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呪われ魔女は現代を生きる  作者: 奏白いずも
現代の魔女事情
12/33

十一、有給申請

 国際魔法連盟 日本支部東日本管轄 総務課第一室において、私こと七夏リリに与えられている席は角の窓際。窓から見える豊かな自然と、遠くに広がる青い海がお気に入り。ちなみに同室預かりとなっているインターン中の真白は私の向かい側。


 終業時刻の鐘が鳴る。


 違法禁呪サイトの摘発を終え、報告書も提出済み。よって本日の残業はなし。鐘と同時に、あらかじめ用意していた用紙握り、いざ上司の席を目指す。その際盗み見た真白は手元の書類と格闘していた。邪魔をされたくはないので尚良し。


 室長、つまりこの部屋で最も権限のある人物の元へ向かう。私に気付くと眼鏡を押し上げ、まるで娘を見るような眼差しを向けるその人。まあ見た目だけなら、実際それくらいの年齢差があるだろう。


「七夏さん。お疲れ様」


「本日の業務、滞りなく終了致しました。今、お時間よろしいでしょうか?」


 構わないよと書類記入の手を止めてくれたので遠慮なく切り出す。


「ありがとうございます。必要事項は記入してありますので、有給申請よろしいでしょうか」


 たとえ魔女が努めていようと、普通の会社と同じく有給だってきちんと取れる。


「うん、わかった――って、なんで二枚?」


「え?」


 いつ私が二枚提出したと……机の上には確かに二枚の申請書が広がっていた。目を疑う早業に私の背後、肩越しから声が。


「僕も同じ内容で。申請よろしくお願いします」


 肩に重みを感じたのは気のせいではない。すっかり背の伸びた真白が、屈むようにして私の肩に顎を乗せている、重い。


「……真白君。何故同じタイミングで、しかも同じ内容で有給申請を?」


 これが初めてのことではなかった。あの手この手で、彼は私の予定を把握し追いかけてくる。だからこそ素早く業務を終え室長の元までやってきたのだが、手の内は読まれていたようだ。


「非常に重大な用がありまして」


「何?」


「聞く必要、ありますか?」


 ああ、この言い回し……明らかについてくるつもりだ。


「同行は認めない」


「何のことです?」


 嘘をつくな、嘘を! これまで何度となく私の有給――またの名を呪いを解く旅についてきたくせに!

 無言で睨むも真白は怯まず笑みを浮かべていた。


「あ、あのね君たち……どっちも申請受理してあげるから! だから、お願いだから帰ってやってぇー!」


 とばっちりで脅えたのは室長だけでなんだか申し訳なかった。


「ではよろしくお願いします。それでは皆さま、お先に失礼させていただきます」


 頭を下げ真白を無視して部屋を出ると、ホッとした――そういう空気が室内に広がっていくのが分かった。


 私は手ぶらで廊下を歩く。最初から荷物など持ってきていない。杖一本あれば会社内で不自由することはない。


「随分と早足ですねえ」


 ポケットで揺れる、不気味なストラップが語りかける。 


「発言を許した覚えはない」


 というか帰宅を許した覚えもないのに、いつの間にか収まっていた。


「つれないこと言わないでくださいよ。――で、何をそんなに喜んでいるんです?」


「喜ぶ? ……私が?」


 反応なんてしたくもないのに、否が応でも告げられた言葉に耳を傾けてしまう。悔しいけれど、どうしてそう見えるのか問い詰めずにはいられなかった。喜んでいるなんて、あるわけがないもの。


「おや、無自覚だと? まったく可愛らしい人ですね。これだから――」


「本題を話すつもりがないのなら口は不要?」


「――コホン。では考察を。先ほどから拝見していましたが、いつもと様子が違うように見受けられました。それを人間の感情に当てはめて表現するならば、喜びが最適かと思いまして。我が愛しのリリーシアは近頃めっきり感情表現が乏しくなっているようですが、長く連れ添った私にはわかってしまうのです。些細な変化も見逃しません! リリーシアは――って、おや? おかしいですね。いつもならとっくに捻られている頃で……リリーシア?」


 クロの柔らかい手が頬に触れている。そこでようやく我に返ることができた。


「え、あ……そう、ね。何?」


「つまらない」


「は?」


「私は今、盛大につまらない! 愛しのリリーシアが、私が一身に浴びていた寵愛が、その心が今まさに、あんな憎たらしい男に砕かれているなんて!」


 憎たらしい男、恐らく真白のことだろう。と言うことはだ。クロの考察からすれば私は真白が原因で喜んでいるというの?


