プロローグ
リニューアル作業を致しました。お騒がせして申し訳ありませんでした。
珍しく投稿済みではなく、初出しになります!
少しでもお楽しみいただければ幸いです。
一、林檎を食してはならない。
一、針に触れてはならない。
一、海に入ってはならない。
一、舞踏会には予備靴持参。
ルベイラ家には謎の家訓が乱立している。これはほんの一例にすぎず、他人はもちろん、その家に生れた者すら首を傾げるおかしな内容。けれど本能のような、カンのようなものが告げていた。
けっして破るべからず……
だからこそルベイラ家は発展を遂げられたのかもしれない。
地位は公爵、遡れば王家の血を引いており、とにかく歴史は古い。となれば怪しげな秘密や、裏の顔の一つや二つあってもおかしくはないのか。
ルベイラは魔女の家系、それも由緒ある魔女の名家である。
――という寝物語は代々受け継がれる定番で、ルベイラの子どもなら一度は目を輝かせて聞き入ったことがあるはずだ。
『魔女は魔法を扱い奇跡を起こす。普通の人にはできないことができる』
得意げに語る親の姿を思い出すことだろう。
けれど人は大人になるにつれ、非現実なものを信じられなくなっていく。魔法が世界に存在すると瞳を輝かせた幼子も、やがては大人になる。
そんなことよりもだ!
名家に生まれた少女は良家に嫁ぎ、家のために尽くすことを考え始める。幻想を抱いている暇はない。いつか来るその日のために、自分を磨かなければならないのだから。
ルベイラに生れた『わたくし』も、その一人だった。
そんなわたくしが魔女を信じていた期間は他人と比べて少しばかり長い。一番の理由は容姿が特徴的だったから。先祖代々ルベイラの遺伝子は太陽に輝く黄金色の髪を授けるのに、わたくしの髪は生れた時から白髪だった。
これは何の嫌がらせ? 気味悪がられたのは語るまでもない。
とまあ、それはあくまで周囲の反応。ルベイラ家には何百年に一人の割合で生れることがあるらしい。
白き者は幸福を運ぶと喜ばれ、重宝された。
とはいえ幼子にとって何の励ましになるだろう。周囲から向けられる視線が全てだった。
泣きだす娘を前に、両親は決まって「偉大な魔女の子孫だから仕方がない」と慰めてくれた。
そんな幼少期を過ごしたわたくしも、例に漏れず将来について想像をめぐらせていた。
誰かを愛して、その人の子どもを産んで、素敵な家族に囲まれて……まだ見ぬ運命の相手に想いを馳せていた。端的に表現するなら、平凡に人生を終えると疑いもしなかった。
でも……
あれはいつのことだった?
わたくしの人生はがらりと変わった。
いいえ。変わったという表現では生ぬるい。崖下どころか、茨の棘ひしめく崖下に命綱なしで突き落とされたの。口にするのも禍々しく、忌々しい出来事。
呪いを背負わされた。しかも不本意に、一方的に!
正確には昔から、わたくしの家は呪われていたらしい。だから悲嘆に暮れる必要はないと、慰めを含み掛けられたはずの言葉にさらなる衝撃を受けた。気付いていなかっただけらしく、ルベイラ家の者は皆、大なり小なり呪いを抱えているという。
わたくしはちょっと……いや、かなり他人より余計な物まで背負わされてしまっただけ、そう教えられた。
呪いをくれた張本人を激しく呪った。絶対に赦さない、どこまでだって追いかけて、報いを受けさせてやる。固く誓った夏である。
そこからは早かった。
輝かしい将来像は、闇の彼方に見失う。それでも必死に足掻き、抗おうと決意したのは、このままでいたくなかったから。何より諦めて生きていくにしろ、この呪いは厄介過ぎるのだ。
永遠に老いることはない。永遠に死に絶えることはない。そんな人生を誰が望んだというの?
魔女は存在しない。そう受け入れていたはずが、気付けば正真正銘の魔女となる。幸か不幸か、才能はあった。
それから七度、季節が廻った。
七度目の夏、生れ育った故郷を後にする。
名は捨てた。
名と共に、わたくしを知る者たちの前から姿を消した。
足掻き、もがき、努力を重ねるうち――
わたくしは最強の魔女と呼ばれるようになっていた。それでも長い人生が終わる兆しは訪れない。
あれから何年経った?
時々ふと思うけれど、いつしか数えることも億劫になって――というのは建前。現実を突きつけられるのが嫌で考えたくないだけ。というか『いま何歳?』とか、怖ろしくて考えたくもない。
この姿は何も変わっていないのに、時代は目まぐるしいほどに移り変わる。それがたまらなく憎くて、取り残される自分を虚しく感じる。
あと、どれだけ頑張ればいい?
どうすればこの長い呪縛から解放される?
諦めないと誓ったけれど……現代まで生きても、答えは見つからないままだ。
ありがとうございました!
初回は主人公回想となりましたが、次回より舞台は現代へ移ります。