十、七年後の約束
「まだ、負けてやるつもりはない」
というか、いつの間に結婚話まで持ち上がっているの? 私たち、西の魔女の称号をめぐって戦っているのよね?
「言っておくけれど、私の好み年上だから」
私にも面倒くさいプライドがあった。
真白はまごうことなき天才でも私は平凡。けれど努力で負けたつもりは一度だってない。決して真白が努力をしていないとか、怠っているという意味ではないけれど、努力という才能に関係ない場面でまで負けたくない。ここに来るまで、私は何年も何年も費やしたのだから。
いつか真白が私を凌駕する日は来ると思う。けれどそれまでは、今はまだ、負けたくないという意地があった。
「何度も言ったはず。いずれ諦める一時の感情にすぎない」
そう言われることがわかっていたように真白は笑った。
「ずっと、あなたが好きですよ。たとえ七年経っても、百年経っても、永遠に」
なんて綺麗に笑うの。どうしてそんな風に笑えるの?
「そんなの……」
嘘ばかり。
そう思っているくせに。でも、どうして私は最後まで声に出さなかった? どうして言えないの?
君は、約束を覚えている?
聞きたいけれど、聞きたくない。真白が忘れていたら、律義に覚えている自分が滑稽だもの。まるで何かを期待しているようで――違うから、私はちょっと物覚えが良いだけで、それだけのことだから!
「逃がすつもりはありませんから、覚悟していてください」
ただの偶然のはずが、まるで見透かされたように告げられて戸惑う。
真白は諦めない。毎日毎日、呼吸をするように自然に甘く囁く。それは私にとって厄介でしかないことだ。今だけに決まっている。彼もいずれ私を恐れる時が来てしまう。そうなる前に姿を消してしまいたい。
『七年経っても君の気持ちが変わらなければ考えてもいい』
今思えば、それを約束と呼ぶには曖昧なものだったと思う。
そう言えば諦めてくれると思った。諦めて欲しかった。
馬鹿らしいと一蹴して、いつか諦めるだろうと挑発するように放ったもの。できるものならやってみろと、売り言葉に買い言葉だったと、後で冷静になってみれば反省もしている。
七年経ったら、真白が一人前になったら、彼の前から姿を消そう。
これまでもそうしてきたように、故郷を旅立った時と同じことだ。ずっと同じ姿のまま、成長しない人間なんているわけがない。長居は禁物、好奇の眼差しも畏怖の視線もたくさん。また新しい土地で一から始めればいい。
出会った頃は同じくらいだった身長も、とっくに私を追い越して。魔法の技術もずば抜けて成長していた。
でも私は、出会った頃と何も変わっていない。私から逃げていいのに、将来有望な人間が私のような呪われ魔女の傍にいてはいけないのに!
攻撃の手を緩めないまま、私はいつか訪れる別れを想った。
【七夏リリの日記】
2△△7年○月×日 外回り
連盟に対する窮屈さばかり覚えても良い魔女は育たない。そのため今回の少年たちの小さな反逆は訓練という名目にて報告書を提出しておく。
少年たちには処分がないことを告げ解放した。
何人かに握手を求められたのはさておき、井上悠馬は気まずそうな顔で姿を消した。将来有望になればいいと密かな期待を胸に見送る。
いつかどこかで、彼らが大成する魔女であることを願う。その誰かが私の呪いの一つを解いてくれるかもしれないと淡い期待を抱かずにはいられない。
笹木嵐はようやく決心したようで「俺、魔女になりたい!」と言ってくれた。彼の自宅に戻り書類を記入させ、私たちの仕事も終りを迎える。
連盟加入者一名、上出来だ。
私と真白の勝敗は未だ進展のない関係が物語っている。
今回の私が失った物といえば、趣味の悪いストラップのみ。




