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提案


「これっ、どういうことなの!?」


 王国文問院の拠点、王城から西に離れた西文官所で悲鳴が上がった。

 悲鳴を上げた主は、美しい黒髪の女。黒々とした艶やかな髪が高く結われている。彼女は西文官所の東向きの一室を空けた途端、その言葉を叫んだ。


 執務室らしき部屋でくすんだ金髪の男――王弟イーザムが、木製の盤を真剣に覗き込んでいる。


「ちょっと待ってくれないかな、今忙しいんだよ」


 透明な硝子で出来た駒を手で弄りながら、小刻みに首を振っている。

 

 黒髪の美女は――ミサは彼の言葉に目を見開いて、何かを言おうと口を開きかけた。彼女の目じりは釣りあがっている。


「――お嬢様。落ち着かれてください」


 ミサが入ってきたドアから、美しい栗毛の使用人が入ってくる。彼は先日、ミサとイーザムが参加した『花屋敷』という奴隷の商品会で買われた人間だ。貴族の使用人が着る、高級ではないものの、縫製がキチンとした服を着ている。というのも奴隷でありながら、深い教養を持っていたためミサの父が奴隷の身分から解放したのだ。奴隷だった身分にもかかわらず、なんともいえない上品さが漂っていた。

 ただ、顔に張り付くように浮かべられている優しげな微笑は、寒々しさを感じさせる。

 

 ミサは一瞥もくれなかったが、使用人の乱入に、木盤に見入っていた男は顔を上げた。


「……どうしたの? 騒ぎすぎだよ。こっちにだって体裁は在るんだ」


 イーザムは軽く眉を寄せた。西文官所では王国文問院の職員の他にも、多くの文官がいる。そのためイーザムはあまり騒がしくしたくなかった。

 

「はっ、騒ぎすぎ!? 偉そうなこと言わないで欲しいわ!」

 ミサは言った後、唇を少し噛み、一度深呼吸した。


「はぁ…………ごめんなさい。少し興奮しすぎたみたい」

 顔に手を当てて軽く首を振る。ミサの結われた髪は少し解れ、一房額から垂れた。イーザムは黙ってその様子を眺め続けた。


「――孤児院のことだね」

 ミサの様子が落ち着いたのを見計らって、イーザムは端的に言った。


「ええ、そうよ。……イーザム、あれはどういうことなの?」

 声は比較的落ち着いている、イーザムはそう思った。ただそれがいつ爆発するか分からないため、彼はいつもより慎重に話を切り出した。


「ミサ、君にしか頼めなかったんだよ。悪いと思ってる。だけどミサなら協力してくれるだろう?」


「っ……、協力とかっそういう話じゃないでしょ……。 イーザム、分かってるわよね」

 ミサは低く言った。問いただすような言葉にイーザムは首を傾げた。そしてミサの後に我関せずと立つ使用人に一瞬だけ視線を当て、言った。


「ミサ、そうだ。確かに協力じゃない。私はミサを利用してる」

 淡々とした表情のイーザムに、ミサは黙って頷いた。『協力』という言葉で逃げられるのも、そして、『都合』よく利用されるのも、ミサは許せなかった。ただ、二人の関係――ミサがイーザムに知っていながら、利用させている。それなら黙って頷くことができる。


「それで? どういう経緯(いきさつ)があったの?」


「それほど複雑じゃないんだけどね」


 一応、と前置きしてからイーザムは話し出した。


「ルーンが、あの末の娘のせいで言動がおかしくなっていた。それは色々と周りも気付いていた。ただね、ルーンはたぶん周りに何と言われても、あの子のことを手放さないというのも分かっていた」

 

