一、連条真白の運命説
真白視点
【連条真白の業務日誌】
△△年○月×日 外回り
パンケーキが美味しかった。
七夏さんが満足そうなので僕も満足です。
以上
これが今日一番の収穫だなんて、昔の自分が聞いたら驚くだろう。いや、笑い飛ばすか。僕にとって七夏さんは、彼女が笑うだけで自分も幸せになれる、そんな存在だ。
ありふれた言葉だけど、あれは運命の出会いだったと思う。
完璧な美しさに絶対的な強さ。けれどその持ち主は儚げに笑う人だった。西の魔女という最強の称号を背負いながら、それでいて涙も流す普通の人だった。
初めて告白したのはいつだったか――
憧れ畏れ――彼女への感情は一括りに出来ないと思っていた。でもある日気付いてしまった。なんてことはない。
愛だった。
その日を境に、僕は躊躇うことなく想いを伝え続けている。その度に彼女は気の迷いだと僕を諫め、憧れと恋愛を混同しているだけとも分析していたっけ。
もちろん憧れている。だって、彼女以上にかっこいい人を知らない。
けど、彼女だって知らないだけだ。僕がどれだけ貴女のことを想いるのか、貴女がどれほど僕の人生を変えてくれたのか。
ところで今、僕は幸せに浸っています。
何故って? 大好きな七夏さんと夕食をご一緒させていただいるので! ここが会社の社員食堂で、クロという邪魔者がいることを除けばなお良しだったけど。
……ああ、一つ訂正。あまり幸せばかりにも浸っていられない。七夏さんに新しい虫がつきそうで不安、と。
七夏リリは皆の憧れ。女性でありながらその若さで――というのには少し語弊があるかもしれないけど、まあ一般的に見ればその若さでということにしよう。
日本人離れした可憐な容姿。にもかかわらず男女ともに分け隔てなく接し誰にでも親切。仕事でわからないことがあれば率先して教えてくれる。
彼女の仕事は怖ろしいほど幅広く多岐にわたる。指名手配犯を追っているかと思えば受け付けに立っていたり、外回りをしていたかと思えば部屋の隅で違法サイトを告発したり。他部署にも造詣が深く、何かと頼られることが多い。かつ正確だ。
魔女としても凄腕で、エース中のエース。おそらくこの日本支部に彼女に勝てる魔女はいないだろう。
こんな条件が揃って人気が出ないわけがない!
可愛くて強くて仕事も出来るとか反則にもほどがある。とにかく社内での人気ぶりが凄まじいのはファンクラブまであることから察してほしい。
まったく、追い払っても払っても寄ってくる。ついさっきも警告を促したばかりなのに。それだけ七夏さんが魅力的ってことだけど。
そんな七夏さんはデザートバイキングから戻って以来、食が進んでいないように見える。おかしい……彼女はここからが本番なのに。
「七夏さん。手が止まっていますが、何か心配事でも?」
「え、ああ……」
七夏さんは答えに迷っているように見える。
「……どうして出会ってしまったのかしらね、私たち」
「七夏さん?」
「変なことを言ったわ。気にしないで」
「……その言葉、すごく運命的ですね。良いと思います!」
「聞いていた?」
「出会いといえば私、リリーシアと真白の出会いを知らないのですが」
クロが割り込む。
「真白と出会ったのが先だったというだけよ。まだお前を捕まえていなかったもの」
「よく覚えてますね」
こんな使い魔未満の相手どうでもいいのに。……自分でも心が狭いとは思う。
「あの日、私がイラついていた原因がこれだもの。日本にいるという目撃情報を得てやってきたけれど、成果がなくて焦っていたの」
ああ、納得。それなら良し。
「なんと! それほどまでに私のことを想っていてくれたのですね!」
「言い方に悪意しか感じない」
七夏さんは絶対零度の眼差しを向ける。
「クロさんて怖いもの知らずですよね、かなり」
「私からすればそれはお前もだ、真白」
「一緒にされるのは心外です。僕は出会って数分で魔女の恐ろしさを理解させられましたので」
「何をっー! 私だって私だってリリーシアに!」
「なら語ってさしあげますよ。僕と七夏さんの運命の出会い」
思ったよりも挑発的な口調になっていた。繰り返すが七夏さんにとって使い魔にすら価しない相手にムキになる必要もないの。わかっているのに……どうしても七夏さんが絡むと冷静でいられない。気を付けないと。
「真白君、黙っていなさい。それでも語ると言うのならせめて私が語る」
「あれ、そうですか?」
「君に任せておくと不安」
自分で惚気られないのは残念に思うけど、七夏さんたっての希望なら喜んで譲ろう。
ラストオーダーを過ぎた食堂は談話室へと姿を変え、一人また一人と帰路につく。
通勤組はそろそろ退散する頃合いか……さっき七夏さんに近づこうとした奴も帰ったな、よし。僕も七夏さんも寮暮らしだから気にすることはない。
「あまり期待するほどの話でもないけれど」
七夏さんは呆れるように前置きする。
「そんなことないです! あれは運命の出会いです!」
僕は身を乗り出すように詰め寄っていた。
「私が日本に滞在して一月が経ったころ」
構わず語り始める七夏さんは通常仕様。
でも、僕にとってはやっぱり運命の出会いと呼ぶしかない思い出。いつか彼女も同じ気持ちを抱いてくれると良いのに――




