九、呪われた魔女
この微妙な空気!
私は恥ずかしくも解説を始めるしかないようだ。
「禁呪には禁止されるだけの理由がある。この呪文の場合、開発者が使用を禁じているの。……その呪文は使わないで、それ……黒歴史だから」
集まる視線から逃れたくて、恥ずかしくて顔を上げられない。
「なんで……そんな、これは禁呪サイトで見つけた、昔のいわくつきで。なんで、お前が自分の魔法みたいに言うんだよ!」
「何故って、あなたも唱えていたでしょう? 青き瞳が乞う」
私は目元に人差し指を当て睨む。それは未熟な呪文を開発した自分自身への苛立ちでもあった。
「相変わらず術式がぜんぜんなっていない、呪文も長すぎる。構築に時間がかかるうえ、最終的に花を咲かせるなんて、あの時の私はどうかしてた。……何より中二くさい」
ぼそっと付け加えるが、どうにも羞恥は消えず。
「で、でも、昔は流行りだったから! 長い呪文とか、それっぽい雰囲気とか、それがカッコいいって、そういう雰囲気で。誰もがそうしていたら感覚は麻痺するし、だから全部が全部私の過ちというわけではなくて、とにかく時代のせいもあると言わせて! その時代に合わせて流行った呪文があるでしょう? 大戦時代ならそれこそ攻撃魔法の開発が盛んに行われたし、今は日常生活を便利にする魔法が流行っているわけだし!」
慌てて言い訳を羅列する。黒歴史を抹消しようと禁呪申請までしたというのに、誰よどこぞのサイトに流した奴は! 禁呪サイト、戻ったらすぐに取り締まる!
「く、くそっ」
「遅い!」
スマホを起動するのと杖を振る、どちらが早いかなんて明白だ。容量が増えればそれだけ重くなるし電池もくうし。やはり昔ながらの杖が馴染む。
海に杖を向ければ、杖の動きに合わせて水が踊る。蛇のようにうねり、上空へ登った海水は弧を描く。
『全員頭を冷やしなさい』
雨のように大粒の塩水が降り注ぐ。私と笹木嵐の上にだけは傘が浮いているので濡れる心配はない。濡れたくはないし、私は海水に濡れると厄介な体質でもあるので。
「て、七夏さん。僕の分は!?」
若干頭に血が上って口調が悪くなっていた真白にもちょうどいいかと、素知らぬ顔で魔法を行使した。
雨に打たれた少年たちは、首謀者である井上悠馬も含めて大人しくなった。ずぶぬれで風邪をひかれても困る。仕上げに乾燥までがセット、私の魔法講師はアフターケアも万全だ。
私は、あまたの呪いを背負っている。その中でも究極にして最悪に厄介なものが不老不死の呪い。でも他にもあって……ちょっと聞いてくれる?
厄介な相手に好かれる呪い。
生まれながらに白髪の呪い。
林檎を食べると死ぬ呪い(現在は不老不死の呪いで相殺されるので喉に詰まる呪いだけれど)。
鏡に映らない呪い。
舞踏会では必ず靴を失くす呪い。
満月の夜白鳥になる呪い。
針に指を指すと永遠の眠りに落ちる呪い。
触れた物を凍らせる呪い。
泳げない呪い。
……等々。
既に自ら解いたものもあるが、最多にして七十二の呪いに蝕まれていたこともある。どんな悪魔を従える気かと盛大にグレた時期もある。
母は人魚姫に薬を提供した魔女の子孫。
父は白雪姫殺害を企てた魔女の子孫。
祖父は糸車の呪いを掛けた魔女の子孫。
祖母は白鳥になる呪いを開発した魔女の子孫。
曾祖父はシンデレラを舞踏会へ連れて行った魔女の子孫。
曾祖母はラプンツェルを閉じ込めた魔女の子孫。
遡れば遡るほどに、私の家系は恐ろしいを通り越して素晴らしいものだった。
死者の呪いほど恐ろしいものはない。姫君たちは自身を不幸に貶めた魔女を呪い。魔女によって不幸に貶められた者たちは魔女を呪い……
連鎖は続く、終わりなんてない。魔女はあまたの呪いという業を引き受ける運命。幸せを招けば、その影では不幸が生れるのだから。
憎しみの犠牲になるのは誰?
