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付加価値


「誰とは? そんなものは限定するものではないでしょう」


「私のは受け取らなかった」

 イーザムはそんな訳でもないのに、贈り物を受け取ってもらえなかったことを自分が拗ねているように思えた。


「ああ、それは――。

 私は自分が大切に出来ないものは受け取らないんですよ」

 ルジ茶を飲み、軽くいわれた言葉に護衛たちは、怒りで目の前を真っ赤にした。護衛たちは王族のためだけに生き、鍛えられた者たちだ。今の台詞はあきらかに侮辱だった。至高の君に頂いたものを『大切』に出来ない。護衛たちにすればそんなこと考えられない。

 頭がおかしいんじゃないか。護衛たちは怒鳴りそうになり、そしてすぐさまその怒りは、背筋を這う冷たさに変わった。

 真っ黒な瞳に、色という色が抜けきった肌、髪。妖しい容貌だが、幼児如きに圧される護衛ではない。しかし、その幼児がそこらの路傍の石でも見るような視線を向け、彼らは黙ってしまったのだ。

 ミサはその異常ともいえる状況に、まったく関与していない風に見せていた。しかし彼女もまた背筋に冷たい汗を流していた。


 ふと不快気に幼女が口を歪めた。


 それから思い立つように、冊子に手を伸ばした。伏せられた目から感情は読み取れない。

 

 そのとき、イーザムの頭には使用人の言葉が浮かんだ。『話してみては』。


 イーザムは醒めた瞳に温かみを乗せて尋ねた。


「何故、大切にできないと?」


「――贈り物なんて本当はどうでもいいんです。だから付加価値に重きを置いてしまうんです」


「付加価値?」


 問いに、静かにリズは頷く。


「殿下もよく分かると思います」

 イーザムは考え、すぐに付加価値に思い当たった。彼はいつもそれを感じているからだ。

 そして自分の浅慮さを嫌悪した。久々の自分のあきらかな間違いに、気分すら悪くなる。


 遠まわしに言ったのも配慮なのだろうと気付いて、リズに対して訳の分からない罪悪感が沸いた。


「申し訳なかった。欠けていた」

 主語を省いたそれに、リズは首を振った。イーザムは改めて、幼女のどこか歪みながらも美しい価値観を感じた。歪み、その考えが気持ち悪さすら抱かせるが、それでもこの少女の中では美しい一本の線として考えがあるのだ。


「いえ、もし次に贈ってくださるものがあり、それがあれば、私はそれだけでそれを大切にしましょう」


 イーザムは頷いた。彼は初めて人と感性があったと感じていた。

 リズが言う付加価値とは贈り物に籠められた配慮や、悩んだ時間、そして思いの深さなのだろうと気付いたからだ。今からリズは辺境まで送られる。そんなときにかさばる物を贈るべきではなかったし、また自分の興味などで贈り物を選ぶべきではなかった。

 イーザムは王になる人間の弟として生まれた。数多の贈り物と言われる贈り物を貰った。中には全財産賭したようなものさえあった。そう今更、今更イーザムは何を貰ったところで嬉しくもなんともないのだ。そして彼女も『何もいらない』という点で自分と同様だと気付いた。

 しかし思いは別だ。イーザムは数々の贈り物より、ミサが彼に送った手紙の方を大切にしていた。


 贈り物を大切にする必要なんてないのだ。それはリズも分かっている。リズは配慮が欲しいから言ったわけではなく、ただこちらへの礼儀として言ったのだ。次に配慮に欠けたものを渡したところで、おそらく何も言わないだろう。それが埃をかぶり、使われないまま放置されるだけだ。


「次からはそうするよ、また贈り物をきっと」


 幼女に対して、想いを込めた贈り物をする必要はない。ただイーザムはそうしようと思ったし。

 リズは全てを飲み込むように、ふふっと笑った。



 しばらく沈黙が続き、イーザムが言った。


「リズちゃんは、リヘルト君だけ連れて行くのかい?」

 イーザムははっきり言えば、目の前の幼女に対する敵意や反感、気味の悪さなどというものは少し薄れていた。

 話し合いで人間を理解することなんて出来ないと否定していたが、彼はリズの内面に触れ、ある程度の理解を得たように思えたのだ。理解したひとつの内容として、リズがあまりこちらに対して反感や敵意など持っていないことをイーザムは事実として認識した。


「リヘルト一人で充分です」

 老婆のような諦観した雰囲気を出し、リズはかみ締めるように言った。

 何が充分なのだろう、とイーザムは疑問に思ったが、リズの幼い外見に似合わない老婆然とした雰囲気は不釣合いではなく、人の視線を集めるような独特の何かがあった。


「そうか、じゃあ無理だね」

 イーザムは(うしろ)に立つ使用人の感情に思いを馳せつつ、軽く断じた。


 リズは興味もないのか、表情一つ動かさずルジ茶を飲んでいる。

 

 二人は無言のままルジ茶を飲みつつ、ある意味二人だけの異質な空間を作っていた。

 今までやりとりを見守っていたミサは口を開きかけ、言うことが思いつかず口を閉じた。


「それでは、もうそろそろ時間ですので」

 音を立てずに受け皿にカップを置き、リズは椅子から立ち上がった。ミサや護衛たちはハッとしたようにイーザムに視線を向けた。彼は頷いて、すぐに立ち上がった。


「出発の慌ただしい時間に、邪魔をして申し訳なかったね。貴女の今後が人生をつくる糧になるよう願っているよ」

 その言葉に何も言わず、リズは無表情に礼をした。



 部屋を出てから、イーザムは物思いに耽るような表情でポツリと呟いた。


「一言くらい言われると思ったんだけどな」

 聞き逃さずミサはイーザムに視線を向けた。

「何?」


「ミサは気にならなかったの? 彼女、一言も孤児院のことを聞かなかったし、問い詰めもしなかった」

 

「それは……」

 言葉を続けようとして、途切れた。イーザムが言ったことは、あまり考えなかったことだった。その場その場の処理に忙しく、あまり考えなかったこと――自分は小さな子供を生家から追い出した、という事実。

 孤独とかを気にするようなタマじゃない。

 真っ黒な瞳の幼女の無表情を思い出し、ミサは首を振った。


「どっちにしろ自業自得だと思うわ」

 にべもない返事に、そこまで同情してるわけでもないのか――イーザムは薄く笑った。


「それもそうだね。さて、君の使用人の事はどうする?」

 二人の視線は同時に、一人の使用人へ向かった。使用人は酷い無表情で、深く考え込んでいる。

 ミサは肩を竦めた。使用人の『あれ』に対する執着が理解できず、その執着を否定するほどの気力もなかった。こういう輩とまともに『話す』のは無意味だ、と自分の父が言っていたのを思い出し、ミサは投げやりに声を掛けた。


「売り込んできたら?」

 唐突な言葉に、使用人が顔を上げた。イーザムもミサの方を向く。


「自分で本人に頼んできたら? お父様には貴方を有効活用するように言われたけど、その様子だったら、あっさり寝返るでしょ。もういいから、本人に頼んだら。まだ時間あるでしょ?」

 最後の部分はイーザムに尋ねた。軽く微笑んで「少しならいいよ」とイーザムが答える。二人の善意と言うより、諦めに使用人は素早く頭を下げ、礼を言うこともなく素早く目的地へ向かった。


「どう思う?」


「さあ」


 二人は肩を竦めた。






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