「相変わらず逞しい妄想力ね。今に始まったことではないけれど」


「あああああ、何故! 何故二人は出会ってしまったのかぁ!」


「何故って……。本当に、そうよ」


「え!?」


 クロの目――かどうかも怪しき三角形が喜びに輝き「今なんて?」と口が震えていた。


「同意する、と言ったつもりだけれど?」


 クロが震えている。寒さは感じないはずなのにどうしたというのか。いよいよ、おかしくなった? ……まあ、わりと最初からだけど。


「な、なんですと! リリーシアが、あのリリーシアが私に同意? 雨、嵐、雷、槍? 今日という記念日に名をつけるべきでしょうか! まさに一身同た――」


「つけ上がるな」


 一心同体? 言わせないから。けっしてクロを喜ばせようとしたわけじゃない。ただ純粋にそう感じて、口を突いてしまっただけのこと。


「それは残念極まりない。いっそこの機会に過去改変! と思ったのですが……」


「私を犯罪者にしたいの? お断り、お前と一緒にしないで」


 過去を変えるなど軽々しくする発言ではない。即犯罪者名簿に名を連ねることになる。これだから犯罪者は困る。


「重ね重ね、残念です」


 勢いを鎮火されたクロは肩を竦めストラップの位置へと戻っていった。


 仮に、あくまで仮に、真白が原因で喜んでいると仮定する。となればその前にしていた会話が原因になるわけで……つまり、真白がついてきてくれることを喜んでいる? そんなことあるはずがない。あってはならない。

 だからクロが言うことに、不覚にも同意してしまったのか。真白と出会わなければ、こんなに悩まされることもなかったはず。悩むことも、困ることも――

 私はもっと自由だったのに、どうして……


 真白の存在が、大きくなっている?


「馬鹿……」


「誰がです?」


 誰、なんて振り返るまでもなかった。


「……君が」


 いいえ、馬鹿なのは私。

 来ると思っていた、なんて認めたくはないけれど。足を止めずに答えを返す。


「そうですか」


 非難すら受け入れてしまう真白がわからない。毎日毎日、私を追いかけてくる理由も。けれど何より不可解なのは、じき真白が追いかけてくるだろうと日常を受け入れつつある自分。


「今日は何にします?」


「日替わり定食、デザートバイキング」


 終業となればこの後に向かう先なんて決まっている。社員食堂だ。ここは甘い物を食べて落ち着こう、落ち着くべき。


「ほほう、私はハンバーグな気分ですねえ」


「誰もクロさんには聞いてません」


「嫌ですねえ、こっちだってお前には言ってません。私はリリーシアに話しかけているのです」


「七夏さん、お昼のパンケーキ美味しかったですね! また一緒に行きましょうね」


 私といて、私と一緒で、何が楽しいのかわからない。どうしてそんなに、嬉しそうに乞うのかわからない。だって私は呪われ魔女――

 睨みあう彼らを無視して考えずにはいられなかった。

 ああ本当に、どうして出会ってしまったのだろう。

リニューアル作業完了致しました。ご不自由おかけして申し訳ありませんでした。

ここまでで変わった点をご説明させていただきます。


・蓮条真白→連条真白(申し訳ありません、名字の漢字を変更しております)

・1~10話までの話の区切り場所を変更→その結果11話分に

・真白は『西の魔女』の称号を襲名していません


上記が大きな変更点となります。既に読んで下さってた皆様にはご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。

そして更新も止まったままで……これから年越しの沈黙を破っていきたいと思いますので、またお付き合いくださると嬉しいです!

お気に入り、閲覧、ありがとうございました!

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