育児放棄と父
真っ白なレースが私の周りを囲っている。私は今、憧れの天蓋つきベットで目が覚めた。
そして、はあ~と深いため息をつく。
昨日、最悪の事態が明らかになった。
私はどうやら軟禁されているようだ。
理由は獣人メイドの独り言を聞いて知った。
最初、ここは文明の遅れた『地球』というのを想像していた。それは獣人とかはいたが、それは置いておいて。
しかし、これは私でも気絶しかけたが、この世界にはどうやら『魔法』があるようなのだ。
地球にあるような魔法のような科学ではなくて、正真正銘の不思議がこの世界にはたくさんある。
いくつあるかさえ分からない大陸、そこにひしめき合う少数民族や独特の風習を持つ王国。数々の歴史遺産。海には幻の宝石大陸があるとされ、海賊によって作られた人口島があると囁かれる。空中都市もあるらしい、実際に。この世界はかなりのものがごった煮にされている。
そして、この世界―――バリアと呼ばれている―――では魔法というのは結構な重点を置かれる。
元の世界に置いてでの、女性秘書の外見程度には重視される。
魔法のはいくつか種類があって、5行。火と水と風と土、番外で時間というのがある。まあ、まれに、他の系統が使える人間も出るらしい。
そして、普通の人間は一種類の系統しか使えない。数千人に一人程度2種類3種類使える人間がいる。
私は水、中々使い勝手がいいらしい、と土、う~ん微妙? な感じの2系統が使えた。
そして魔法というのは『遺伝』する。言ってしまえば、水が使える人間から水が使える人間が生まれやすく、2系統使える人間からは、2系統使える人間が生まれやすい。
薄々嫌な感じが掴めて来たと思う。私はおそらく将来貴族の貢物にされる。中々の大商人の娘で、外見もまあまあ、それに加えて2系統の魔法が使える。これはかなりの好条件だ。
私は半年立っても一歩も外に行かせてもらえていない。
これからどうなるんだろう。産まれて半年で色々と思い悩む。そしていつも通り、獣人メイドの犬耳を触って癒されるのだ。
鼻歌が聞こえる。
「ふーんふーんふっ、ふーふ!!」
まるで音楽になっていない、『鼻歌』を奏でているのは、獣人メイドのイブだ。
くるくると部屋の中央でステップを踊っている。そのたびに肩についている飴色の後髪が揺れる。頬骨から顎にかけて、カールした髪の毛が取り巻いている。
動きが止まる。クルリとその場で回って、物凄い勢いで部屋の中央から、私の寝ている天蓋つきのベッドまで来て、私に顔を近づけた。
「リズ様!! どうでした!? 巧くなってましたよね? イブの華麗なステップ!!」
満面の笑みを浮かべるイブを哀れに思いながらも、曖昧に頷く。
「良い子」
そう言って、耳を撫でる。じっと琥珀色の瞳を見つめる。深く澱んだ瞳。それが嬉しげに細められた。
「そうですよね!! リズ様に喜んでもらうために、庭で朝まで練習してますからね!」
うんうんと可愛く微笑むイブ。薄っすらと笑んだ唇は薄く、綺麗なピンク色をしている。睫は飴色で光にあたるたび、薄く透き通る。言動に反比例するように、お淑やかという言葉が似合う子だ。
この子は昨日、本当に仕事が終わってから朝まで踊りを練習していたのだろう。ため息をつきたいなどと思いながら、じっくりその少女を眺めて目を逸らした。
前世でこういうのは飽き飽きした。
私は『ちょっと照れ屋だけど、明るくて優しい健気な子』を目指すつもりだ。前世ではどうも宗教の教祖という役柄だったから。
色々思うこともあるのだ。
私の部屋は、幼少のころ女の子が憧れる部屋そのままだ。
ピンクと白に統一された室内。ふわりとした毛皮が使われた絨毯に、洒落たソファー、ソファーの上には数々のクッションと縫いぐるみが所狭しと並べられ、余ったものは部屋中に置かれている。
等身大の西洋人形。小さな化粧台。可愛らしいクローゼット。
部屋の内装に何かを思ったりはしないつもりだったが、流石にきつい。
半年間もずっとこの部屋で暮らしている。
イブ以外にはほとんど来ないし、この部屋がどこにあるのかさえ分からない。
『いい条件』、付けてくれるはずじゃなかったのだろうか。
そんな悶々とした日々が変わったのは、父が突然私のメルヘンチックな部屋に訪れたことからだった。
