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リズベルト・シンソフィーの冒険  作者: 阿江
第1章 リヘルトという少年
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ロニィの見解



「次のお客様はシンソフィー様ですね」

 奴隷商の言葉にロニィは頷く。「はい」と答えれば、奴隷商は満足したようだ。


 ルーン・シンソフィー、ロニィは叩き込まれた情報を思い起こす。


 シンソフィー商会は先代までは中堅所という風であったが、数奇者として有名なルーン・シンソフィーが当代になってからは、珍しい発明品などを多く売っている。年若く成功した妬みもあったが、意外と商人の中で可愛がられている。


 個人的に面白い人だからね、奴隷商はロニィにそう言った。王族との独自のパイプもあるようだ。

 ここに呼ばれたのも、商人としてではなく、この国の上層部とのつながりが強固だかららしい。



 そしてルーン・シンソフィーが黒毛の馬にひかれた馬車で現れたのは、朝の9時頃だった。他の商人二人と、一緒に来たらしく途端慌しくなった。

 格としては商人二人の方が高いので、まずはルーン・シンソフィーから迎えることになった。


 ロニィは屋敷の入り口に立っていた。横には奴隷商達が恭しく立っている。

 最初に出てきたのは、ルーン・シンソフィーだった。黒髪にぎょっとしたが、目も黒なので、ロニィはほっと息を付いた。


 年若い商人はどちらかといえばカジュアルな着こなしをしていた。奴隷を買う場面において、フォーマルは敬遠される。しかしこの『御茶会』において、ルーン・シンソフィーは若年なので、気を使い完全なカジュアルという風ではなかった。



 ルーン・シンソフィーは馬車から降りたあと振り返り、次に降りてくる人間に手を伸ばす。その様子を見て、ロニィは妻でも連れてきたのかと思った。

 その予測は外れ、出てきたのは幼い少女だった。

 淡いピンク色のドレスに身を包んだ金髪の少女は、幼いながら理知的な目をしていた。少し緊張した風だったが、手を借り、ふんわりと地面に降り立つ。

 ロニィは色々な幼い少女を見てきて、その少女を見てバランスがいい子だと思った。

 ルーン・シンソフィーの娘だろう。

 

 

 奴隷商が声を掛けようとしたが、まだ他にもいたようで、すぐにまたルーン・シンソフィーは馬車の方を向いた。

 ロニィは驚く。こういう場面において3人で来るなんてとても珍しいことだからだ。


 そして、次に出てきた少女は漆黒のドレスを身に纏っていた。ロニィは息が止まるかと思った。黒いドレスに赤い螺旋が、まがまがしく刺繍されている。

 くたり、と幼い少女が首を傾けた。真っ白なサラサラとした髪が、黒いドレスに掛かる。ロニィは顔を上げた。

 少女の目は、黒だった。

 夜闇のような目がじっと観察している。一瞬奴隷商の間でも沈黙が落ちた。そんな雰囲気の中、少女はストンと、地面に降り立った。


 その少女の顔は美しい、しかしそれは純粋な美ではなく、魅入られるような美しさだった。


 数々の美しい奴隷を見てきた奴隷商らが魅入られたのは美しさではなく、毒々しさだ、ロニィはなんとなくそう思った。


 そして爺がいたらこう言うのだろうと思った。「ああ、ロニィ女王様だよ」と。


 ルーン・シンソフィーのことが一瞬、ロニィには(かしず)く男のように見えた。

 

 女王様だ、ロニィは思い。動悸がした。

 王様と、女王様、その二つの言葉がロニィの頭で渦巻いていた。





 

 そうして、ロニィがぼんやりしていると、ルーン・シンソフィーと奴隷商との間で何か会話がされていた。

 

 奴隷商がロニィを呼ぶので行ってみると、どうやら娘と別行動がしたいという内容だったらしく、ロニィに娘二人の面倒を見て欲しいとのことだった。


「ご息女には一人だけ奴隷を買う許可をしているらしいので」

 奴隷商がロニィに耳打ちする。

 なるべく高額の奴隷に誘導するように、そう言われロニィは緊張しながら頷いた。





「うわ~!!」

 ピンク色のドレスを着た少女、アンネというらしい―――は先ほどからずっとはしゃいでいる。

 美しいものを見るのは、楽しい。またそれが『買い物』であれば、少女は誰しも興奮する。

 それが奴隷、というだけの差なのだ。


 ロニィはそんなお金持ちの少女の無邪気な傲慢に何も思わない。最近ではそれが傲慢だとも思わなくなってきている。持っているものが、それを行使して何が悪いというのか。


 しかし、後から付いてくる漆黒の少女はずっと無言だ。飾り付けられた部屋を回り、美しい少女や少年、それを見てもただじっと口を結んで無表情に淡々と付いてくる。


 ロニィはそれがなんだか嫌だった。なぜか分からないが、自分が浅ましく思えるのだ。

 

 奴隷を買うのも売るのも浅ましいなんて、考えたこともない。

 しかし、ロニィにとってその少女の対応は、そういう感情を芽生えさせるようなところがあった。世俗的なことが―――浅ましく思えてしまうような。

 


 ただ色々な場所を回ってみてもそうだったが奴隷のほうが彼女に視線をやる。

 露骨に。媚びる。


 金髪の美青年の流し目にも、まったく彼女は反応しなかった。

 それは一部の興味もない、そんな視線だった。


 一度一階で休憩を取り、また回り始めた。

 アンネは、ある程度買う奴隷を決めたらしく、落ち着きがなかった。


 ふっと、漆黒の少女が立ち止まった。

 

 ロニィはあからさま肩を揺らした。


「この下は、何ぃ?」

 少し舌ったらずなのは意外だったが、それよりも。


「何故……気づかれました?」

 出しゃばり過ぎな気がした。だが、それよりもロニィは気になったのだ。何故この下に『彼』が居ることに気づいたのか。

 

 この廊下の下には、ちょうど『彼』がいる。

 右側の扉を開き、その部屋の隠し扉を開けば地下に繋がっている。そしてちょうどこの場所、この下に牢が配置されている。

 特別なお客様にしか見せないようにするため隠されているのだ。


 蝋人形のように、白く細い首が傾けられる。


「聞いてみただけ」

 すっと、言葉に感情が乗せられる。先ほどの質問には何の感情も乗せられていなかった。しかし、今の言葉に少女の微かな苛立ちを、ロニィは感じ取った。


 ロニィは、少し緊張した。そして勇気を出して言った。


「地下へご案内します」

 と。








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