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リズベルト・シンソフィーの冒険  作者: 阿江
第1章 リヘルトという少年
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デカダンス


「ここ、怖い……」

 アンネが、私の服の袖を掴んでくる。

 確かに分かる。私が普通の4歳児だったら、恐慌状態に陥っただろう。

 

 地下への階段は幅が狭く、しかも湿気ていて篭ったような土の臭いがしていた。


「もう少しですので」

 額に汗をかきながら、猫に似た獣人は言う。

 アンネが怖がっているのだから、引き返せば良いのに。

 そう思ったが少し気になる部分もあり、大人しく付いて行っている。


 私の袖を掴む、小さな手を見る。産毛もまだ生えていない子供の手。


「手、繋ごうか」

 照れたが、微笑んでそう言う。アンネは驚いたように私の目を見た。


「いいの……?」

「いいよ」

 そういって、アンネの手を握る。汗で湿った柔らかい手だった。

 苦い笑みが零れた。自分から手を繋いだのは初めてだ。


「柔らかいね」

 そう呟くと、アンネは照れたように俯いて「リズのほうが」と言った。


 初めて名前で呼ばれたな、と思いながら私たちは進み続けた。


 

 トンっと爪先で地面をける音がして、女の奴隷が立ち止まった。何かに当たったようだ。

 私がアンネから女の奴隷に視線を移すと、彼女は息を吸って、肩に力を入れていた。

 そして勢いよく、階段を下りてすぐそこの―――扉を開いた。


 鉄の頑丈そうな扉は簡単に開いた。


 ポチャンと水の滴る音が聞こえた。アンネはすでに私の腕にしがみつくような格好になっている。

 私が頭を撫でると、服の袖口をギュっと握ってきた。

 可愛いな、自然とそう思った。


 私が女の奴隷のほうに目を向けると、彼女は私達を待っているようだった。少し緊張している。

 その様子に疑問を持つが、私は足を踏み出した。するとアンネが「あっ……」と声を上げた。

 

 うん? とアンネの瞳を見ると、そこは揺ら揺らと不安定に揺れていた。

 脅えてる、私はなんだか驚いたような気持ちでそう思った。引き返そうか、そう言ってあげても良かった。でも、私は「大丈夫だよ」そう言った。その言葉に瞳に涙をためたが、「うん」とアンネは目をぎゅっと瞑ってから、また私の袖口に力をこめて、しがみ付いた。



 そして、私たちはその扉の中に入った。


 アンネがひゅっと息を吸い込んだのが分かった。

 私も、少し驚いて立ち止まる。

 そこは、牢屋だった。正方形の、一筋の光さえ入らない部屋。

 その牢屋の壁にもたれ掛かるように、一人の少年が体中に鎖を巻きつけられて座っていた。


 こんなところにまで奴隷がいたんだ、そう驚きつつ、私はまたしても気分が悪くなった。


 『鎖につながれている奴隷の図』は私に視覚的なダメージを与えるには十分な威力を発揮した。

 それが演出、所謂パフォーマンスだと分かってはいても。

 

 そんな私のたじろぎに頓着せず、女の奴隷はそっと壁際により、私たちがその奴隷を十分鑑賞できるようにした。


 私が一歩歩を進めると、俯いたままの少年の頭部が揺れた。

 それは黒髪だった。日本人の黒髪とは異なったあでやかさを感じさせる色。

 アンネは半分泣きながら、それでも懲りずに私にしがみ付いている。


 少年の体に巻き付く鎖は銀色で、そしてその鎖には巻きついたようにいくつもの花が飾られていた。それを無表情で見ていると、少年が顔を上げた。

 

 息を詰めた。

 驚くほど美しい顔をしている。

 白皙の肌に、つりあがった切れ長の目、そして赤く膿んだようなどことなく背徳感を感じさせる唇。特に目が印象に残る。目じりがぞっとするほど、淫猥だ。


 そんな少年に引っかかりを感じた。そう彼の赤い瞳に。

 血のような黒ずんだ赤ではなく、爛々とした輝くような赤。


 黒い髪に、赤い目。

 耳の奥で何か囁いている。

 

『―――あと責任のことなんだけど、この世界で君は重要人物を支えなくちゃいけない。

 一人目はリヘルト・ドール。この子は、本当は桜と透の間に生まれるはずだった人でね。こっちの世界に生まれことになったんだ。黒髪に赤い目をしてる―――』



 そう、か。黒髪に赤い目。息を吐く。

 珍しい組み合わせではないのかもしれない。

 しかし―――もし、そうなら。

 頭が数多くの混乱の声を言い放っている。

 胸の奥が詰まる。

 ある情景が頭に思い浮かんだ。片時も忘れることなく、延々と想い続けている情景。


 美しい草原で、とある少女が語ったこと。私の―――人生の指標。

 



 息を吸った。

「貴方は、リヘルトという名前?」

 子供っぽい喋り方なんて、煩わしくて出来なかった。

 気が急ぐ。速く答えが欲しい。 

 沈黙があった。

 

 速く、そう思ったとき赤い瞳とかち合った。私がじっと見つめると、少年は笑った。


「ああ……、どうして?」

 擦れた声だった。

 ふと、胸が熱いことに気づく。ドクドクと、胸が温まってそして目が温かくなったのが分かった。

 ああ、うれしい……。泣きたい……。


 ―――やっと。


 ――-やっと、会えた。


 自分の感情の振れ幅の大きさにちょっと笑いたくなった。

 でもそれよりも、私は感情のままに言った。


「一緒に行こ。おいで」


 そっと手を伸ばす。彼の、黒い髪から覗く赤い目がぐらりと揺れた。

 まだ、子供の目だった。誰に頼るかも分からない。



「どこに?」


「リヘルトが、いける場所にまで」

 この子は傑物になるのだろう。

 こんなところで、まだ幼いうちに私と会った。『世界』とやらが、干渉しているのが薄々分かる。


 どこまで連れて行けるかは分からない。でもそれが私の役目だった。


 それに、この子は桜と御堂透との間に生まれたかもしれない子なのだ。


 私の少ない愛情メーターがだだ上がりになっているのが分かった。私にも母性本能があったらしい。子供は苦手だったんだけど。


「ずっと?」


 その縋るような言葉に首を振る。私とずっと一緒に居ても良いことなんてない。


「ずっとは無理だよ」

 私が言うと、リヘルトは一瞬顔を歪めたあと小さく笑った。


「分かってる」

 無機質にそう言ったあと、私の手を掴んだ。


 そして何故か私の手首の血管を舐めた。眉がよるのが分かった。

 とりあえずその行動には眉を顰めるだけにして、私は考えた。

 そして、小さく決意した。

 この―――たった一人だけの世界で、この矮小な力で、この少年を少しでも上へ居るべき場所に行かせて上げようと。


 










 ロニィは目の前の光景に、絶望を覚えた。そして自分の間違いを悟った。


「おいで」

 と、手を伸ばす美しき少女、いや幼児。

 しかし黒い瞳は海の底のように透明でありながら、深遠だった。


 この少女は、女王様なんかじゃない。

 ロニィは自分の間違いを不甲斐なく感じた。


 爺ならこう言っただろう「ああ、あれは毒婦だよ」と。


 そしてロニィは自分の目の前で、王様が『飼い犬』になったことを悟った。



 

 

 


 

 

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