エレビア王国商人連合『ルートレー』、第二級加盟商会『シンソフィー商会』5代目最高責任者ルーン・シンソフィー。
イブ曰くこれが私の父の主な肩書きらしい。
彼は私の部屋に入り、しばらく部屋を観察したあとで、「ずいぶんな部屋だな」と感慨なさそうに呟いた。
「リズ、気に入ったか」
甘やかす口調でもなく、まるで世間話でもするような雰囲気のまま、私に話しかけた。
それはどう見ても、生後半年の娘に対する口調ではない。
私がコクリと頷くと、少しだけ驚いたように目を見開いた。
「もう言葉が分かるのか。いや、使用人どもが騒いでいたからな。お前がまったく夜鳴きもせず、このメイドの世話だけで何とかなっていると」
じっくり私を観察する。父の黒髪が郷愁を誘う。
「似てないな。あいつ浮気でもしたか」
くつりと悪趣味に笑う父。そのまま、絨毯を上等な革靴で踏みしめて、私の頬にキスをした。
「なんだかお前可愛いな」
気安い口調で言われ、私は眉を寄せる。父の手が頬を撫でる。
私から見て、父は明らかに変人だ。しかし、どことなく好意を覚えた。この人、良い人だ。
「ぉ父さん」
上手く発音できない。しかし私の口からはそんな言葉が漏れでた。
私の家族は前世での両親と桜だけだ。それは絶対に変わらない。だけど、この人のことをすんなり『父』と呼べる自分がいた。
家族は私にとって決して安い存在ではない。だから自分の行動に動揺した。
こんな風に簡単に、向こうの存在をこちらの存在で置き換えるなんて。
「なあ、リズ。お前暇じゃないか」
暇、現状に最も似合う言葉はそれ以外ないのでは。
コクリと頷くと、父は骨ばった指を顎に添えた。
「家庭教師でも呼ぶか」
独り言のような口調だった。私はそれに軽く目を開いた。
えっいいの? 明らかに外との関わりを断ち切られているように感じていたのに。
「少し早いか」
ふうとため息をついて、私の寝ていたベッドに腰を降ろす。
ベッドの軋んだ音を聞きながら、私は心の中で何度も頷いた。
ぺらぺらと流暢に話すのは憚られたので、私は精一杯プライドの許す限りの子供っぽい声を出した。
「やるぅ」
そんな私の精一杯の言葉に父は鋭い目を細めて、「そうか」と柔らかく頷いた。
その後ろで、イブは驚いた表情のままで石像の様に固まっている。私と目があったと認識すると、クシャリと顔を歪めた。
父が「じゃあ、10日ほど待て、それまでに良いやつを探しとく」と言い、部屋を出て行くと、イブはにらむようにこちらを見た。
「私がいるのに私がいるのに私がいるのに」
ぶつぶつと呟き続けるイブに辟易しながら、私はため息を吐いた。
「うるさいよ」
そう言うと、イブは黙り込む。前世での友人にそっくりな態度に私は心から呆れながら、手招きした。
隠そうとしているが、隠しきれていない喜色を浮かべて近づいてくる。
私が手を伸ばすと、イブはベッドの中に入り、私を抱きかかえる。
「大丈夫、イブのことは捨てないよ。イブは大切だから」
犬耳を撫でる。骨に添うように撫でる。耳の中に手を入れる柔らかい、肉球のような感触がある。
「でもっ、イブ以外にもお話とかしたら、イブのこと以外知っちゃったら捨てちゃうかもっ」
優しく見えるように微笑んで首を振る。
「私はイブ以外のことも知ってる。その上で構っているんだから」
うっうう、そう言って私を力の限り抱きしめてくる。
いっ痛いから。
「あい、ありっがとうございまじゅ」
ぼろぼろと涙を流しながらお礼を言うイブ。
「リズ様ぁ、うっう」
彼女を放って置かないのには理由がある。私は面倒見がいいほうではないから、鬱陶しかったら早々にお別れだ。まあ私がいなくてもなんとかなるだろうと。
ただ、この子はあまりにも可哀相で。
周りからこの子はひどい苛めにあっている。それに、普段の会話からイブが普通の常識を弁えていることを知った。そうなると、ちゃんとした頭を持っているくせに、こんなに頭がおかしいというのが恣意的だ。『後天的なのかもしれない』、そう思うと構ってしまう。
「大丈夫」
そうやってイブの頭を撫でながら、決局私は変われないのではないかと、少しだけ不安になった。
まあうん。大丈夫。
さすがに死んでも変われないって言うのは、あれだから。