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リズベルト・シンソフィーの冒険  作者: 阿江
第2章 孤児院
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クライ

 次の朝、早くに目覚めたので、着替えて本を読んでいた。

 落ち着かない。慣れない部屋に自然と疲れが溜まる。

 あまり本に集中できず、私は部屋の窓に掛かっているカーテンを引いて、外を眺めた。


 まだ少し外は暗い。薄っすらとした青に見える早朝の空気に目を細めた。窓からは孤児院の庭が見える。恐らく裏庭だろう。見たこともない農具らしきものが置かれていた。


 ぼんやりと外を見ていれば、ノックする音が聞こえた。

 院長だろうか。それにしては早い。それなら、と当たって欲しくない予想を立て、簡単に許可を与えると、やはり入ってきたのはクライだった。

 

「おはようございます、リズ様」

 たぶんクライは随分前から起きていたのだろう。なんとなく、予想を立て、私は何も言わなかった。


「昨日、リズ様が就床されてから、私の方からシー様、院長からお話させて頂きました」

 クライは私の背後まで来て、そこから語りだす。


「お食事のお世話は私が、その他の部屋の掃除、衣服のお世話はリズ様の奴隷が、させて頂くことになりました。また何か孤児院のことで問題があれば私にお申し付けください」

 

「食事の世話?」


「ええ。

 恐らく……ここでのお食事はリズ様の口にはお合いしないかと。そのことは私が何とか致します。それにリズ様がわざわざ孤児院の食堂に行かれるのも煩わしいと思いまして、食事は私がこの部屋まで運びます」


「へぇ」

 私は静かにそう返し、ジッと前方を見た。そう予想していなかった展開ではない。

 ああ、だけど本当に、酷い。

 孤児院内から出るのは避けなければいけない……。リヘルトを連れて出るときに、了解したことだ。別にそれくらい我慢してもいい。

 だけど、部屋から出るのも制限されるのか。

 

「クライ……。貴方は酷いことをする」

 ポツリと吐き出す。広い部屋に私の声は淡々と響いた。


「……申し訳ありません。ただ信じていただきたい。これは裏切りではありません。リズ様の為に、私も嫌ですが飲んでいることです」

 そうして彼は静かな微笑をたたえる。一言、やはり、気付かれますね。と柔らかく言葉が紡がれた。

 クライの言葉が耳に入って、心の中で首を振った。違う、そんなことを言っているわけではないのだ。

 

 移動中、考えていた。何故この男は私に付いてきてくれているのだろうかと。

 結局、仮説として生まれたのはクライは王弟に雇われているということだけだ。

 そしてどういう理由で雇われているのか考えた。監視役かとも思ったが、たぶん違う。

 

 そして今のクライの言葉で分かった。彼は制限役。私をこの部屋に閉じ込め、行動を制限させる役割を持っている。

 人当たりがいいよさそうな外見だ。上手く色々なことを調節してくれるだろう。


「説明して」

 私の冷え冷えとした一言が響く。彼が先ほど謝ったのは、彼の本当の雇用主が王弟だからだ。そのことを裏切りだと思われたくなくて、弁解してきた。

 別にいいのだ。騙されていようが。だけど、彼はきっと私を軟禁することに罪悪感を持っていない。そういうことなのだろう。たぶん。私はそんなことに傷ついた。


「リズ様……。貴女様の生活の為にいくらか孤児院には支払いがなされています。ですが、孤児院の人間に貴女様の生活の面倒など見られるわけがありません。生活の格が違います。ですから、私は殿下の要望を受けました。殿下はそういう役割を私が果たすと、いくらかの支払いをしてくれると約束しました。その分で、貴女様の生活を私が支えましょう」

 

 続けて彼が説明することには、私への支払いは孤児院でいくらか使うように院長に言ったらしい。

 主人から、御金のことは任されておりますから、と。流石に孤児院まで連れてくる従者のことだからと、院長は信じたのだろう。主人の金を使うような従者など連れてこないだろうと。

 そして彼は、孤児院での発言権を得たし、信頼も得た。


 そうして私は従者に生活を支えられる人間になったわけだ。

 彼が自信満々に言うわけだ。きっとリズ様の役に立つと。


「貴方は私に、部屋から出るなと言ってるの?」

 リヘルトに頼めば、すぐにこんな部屋から出られる。孤児院からも出られるだろう。そこからが無理だという話だ。


「いえ頼んでいるのです。もし貴女様がこの部屋から出て、孤児院の外を歩き、それをどこかにいる監視役に見られ、殿下からの支払いがなくなったとしても、それからの貴女様の生活を何とかしましょう。決して。ですから、懇願なのです。

 私の手の内に、居ていただけないでしょうか。

 決して不快な思いはさせません」


 自分本位な意見だとは思った。何故こんな回りくどいまねをするのか、理解できない。

 私に不快な思いをさせない――。一番不快なのはこんな風にされることだ。

 

 窓から見る自分の顔は、日本でよくした表情にそっくりだった。

 

 瞳に諦観を乗せ、諦めたように薄い笑いを貼り付けている。

 

 クライ、この男の立場も甘いものではない。私の制限役としての役割を果たさなければ、何かしらのペナルティがあるだろう。


「貴方が役目を果たさなければ?」

 

 クライは思い出すように、ゆるりと目を細めた。


「『私がリズ様の行動を制限出来るとお思いなのですか』、殿下にその依頼を受けたときに、私は問いました。殿下はのんびりとお答えになり、『とりあえず全力を尽くして。それからすぐに君の役目を彼女は悟るだろうから。そのとき君はせいぜい、命でも使って、情けを請うといい。もしそれでも、リズちゃんが自由に行動して、死ぬとしても、君は本望だろう』と言われました」

 

 役目を果たさなければクライは殺されるらしい。半分可笑しさを感じながら、目を閉じた。

 何故そこまで、クライが私に抱く思いが推察できない。王弟からすれば行動を制限すると言うのも保険のようなものだろう。クライも勿論そんなことは分かっている。


 何故、この男は『ある意味』私の為に行動してくれるのだろう。不可解で、理解も出来ない。

 

 だけど仕方ない。この話が嘘かもしれないが、それでも仕方ない。耐えよう。どうもこうもいかなくなれば、それはその時に考えよう。


 だから、もう一度軟禁でもされよう。



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