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リズベルト・シンソフィーの冒険  作者: 阿江
第1章 リヘルトという少年
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 私が屋敷の外に出ると、玄関の前に馬車が止まっていた。馬車なんてはじめて見るので、私はそれをまじまじと眺めた。

 なんというか……造りがしっかりしている。


 そっそれしか思いつかない。いやでも、一般的な馬車がどういうものなのかよく知らないので、そういう感想しか思いつかないのは仕方ないと思う。 

 馬車を引いているのは、馬だ。前の世界と寸分たがわない馬。

 この世界と、前の世界。流していると気づきにくいが異常なほど似通っている。

 

 例えば食べ物。前の世界になかったものは、この世界の名称で呼ばれる。しかし味が同じ食べ物の場合前の世界の名称で呼ばれることがあった。たとえそれが、似ても似つかない外見だったとしても。

 

 私が持っている生まれながらの全翻訳機能。これがなかったらこの世界に馴染むことは出来なかったとは思う。ただ不安だ。私はその食べ物の名前を『人参』だと認識していて、しかしこの世界の人にはその食べ物をもっと違う風に認識している。私は人参だと聞けば、不味い、と思う。しかし他の人は? その名前の食べ物にはもしかしたら私が知らない『何か』があるかもしれない。

 世界が違うのだ。国と国、そういう翻訳なら便利なのだろう。

 だけど、世界が違う。何かしらの矛盾はこれから生まれてくるだろう。


 まあでも、焦ってもしょうがないことは分かっている。これからそういうことも考えていければいいと思う。


 まだ分からないことは多いが、少しづつ見知っていけばいいだろう。


 馬車の中のシートは非常に硬く、長時間乗っていれば節々が痛くなりそうだった。

 ただ屋敷の使用人の方々がクッションなどを馬車に詰めてくれていたおかげで、意外と快適そうな座り心地になっていた。


 馬車の中を見渡していると、上座とかはあるのだろうが父は気にせずどっかりと入り口あたりに座った。


 そして横に座っているアンネの髪飾りを手慰みに弄っていた。私はそんな二人を気にせず、馬車に付いている小さな窓から外を眺めた。最初は乾いた土の道で、石でできたような大きな家が並んでいたが、しばらくたつと石畳の道に、様々な店が立ち並んでいる所を通るようになった。


 そこはとても賑わっていて道も広い。この世界の住人が着ているのはほとんど洋服と変わりなかった。

 生地は大分おかしな物もあるようだったし、時たま変な服を着ている人もいる。


 それより、「鎧……?」というか、剣!! を持っている人が居る。不味くないのか、混乱してそう思っていると、後から父に抱きすくめられた。


 そしてそのまま私の脇をもって、父の方に向けさせられた。父のいつもの香りが私の鼻を掠めた。香水のような派手な香りではなく、そうどちらかというと(こう)に近い、すっと安心できるような。

 父が私の髪を撫で聞いてくる。


「どうした?」


「剣持ってる人がぁ……」


 そう聞くと、父は首を傾けて「ああ」と零した。


「あれは、そうだな武芸者(ぶげいしゃ)だ。町で暴れだすことはない。心配しなくてもいい」

 あまり説明する気のなさそうな父に重ねて聞くのが億劫で、私はもう一度外を見ようと、くるりと方向を変えた。しかし父はかなりの力で私を抱き上げ、そのまま窓から離された。


 そして私を膝の上に置き、軽く笑った。

「外がそんなにいいか?」

 どことなく、嘲弄する雰囲気があった。

 私は何も答えず、目を瞑った。






 


 なんか、馬車から下りたら、凄い目で見られた。一瞬父に視線を送るも無視され、私は戸惑いながらも地面へ下りる。

 胸がどきどきと、脈打つ。こういう体験は初めてで、少し怖かった。しかも私にとって初めての外だ、緊張して顔が強張るのも仕方ないように思えた。


 

 正面玄関に並ぶのは奴隷商人に思えたが、イメージよりもかなり小奇麗というか、まあ私のイメージの酷さを抜きにしても、それなりの裕福さを感じさせた。それに売買する場所も上品な屋敷で、私のイメージとは全体的に異なっていた。

 この屋敷は前の世界の洋館そのままで、庭には白い石で造られた空色に輝く水を出す噴水、花も植えられ、ゆっくりと散歩でもしたいような気分になった。



 辺りを見た。うれしかった。やっとこの世界に踏み出せた。そんな感慨を持ちながら、突っ立っていると、なぜか父が私たちと別行動をするという話になっていた。

 

 私自身、父が露骨に女の奴隷を買っているところなど見たくないし、それは安心した。


 私は奴隷なんて買うつもりもなかった。

 人は買うものじゃない。この世界に来て、家庭教師からも色々なことを教わった。文化も、ある程度分かった。だけど私は完全にこの世界での価値観に染まれない。奴隷が当たり前じゃない世界を知っている。それに、私は昔の世界のほうが正しいような気がしてしまうのだ。世界に正しさもないというのに。



 



 奴隷を見るために屋敷を歩き始めてから、ずっとアンネははしゃいでいる。そういうものなのだと思う。

 私がどうこう言えるような問題でもない。


 首を振り、付いて行く。私たちを案内しているのも女の奴隷だ。猫に似た獣人だ。

 

 どう思っているのだろうか、純粋に疑問に思う。この人は自分の境遇に満足しているのだろうか。


 それは、彼女でなくては分からない。そして私が勝手に同情するのも大きなお世話なんだろうなと思った。



 アンネは奴隷が決まったらしく、テンションがやけに高い。

 一応私も奴隷を買うことになっているので、部屋を見て回っていた。全部見終わって、気に入った人はいなかった、などと言えば買わなくてすむだろう。


 奴隷の境遇なんて分からない。だけど、部屋を見て回るたび着飾っている姿を見ると、悲惨な気分になる。なるべく見ないようにした。中には見惚れてしまうような、美しい人も多くいたが。


 そんなのを見ていると、私の外見普通じゃないだろうか、とも思えてくる。

 


 




 この屋敷に来て、数時間たった時だった。

 ふと、案内されていないことに気づいたのだ。

 普通こういうところって、地下があるのではないだろうか。地下に奴隷は置いていないだろうし、そう思い女の奴隷に話しかけた。


「この下は、何ぃ?」

 しゃべるたびに、この喋り方に恥ずかしさを覚える。

 なるべくポーカーフェイスに。自身に言い聞かせる。


 女の奴隷はあからさまに肩を震わせた。まずいことを聞いたのだろうか、疑問に思う。


「何故……気づかれました?」


 硬い表情で聞いてくるので、まずいことを聞いたんだなと直感した。露骨に言わなくてもまずいのなら、誤魔化してくれれば良いのに。『下? どこのことです』なんて言って。

 興味本位で質問したことに、予想外の反応をされ私はどう答えようか迷った。 

 屋敷には地下がある、という意識で質問しただけだ。


 この世界では、もしかしたら隠し金庫などがありバレたらまずいものがあったりするのだろうか。


「聞いてみただけ」

 こんなものだろう。私なりに、『気まぐれで聞いた質問に興味が失せた子供』を演じたつもりだ。

 何度も言うが『つもり』だ。仕方ない、私は文化祭などの劇で配役されたことは一度もないのだ。

 しかし、私の演技は無駄になったようで、


「地下へご案内します」

 猫の獣人は、硬い表情のままそう言った。


 

 


 

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