奇跡的な血筋に生れた私はその筆頭、幾代もの呪いが集まってしまった。
「――そう、人は彼女を呪いコンプリーター☆リリと呼ぶ!」
クロによって私の回想は強引に幕をじる。
次の瞬間にはクロの頭を力の限り握りしめていた。手に収まりの良い球体はメキメキ音を立てている。
「い、いだだだだ!」
泣き喚こうが関係ない。
「なにを良い声でぬけぬけと! ふざけるな、そんなふざけた呼び名で呼ぶのはお前しかいない!」
そのまま宙へと放り、杖をバッドに変化させ――
「悔い改めろ!」
全力で振り抜いた。
「リリーシアァァァァ!」
遠くで星が光った。
「ナイスホームラン! さすが七夏さん! 西の魔女はホームランすらも彗星のごとしですね」
「は、え?」
笹木嵐は私と真白を交互に見比べている。
「真白君……それは言わない約束でしょう」
私は少年たちと、笹木嵐に向けてにっこりほほ笑んだ(つもり)。
「君たち、頭の語りが変わって記憶を飛ばすまで殴られるのと、穏便に記憶消去魔法を使われるのと、秘密は墓まで持っていく。どれを望む?」
手でバッドをいじりながら問いかける。
つまり、この人が最強西の魔女!?
それは本来、誰の耳にも届かない心の叫びのはずだった。けれど表情から、手に取るように読めてしまった。
「七夏さん、無事ですか?」
真白はいつだって、かすり傷ひとつ追っていない私の心配をする。
「私のことは知っているでしょう。心配するだけ無駄」
「それでも、大切な人の心配をしない男はいません。愛してますよ、七夏さん」
照れることもなく、挨拶でもするかのように囁く。言葉のついでのように、いつでもどこでも……。周囲を見て、呆気にとられている少年たちと笹木嵐を!
「よく言うわ」
「ねえ、久しぶりに勝負しくださいよ」
嬉しそうに真白の瞳が語りかけるけれど、即座に切り捨てる。
「嫌、面倒くさい」
「そろそろ、貴女より強くなれたかもしれませんよ?」
「まだ諦めないの?」
「言ったじゃないですか、僕が奪うって」
その称号、僕にください――
かつて真白は私に強請った。
だから私は真白に言った。欲しければ奪ってみろと。
それからは無謀な挑戦が何度も続いている。
「貴女より強いと証明してみせますから、いい加減諦めてお嫁にきてくれてもいいんですよ?」
彼は諦めない。ポジティブなの?
これだから真白と仕事に出ると疲れるの。すぐにそっちのけでバトルが始まってしまうから。まあその、元凶は私なのだけれど……。
なら手を抜けばいいと思う?
『降れ!』
了承もしていないのに、真白は容赦ない閃光の雨を降らせる。
杖を頭上にかざし、水と風を凝縮したバリアで防いだ。弾かれた水は飛沫となってスプリンクラーのように降り注ぐ。
全弾防ぎ終え、掲げたままの杖を放り投げる。頭上でくるくる回る、それは次第に形をかえていく。大きく、頑丈に――それはもはや杖ではない。
しかと握れる太さを兼ね備えた棒状へと形を変える。白い花の模様が細工され、地面に突き立てれば私の背と同じくらいだ。
「出しましたね。お得意の魔法」
一振りして風を纏わせれば、風は刃として先端に留まり、死神の鎌を連想させる武器へと姿を変えた。
私の得意な攻撃魔法。杖を武器へと変形させる、つまり手にしている物は杖で、物理攻撃を与えながら魔法も使える優れもの。




