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双子のパラドックス ~志那水俊也~の場合

作者: Au39

 あぁ、もし、僕がこんなにも足が速くなければ、こんなにも悲しい思いをしなかったのに……



 (ちくしょう! なんだってこんな目に合うんだ!!)


 志那水はそんなことを思いながら、駅のベンチで眠りに就こうとしていた。駅と言ってもそこは無人駅である。それも秘境駅で有名な『小和田おわだ駅』だ。しかし、志那水がそんな陸の孤島のような場所にいるのは、決して、降りる駅を間違えて二時間待ちといった、王道ドジっ子的なものではない。


 志那水こと志那水俊也しなみずしゅんやはこういった『秘境駅巡り』が趣味なのだ。受験生である志那水はいつものように秋ごろまで長引く、陸上の全国大会で優勝したので、ご褒美に数日間、こうして各地を巡っているという訳だ。


 しかし、どんなに準備をしていても不測の事態は起こるものである。


 まず、駅に着いて写真などを撮っていたら、駅にある鉄道無線にある知らせが入った。


『飯田線運行情報――

 水窪みさくぼ大嵐おおぞれ間と、伊那小沢いなこざわ中井侍なかいさむらい間でトンネル事故のため、豊橋から水窪、辰野から飯田間で、折り返し運転を行っています。運休区間の駅には運行いたしません。あらかじめご了承ください

 なお復旧のめどはたっていません』


 という訳で乗ろうとしていた電車が来るはずもなく、仕方がないので寝ることにした。


 そして、眠りにつく寸前、思いもよらぬ重圧プレッシャーが横になった体にのしかかる。


 しかるべきところに、柔らかい感触。質量としては軽いが、重さとしては重かった。重さとともに匂いも感じた。自然な香りだ。女性ホルモンによって分泌されるというが本当なのだろうか?


 しかしながらそれは、志那水にとって苦手な物。慣れてなどいない


 (いったい誰だ? この僕の睡眠を邪魔する無礼者は!!)


 睡眠を邪魔された志那水は、仕方なく、その重圧の源を探るために眠い目を擦り、開く。


 視界に一気にものが溢れる。ベンチの板、自分のいるホーム、向かいの線路、対向式のホーム。そして、山。すべてが90度、傾いていたが顔は動かせなかった。


 もちろん、そこには人はおろか、動物でさえもいなかった。


 しかし、重圧プレッシャーは変わらない。その者の拍動と肺の動きがしっかりと伝わってくる。熱も伝わってきた。正体不明のぬくもりを感じるものの、ベンチの方は冷たかった。


 冷たかったというよりも、痛かった。木の板にペンキなどという前時代的な骨董などより、空力計算によって圧力を変化できる最新の空気イスの方が痛くない。


 志那水は決心し、頭に乗る頭を手で持ち上げようと、右手で耳のある所を、左手で耳のある所を、それぞれ持ち上げて上を見上げた。


 (いたい! 目に髪の毛が、誰かの前髪が目に!!) 


 咄嗟に、その正体不明の重圧プレッシャーをかなり無理やりどかした。もちろんそれはベンチから豪快に落ちることを意味していた。そして、志那水も一緒に落ちる。


「うぅぅ……あぁ、痛い……」


 そのとき、重圧が言葉を発した。柔らかい言葉だった。


「え、とぉ……ご、ごめんなさい!!」


 志那水は謝られた。確かに向こうが自分の上に乗ってきたのだから、向こうが悪いとは思うが……


「あ、あの……」


「はぁっい?」


 重圧は聞きなれないイントネーションで答える。


「………………………………………………………………………………」


「………………………………………………………………………………どうしたんです?」


 困ったものだ。志那水は滅多に人と話さないのでかなりのコミュ症である。男子より女子の方が苦手だ。


 女子が死ぬほど苦手だ。


 それなのに、今、目の前にそれがいる。そして話かけられている。


「す、すいません……」


「あ、はい、それならどいてくれませんか?」


―――――――! 女子がいるということでまったく気が付いてなかったが、志那水はそのものを押し倒すような恰好だった。


「ごごごご、ごめ、ごめんなさい!!!」


「君って面白いのね。んー、どこかで見たことがあるような……」


 重圧が考え込んでいる間に志那水はその場を離れながら、返答する。


「それは多分……あれじゃぁ……」


「あ! 思い出した。あれでしょ、走る人! テレビで見たよ、私は見たよ!!」


「まぁ、そうですけど」


 妙にテンションの高いその重圧に圧倒されながら、適当に受け流す。


 日本の中学記録を全国大会の決勝という大勝負で出してしまったのだから、大きくニュースになっても仕方がない。


「あれって、なんて読むの? しな、みず……としや?」


 (いやいや、普通は苗字を間違えるんじゃないのか?)