 イーザムは硝子の駒を弄った。


「だから、無理やり離そうと思ったんだ」


 もう一度、イーザムは栗毛の使用人に顔を向けた。その全く変わらない『微笑』を見て、イーザムはハッキリと言った。


「ルーンは必要だからね、『改革』に」


 『改革』という不穏な言葉を聞いて、少しだけ驚いた表情を使用人は浮かべた。しかし顔に浮かんだ細波(さざなみ)はすぐに掻き消えた。 

 使用人の顔を見て、言い触らすことはないな、イーザムは判断し、ミサに顔を向けた。


「まあ正確に言えばルーンの妻が交渉してきて、その計画に乗ったんだ。彼女曰く、『娘に、家を出て行くように自分が言うから、殿下は魅了が届かないくらいの遠き地を用意してください』ってね」


「それで、『遠き地』で貴方が思いついたのが私の孤児院と……そういうことなの?」


「そうなるね。正確に言えば、私の管轄の遠き地という条件、後吸血鬼(ヴァンピルア)の行動をある程度監視、対処できると言う条件があった。彼女は手放さないだろうからね」

 イーザムはゆっくり言ってから、ミサの考えに思いを巡らした。

 

 ミサ・シーフェニア。彼女は王国でも有名な貴族の一人娘だ。そして最も有名な慈善貴族と言われている。いくつもの孤児院を管理し、貧しい者に対しての寄付を募る。影では『世間知らず』や『盲目(むち)』などと言われている。しかし実際は違う。彼女はもっと現実的だ。孤児院の運営も、人材育成の意味でなされている。しかしただひとつの孤児院だけ、そんなものを省いている。心のよりどころであり、癒し。


「分かった、いいわ。私の孤児院のひとつに、彼女――リズを入れることは良いわ。だけどヘニファ辺境孤児院だけは駄目よ」


「はあ。ミサ、そこ以外にどこに入れることが出来る? あそこは最適だよ、彼女を押し込めるのに。

 他の孤児院では『改革』に必要な人材を育てている。あそこなら彼女は何にも関与することは出来ないし、何にも気付くことはない。

 私は訳の分からないものに引っ掻き回されるのはごめんなんだ」


「分かるわ! でもあそこにはアリスがいるのよ」

 ミサの頭に一人の少女の姿が思い浮かんだ。

 恥ずかしげに俯く優しい少女。真っ白な肌に、光輝く――まるで天から祝福を受けたような美しい銀髪。その瞳は真っ青などこまでも広がっていくような蒼の瞳。本当に整った――一歩間違えば『人形めいた』と喩えてもいいような美しさは、いつも恥ずかしげにはにかんでいる表情で柔らかさへ変えられている。顔の美醜ではない。彼女は心から純粋なのだ。透き通った水のように。


 だから、とミサは唇を噛む。


 もしあの真っ黒な、繋がっている場所が全て暗黒とでもいえる様な幼女に会い、アリスの一部でも飲み込んでしまうのは、嫌だった。


 『あれ』と会うと、どこかが病んでしまう。ミサはそれを確信していた。


「お願いよ。アリスだけは幸せになるべきなのよ」

 彼女は他の孤児も、勿論愛している。自分の力が及ぶなら、全員幸せにしたいと思っている。


 だけど無理だ。孤児を利用し、そうしていつか孤児が笑って暮らせる国を目指すしかない。


 でもアリスは……。ミサは自らの自分勝手さに、俯いた。


「ミサ……」

 少しだけイーザムの胸が痛んだ。


「発言してもよろしいでしょうか」


 そのとき使用人が柔らかな声で尋ねた。普通なら、王弟に向かって使用人が口を開くのは許されない。しかしイーザムは気にすることなく、許可を与えた。


「お嬢様と、イーザム殿下が気にされている女児ですが、一度話してみてはいかがですか?」

 当たり前のような口調で使用人は言った。その突然で、当たり前と言えば当たり前の意見に二人は顔を見合わせた。


「話す、何をよ」

 ミサが怪訝そうに尋ねた。

 使用人は丁寧に答える。

「話すと言うよりも、一度お二方のご『都合』をお話されてはいかがですか? 女児も話が通じない方ではないと思いますが、私があった限りでは」


 そう言えば、この使用人もリズという幼女に会ったことがあった。ミサは使用人が暗に言おうとしていることに気づいた。

 

 使用人は『あれ』に『協力』を願い出ろと言っているのだ。

 




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