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リズベルト・シンソフィーの冒険  作者: 阿江
第2章 孤児院
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気持ち

 目を開けると、熱のせいか視界が霞んでいた。


 肌着はベッタリと汗に濡れている。


「リヘルト……」

 首を動かして探してみるけれど、どうやらいないようだった。ベッドに手を付いて立ち上がろうとする。

 とりあえず、着替えたい。


 熱は38度くらいあるかもしれない。ふらふらとおぼつかない足元で、壁を伝いながらクローゼットまで進む。


 ゴソゴソと探っていると、突然ドアが開いた。反射的に、その方向を向くと、一人の男が立っていた。

 30代半ばくらいだろうか。この世界は前の世界よりも一年が長い。そう考えると、もう少し年齢的には若いのかもしれない。


「お前が患者か」

 男は目つきが鋭すぎて医者には見えなかったが、台詞的には医者のようだ。

 

「さっさと、横になれよ」

 医者の感じ(・・)が久しぶりで、瞬きする。この世界に生まれてから、丁寧に扱われていたので、こんな物言いは久しぶりだった。

 嬉しかったのか自分でも良く分からないけれど、ただちょっと口元を緩めていた。それを医者は見たようだったが、何も言わず、めんどくさげに手持ちの鞄を広げていた。


 私が横になって待っていると、やってきていくつか質問しだした。それに答えてから、医者に言った。


「汗をかいたので、服を着替えたいのですが」

 医者は首を竦めて、「服を脱げ」と短く呟いた。

「汗くらい拭く。しんどいだろ、着替え手伝うぞ」

 身体の年齢的には別に恥ずかしくはなかったが、少し抵抗感のようなものはあった。ただ医者は無表情でさっさと私の服に手をかけ脱がし始めた。

 タオルで汗を拭いてもらう。改めて自分の身体を眺めると、肌は(なめ)されたように艶やかで、異常な程の白さだった。


 着替えて横になると、医者は私の額に手を置いた。冷たく気持ちよかった。


「ただの風邪だろう。食べるもの食べて、安静にしとけば、すぐに直る。……お前、免疫力なさそうだけどな」

 医者は鋭い目を細めて、笑った。意外な程、優しい笑いだった。


「ありがとうございます」

 頭を下げた。

 そして、どう切り出そうか迷った末、普通に尋ねることにした。


「治療費は?」

 医者はすぐに無表情に戻り、肩を竦めた。


「やっぱり、子供じゃないな。……あの優男が、丁寧にお前の扱い指示してきたよ。敬語使えって……、なんで5歳児に敬語なんだよ」

 医者は呆れたように溜息をついた。そのまま私を見る。視線から、私と優男――おそらくというか絶対クライだろう――を同じように見ていることが分かった。

 いつもなら、重苦しい気分になるだろうけが、今日は違った。

 

 医者の態度が普通に感じられたせいかもしれない。


「そうですね。5歳児に敬語なんて、使う必要はないです」

 言ってから、苦笑した。本当にそんな必要はない。敬われるような、そんな人間でもない。


「……そうか」

 医者は戸惑ったように、眉を寄せた。彼からすると私の反応は予想外だったことは、分かった。

 それを気にせず、苦笑したまま、ベッドに横になった。


「薬を置いておくから、朝晩、飯の後に飲め」

 部屋を出るときに声を掛けられる。返事をせずに目を瞑った。


 

 起きればクライがいた。

 どうやら食事を運んでくれているらしかった。

「リゾットなら、食べられますか」

 心配そうな顔だった。

 いつも、優雅、典雅、余裕そうな微笑みを貼り付けているクライにしては珍しい表情だ。


「ありがとう。大丈夫だから」

 擦れた声が出た。


「お礼なんて、言われる必要は全くないんです。大丈夫です。私がちゃんと治します」

 そう言って、安心させるように見つめてくる。


 黙ってクライを見つめた。

 何も言わないで、おこうか。

 たぶん彼はちゃんと心配してくれている。風邪如きで、本当に心配してくれているだろう。ただ、それとこれとはやっぱり違うことなのだろう。


 クライの言葉に何も感じなかったように無表情で呟いた。


「あの医者も王弟の手先なの」


 甲斐甲斐しく世話をしようとした手先が固まった。クライは「こういうとき、何も知らない振りしてくれるのが、リズ様の特徴だと思っていました」と言った。

 そういう部分はある。


 王弟の手先……それは気付く。私の存在を知られたくないのに、医者を呼んでくれたのだ。医者がどういう存在かぐらいは思い当たる。

 