「しなみず、しゅんやです。」


「ほー あれってそう読むのか。ちなみに私の名前は三上クラウディア」


 その、三上はいまだにホームの上に仰向けになりながら、空に向かって話しかけている。


「え、えっと、三上さんはどうしてこんな所に? それよりどうやって、電車が止まってるのにここへ……」


「なに!! 電車が止まってるだと!? おぬし、何故それを早く言わん! ……なんて、冗談よ。私も用事があるのよ。ほら、三上グループの、お……、いや、れい… なんて言えば良いかな?」


 三上は志那水に向かって突進。まるで先ほどまでの真逆だ。急にキャラの変動する三上に圧倒されて志那水は『腰抜け』状態だ。


 『腰抜け』でも志那水は考える。三上グループは世界中に展開し、一時期は『月面進出まであと一歩』とまで言われた大財閥だ。最近、IT市場から追い出されたがそれでも尚、『アナログはお任せ』な状態なのである。そこのお嬢様だか令嬢やらが、こうして目の前にいるわけだが、そういうもので呼ぶに相応しくないお方である。


「ふ、普通にクラウディアでどうでしょう?三上さん」


「自分で提案しておきながら、すぐに無視しているのも面白い人ね」


 三上はそう言ってベンチに腰掛ける。その『座る』という動作には確かにお嬢様の品格を感じたが、それ以外には皆無だった。


「なんか、すいません。その……」


「さっきから謝りすぎよ。これでも、あなたと同じ受験生なのよ。もうどこ行くか決まってるけど……電車、止まってるのか」


 三上はうなだれるようにしてその場に横になった。電車に乗るつもりだったことが志那水にとって少し意外だった。


「電車来ないんだし、世間話?でもしよう! 俊也君はどこに住んでいるーのですかっ!」


「西湘広域自治区、学研都市第六地区。この前の大会で初めて外に出たんだ」


「へぇー 学研都市か。じゃあ、宇宙行くの?」


 三上は一気に飛び起きて、志那水との間を詰める。


 三上がそう聞くのも、その地域は数年前まで宇宙空間に類似した社会実験とか何とかで、外の世界で有名だったからだ。実験に参加した住人全員で宇宙に移住する、と思われても仕方がなかった。


「僕は行かないよ。そんなプログラム受けてないし。でも、第二次移住計画の候補らしい」


「やっぱ凄いじゃない! いいないいな、宇宙行きたいっ。あれでしょ、ミッションスペシャリストとか言うんでしょ? カッコいい、カッコいいよ! ミッションスペシャリスト、三上クラウディア! なっちゃって」


 また、妙に高いテンションで三上は飲食店で子供用のプレゼントを貰った子供みたいに大はしゃぎしている。それでも、お嬢様なのだろうか。


 (三上さんはお嬢様だ。それもあの三上グループ。月移住計画の民間第一位の会社の令嬢だぞ。行こうと思えば簡単に行けるのに……)


「三上グループのお嬢様だから行ける、とか無いんですか?」


「だから、同い年だから敬語はやめてよ。私、そういうの嫌なんだ」


「そういうのって、どういう……」


 すると、三上はさっきまでの子供みたいな笑顔が無かったかのように、真剣な、どこか頼もしい目つきになった。


 そして、重そうな口を割る。


「私、グループの人間だからとか親が偉いからとか、そういった理由で何かを手に入れるのが嫌なの。そういうのって何もしてないじゃない。なんでも無条件に願いが叶って、それで、その願いが叶わなかった人のことを考えると、ちょっとね。」


 そういわれると志那水は少し、自分が恥ずかしくなった。


「今ここにいるのも、そういう理由。自分の目的のためにグループの物を使うけど、それだって令嬢であることを隠しながらだもの。権力とか、そういうものを使わないで、正々堂々と普通の人として、全体と戦える、そういうことがしたいなーって。でも、みんな私のこと知ってるから、完全に、とはいかないんだけどね」


 三上はまた子供みたいな笑顔に戻った。


「でも、俊也はちゃんと自分の力で、自分の足で有名になれたんだから、私と真逆ね」


「別に……僕だって、先生とかチームの仲間とか、それに親とか、そういった手助けが無かったらあそこで勝てなかっただろうし……こうして生きてるのも、親のおかげだし」


 志那水は言った。それが説教くさいとか言われても、僕みたいに成功して人が言う言葉とか、そんな感じで流されずに聞いてくれると。普通の人になりたい三上ならと、そう信じて。


「そういわれると私も守秘義務とかいろいろあるから答えられないけど、私はもう自立して生きていけるのだ! 俊也は『パブリックドメイン』って知ってる?」


 『パブリックドメイン』最近のアンドロイドロボットには皮膚がつけられている。そういった人間に近いものは人間から作られている。人間のクローンをサイボーグにするなんて言う噂もあるくらいだ。どっちにしろ、その技術には人間の細胞の情報が必要であって、DNAを提供した人はお金が入るらしい。


「そういう噂って本当なんだ……」


「本当よ。三上グループの切り札、だからね」


 三上はどこか寂しそうだった。ただ、お金がほしいだけに自らが『パブリックドメイン』になった訳ではない。非合法の危険を冒してまで成し遂げたい何かがあったのではないかと、志那水は思った。


「なんか、私の細胞って特別らしいのね。たしかアミノ酸がどうとか……Rだっけ。まぁ、それで予定の100倍の報酬だったからいいんだけど」


「………………………………………………………………………………」


「………………………………………………………………………………」


 また再びの沈黙。先ほどとは全く違った空気がその場を流れる。


「なんか、いっぱい喋ったら眠くなっちゃった。ちょっと肩貸して」


「えっと…………………三上さん?」


 その重圧プレッシャーは志那水に肩に頭を預けて眠りだした。


 志那水は先ほどとは違い、まったく動揺しなかった。それは当然初めてのことであり、あることを意味していると。


 あぁ、もし、僕がこんなにも足が速くなければ、こんなにも悲しい思いをしなかったのに……


志那水はそう嘆いた。


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