。ちらちら視線を感じては気付かぬふりを通している。
人目に着かない位置を選んではいるけれど日本人離れした容姿は目立つ。……はい、わかっています。顔たち云々よりも白髪のせいだということは!
腕時計は十時十分を告げ、約束の時間からは十分オーバー。これだから彼と仕事に出るのは気が進まない。
ため息交じりな私の心労とは裏腹に、周囲は浮足立っていた。
「お! 七夏さんこれから仕事か」
「本社の花、我らがアイドル七夏リリは今日も可愛いなー」
遠巻きにアイドルと称され、心中で何度目かのため息を吐く。
七夏リリ、それが私のココでの名前。
肩口で揺れる緩やかなウエーブに、切りそろえた前髪も白。雪のような髪を彩るカチューシャには赤い薔薇のコサージュとレースの飾り。深い湖を連想させる青い瞳に、日本人離れした顔たちはまるで人形――私をそう例える人は少なくない。この容姿とも長い付き合いなので、自分の外見がどういう評価を受けているかは熟知しているつもりだ。
ちなみに私が着ているのは可愛げも色気もないスーツ。全体を統一する黒から覗くワイシャツは白で、胸元には赤いリボンを蝶結び。スカートも膝丈という、ごく大人しい服装。これでゴシック調のドレスでも着ていれば、さぞ様になることだろう。なにせ昔はそういう格好が普通だった。
服装の自由はあるけれど、これから仕事で外回り。フリルのついたドレスやレースも趣味ではあるけれど、あえて面倒な服装をしようとは思わない。
いろいろと感傷に浸ってしまうのも、周囲に観賞されているのも。それもこれも今ここにいなければならない彼が悪い! 彼が!
「七夏さん、お待たせしました!」
ようやくお出ましか。
背後から声をかける青年は想像通り屈託のない笑顔を浮かべている。これからデートにでも行くようなノリではあるが、彼の服装も同じくスーツ。けれど私に比べればだいぶ着崩している。シャツの裾は出ているし、第一ボタンを留めようとしないは、ネクタイで蝶結びなんてふざけている。規則違反ではないのであえて注意しようとは思わないけれど。
まあ、似合っているので好きにすればいいわ。
それよりもだ。問題は服装の乱れ云々ではない。遅刻をまるで悪いと思っていないような態度に、イラつきよりも呆れを覚える。
待たされた身としては、仮にもアイドルと称されていた容姿を歪め不満を口にするのも仕方のないことだ。
「真白君、遅い。わたく――、いえ。私を待たせるなんていい度胸」
言い間違えるなんて、らしくない。日記のせいで昔の癖が出てしまったのかも。
かつては『わたくし』という一人称を使用していたけれど、時代も場所も立場も変わった。ここは華やかな貴族社会ではないのだから。ただでさえ外見が浮いているので『わたくし』と呼びは封印している。
「すみません。髪のセットに時間が掛かりまして」
原因と思わしき真白の髪が揺れる。男性にしては長めの髪をシュシュで横に結ぶのが彼のスタイルで、さらさらと垂れる癖のない髪は女性目線でも憧れてしまう。
私なんて、くせっ毛で常にまとまりがないのにと、実は密かに羨んでいる。羨んではいる、のだが……。
色は奇抜にも白髪をベースにした青。生え際は白く、毛先にかけて青みがかってくという、なんとも注目を集めるグラデーション仕様。それはまあ支度に時間もかかることだろう。
「君の裏表のないところは嫌いじゃないけれど」
「光栄です」
「でも、少しは反省して」
そっけなく告げ、無言で歩きだす。真白はタイミングがわかっていたように遅れもせず並び歩いていたけれど。
「お、おいっ! 皆、あれを見ろ!」
誰かが言った。
それがきっかけとなりにエントランスを包む空気が変わる。驚愕の声を耳にした者たちが一斉に視線を巡らせた。
瞬く間に注目の的となった私はいたるところから視線を感じている。
やめて見ないでそっとしておいてー!