 ふと、ある考えが浮かんだ。王弟は配慮してくれたのかもしれない。少なく済ましたいはずの、事情を知っている人間。それを医者にしてくれたのだ。


「彼は監視役ですよ」

「そう」

 頷く。医者、確かに色々な情報が入ってきそうだ。目を瞑っていると、声を掛けられる。


「なぜ分かったことを、言ったのですか。……私に対しての嫌味ですか」

 しつこい。無視しようかと思っていると、強く手を握られた。

 何故そんなことが気になるのだろう。

 

「言わない」

 私はそう言って、リゾットに手を伸ばす。ほのかに塩がきいていて美味しい。

 横目でクライを覗くと、珍しく自嘲的に口を歪めた。

 少し沈黙がおり、


「リゾットは私がリズ様に食べさせて差し上げようと思っていたんですが」

 と言われる。クライは目線を落としている。


「……少なくとも嫌味ではないけど」

 今日のクライはおかしい。こんな踏み込むような『嫌味』を言う男ではない。冷静で、表面を取り繕っている。私がクライを信頼していないことも自覚しているだろう。いつもは信頼とかそいうものがないこと、意識して、かわそうとする。 

 何かあったの、そう聞こうとした。だけど彼の態度は、何かあったから、というような態度だとは何故か思えなかった。少しの感情の発露。いつもそれを見せないから、戸惑うだけ、そんな風に思えた。


 それにこの台詞をいうのはお門違いに思えた。何かあったの、この発言を言うのは恥ずかしかった。


「……貴方は自分が信じていることを続ければいい」

 彼の行為を肯定する言葉ではなかった。たぶん向こうもそれが分かると思って言った。

 自分が信じていることを続ければいい。

 他人事、他所事、大抵の人が適当に励ますときに使う。

 

 内心自分でも下手くそだと思う。

 本当に、距離感のはかり方がへたくそ。だけど今回はちゃんと、しなくてはいけない。

 


 数日後、もう一度医者が訪ねてきた。具合を聞かれ、熱が下がったのでそれを伝えた。

 医者からは花の匂いがした。

「あまり部屋に篭りすぎるのは良くない。孤児院の庭とかでもいいから出とけよ」

 医者も知っているから、孤児院の庭を勧める。そこまでなら出てもいいらしい。

 

 それなら偶にクライの様子を見て、出よう。

 窓から外を見ると、小さな子供が楽しげに遊んでいるのだ。よく分からないが遊具もあって、それが楽しそうだった。竹馬とか、そんな感じのもので、子供の身体なので白い目では見られないだろう。昔、郷土資料館のようなところで、昔の遊びをするコーナーがあった。気恥ずかしくて、そこには入れなかった。


「そうします」

 私はベッドから立ち上がり、机に向かった。クライがどこからか持ってくる本で埋め尽くされている。

 中の一冊の本を取り出して、パラパラ捲り、白い封筒を取り出す。

 動悸を抑えようと、深く息を吐く。


 医者に向き直り、淡々と聞こえるように言った。


「私に雇われて欲しい」



 報酬として、宝石の中から一つを取り出した。医者は釣りあがった目元を細めた。

蝋緑破片(ろうりょくはへん)か」

 そんな名前だった。この宝石の価値は覚えているけれど、それ以外は忘れてしまった。随分前に父に一度説明してもらっただけなのだ。金銭価値にしては酷く安いらしい。破片という名前から分かるとおり、違う宝石をとるための削り残し。

「水みたいじゃねえか。それに、これは……」

 破片の中に、何かの成分の結晶なのか、金色の破片が浮いている。それを光に照らすと、水の中に美しく金色が瞬いているように見える。

 純粋に美しいと思う。もし、前世でこういうような宝石が手に入るようだったら、私は魅せられたかもしれない。

 水。無色透明さを深く隠し持った色。


「こういうものを、受け取ると、やましい気分になるな」

 医者はいやそうに、顔を歪めた。

 

 頼んだのは、手紙を届けてもらうことだ。内容も確認してもらってもいいと言った。最初は渋っていたが、受けてくれた。

 もしかしたら、手紙は彼の家で破り捨てられるかもしれない。届けられないかもしれないけれど、それでもいい。


「……宝石は気持ちですから」

 私は他の宝石を手に取りながら、呟いた。



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