「連条真白と、七夏リリ!?」
慎重に、重々しく、私たちの名が紡がれる。
「あ、あの二人がコンビ、だと……?」
あり得ない物を前にしている。そんな様子で狼狽えるのは、いい大人たちばかりだ。
「先輩! 自分新入社員なんですが、なにがそんなにヤバいんですか? 見たところ普通の青年と、可愛い女の子のコンビにしか見えませんけど」
「ああそうだ、そうだろうな。お前の見解は間違っちゃいない。俺にだってそうとしか思えないよ」
スーツ姿の若者が並べば、その雰囲気は大学の入学式、もしくは就職活動中。私は十八ということになっているし、真白は今年大学を卒業予定なので、あながち間違ってもいないけれど。
「けどな、よーく覚えとけ。ここでは見た目を信じるな。でないと命にかかわるぞ」
「メ、メモしときます!」
新入社員は敬礼した後、忍ばせていたメモ帳に書きとめる。勉強熱心なのは良いことだと褒めたいけれど、その対象としては複雑だ。
「おいおい、どんな難易度のモンスター狩りに行くんだよ!」
遠慮がちになんてものじゃない、誰もが進んで道を譲ってくれる。おかげで歩きやすいけれど、やっぱり複雑。
「あの二人が組むのか……どこの凶悪犯、いやテロリストか? そんな事件新聞に載ってたか?」
「ニュースでも流れてなかったと思うけぞ?」
憶測が飛び交う。
やがて真実を知る者は義務であるかのように口を開いた。
「いや、ただの連盟加入通告だ」
一拍の沈黙。
眼前で両手を合わせる者が続出する。まるでお葬式のようだ。
「同情するよ。なんでまたあの二人!? ああして並ぶの、クレーター事件以来じゃないか?」
「あの半壊事件かー……」
クレーター事件については後に機会があれば説明するとして。
「なんでも連条、また更新忘れたらしい」
「あー……」
真実を知る者は喉を鳴らし、これまた義務であるかのように神妙な面持ちで声を潜めているけれど、しかと私の耳にまで届いていた。ということは真白にも聞こえているはずで、内緒話の意味はない。
もたらされた真相に一同は押し黙り、私も頭を抱えたくなった。
「その後の講習もバックレてさ。俺、担当だったから緊張してガクブルしてたのに、あいついつまでたっても来なかったよ」
「切ねえっ! あー、そういうことな。一人じゃ仕事出れないのか」
「ちょうど七夏さんの手が空いてたらしい。ボスも酷なことするもんだ」
嵐が起きないことを祈るのみ――
かろうじて声に出ていないが、そんな心情がダダ漏れているように思う。ちょっと仕事に行くだけなのに、まるでこちらが凶悪犯のような扱いである。
これも全部――
「真白君のせい……」
自分のことは棚に上げ、隣の元凶を非難する。
そう、私は悪くない。彼がいなければ、私は大人しい優等生でいられたはずだ。間違っても危険生物扱いはされるはずがない。
「え? 僕、何かしました?」
真白は頭が良い。わかっているくせに!
「君と組むと調子が狂うという話」
しばし目を丸くしてから、真白は不敵な笑みを浮かべる。おそらくこれから告げられる言葉に、私は呆れることになるだろう、そんな予感がした。
「奇遇ですね。僕も七夏さんと一緒だと調子が狂います。胸が熱くなって、終始楽しく浮足立って、つい表情が緩んでしまいます。そうこれは――って、ちょっと待って下さいよ!」
もう会話を続けるのは止そう。その後も噛み合わない内容になること必至。歩調を早め、最後まで聞いてはやらないと、真白を置き去りにする勢いで会社を後にした。
エントランスを抜ける前に目があった青年。新入社員だと言った彼はまだメモを握っている。私が初めて見る顔、ということは本当に入社間もないのだろう。先輩の教えとはいえ、私たちの扱いに納得しきれない部分がある様子。純粋に疑問符を浮かべてくれる新入社員が微笑ましく、頭を撫でてあげたい気持ちになった。
彼はあと何度顔を合わせる間、私を純粋な目で見てくれる?
それが次でないことを祈った。