表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リズベルト・シンソフィーの冒険  作者: 阿江
第1章 リヘルトという少年
3/63

育児放棄と父

 


 真っ白なレースが私の周りを囲っている。私は今、憧れの天蓋つきベットで目が覚めた。

 そして、はあ~と深いため息をつく。

 

 昨日、最悪の事態が明らかになった。


 私はどうやら軟禁されているようだ。

 

 理由は獣人メイドの独り言を聞いて知った。

 

 最初、ここは文明の遅れた『地球』というのを想像していた。それは獣人とかはいたが、それは置いておいて。


 しかし、これは私でも気絶しかけたが、この世界にはどうやら『魔法』があるようなのだ。


 地球にあるような魔法のような科学ではなくて、正真正銘の不思議がこの世界にはたくさんある。


 いくつあるかさえ分からない大陸、そこにひしめき合う少数民族や独特の風習を持つ王国。数々の歴史遺産。海には幻の宝石大陸があるとされ、海賊によって作られた人口島があると囁かれる。空中都市もあるらしい、実際に。この世界はかなりのものがごった煮にされている。


 そして、この世界―――バリアと呼ばれている―――では魔法というのは結構な重点を置かれる。

 元の世界に置いてでの、女性秘書の外見程度には重視される。


 魔法のはいくつか種類があって、5行。火と水と風と土、番外で時間というのがある。まあ、まれに、他の系統が使える人間も出るらしい。

 そして、普通の人間は一種類の系統しか使えない。数千人に一人程度2種類3種類使える人間がいる。


 私は水、中々使い勝手がいいらしい、と土、う~ん微妙? な感じの2系統が使えた。

 そして魔法というのは『遺伝』する。言ってしまえば、水が使える人間から水が使える人間が生まれやすく、2系統使える人間からは、2系統使える人間が生まれやすい。

 

 薄々嫌な感じが掴めて来たと思う。私はおそらく将来貴族の貢物にされる。中々の大商人の娘で、外見もまあまあ、それに加えて2系統の魔法が使える。これはかなりの好条件だ。


 私は半年立っても一歩も外に行かせてもらえていない。


 これからどうなるんだろう。産まれて半年で色々と思い悩む。そしていつも通り、獣人メイドの犬耳を触って癒されるのだ。












 鼻歌が聞こえる。


「ふーんふーんふっ、ふーふ!!」

 まるで音楽になっていない、『鼻歌』を奏でているのは、獣人メイドのイブだ。

 くるくると部屋の中央でステップを踊っている。そのたびに肩についている飴色の後髪が揺れる。頬骨から顎にかけて、カールした髪の毛が取り巻いている。


 動きが止まる。クルリとその場で回って、物凄い勢いで部屋の中央から、私の寝ている天蓋つきのベッドまで来て、私に顔を近づけた。


「リズ様!! どうでした!? 巧くなってましたよね? イブの華麗なステップ!!」

 満面の笑みを浮かべるイブを哀れに思いながらも、曖昧に頷く。

「良い子」

 そう言って、耳を撫でる。じっと琥珀色の瞳を見つめる。深く澱んだ瞳。それが嬉しげに細められた。


「そうですよね!! リズ様に喜んでもらうために、庭で朝まで練習してますからね!」

 

 うんうんと可愛く微笑むイブ。薄っすらと笑んだ唇は薄く、綺麗なピンク色をしている。睫は飴色で光にあたるたび、薄く透き通る。言動に反比例するように、お淑やかという言葉が似合う子だ。

 この子は昨日、本当に仕事が終わってから朝まで踊りを練習していたのだろう。ため息をつきたいなどと思いながら、じっくりその少女を眺めて目を逸らした。


 前世でこういうのは飽き飽きした。

 私は『ちょっと照れ屋だけど、明るくて優しい健気な子』を目指すつもりだ。前世ではどうも宗教の教祖という役柄だったから。

 色々思うこともあるのだ。


 私の部屋は、幼少のころ女の子が憧れる部屋そのままだ。

 ピンクと白に統一された室内。ふわりとした毛皮が使われた絨毯に、洒落たソファー、ソファーの上には数々のクッションと縫いぐるみが所狭しと並べられ、余ったものは部屋中に置かれている。

 等身大の西洋人形。小さな化粧台。可愛らしいクローゼット。

 

 部屋の内装に何かを思ったりはしないつもりだったが、流石にきつい。

 半年間もずっとこの部屋で暮らしている。

 イブ以外にはほとんど来ないし、この部屋がどこにあるのかさえ分からない。


 『いい条件』、付けてくれるはずじゃなかったのだろうか。



 


 そんな悶々とした日々が変わったのは、父が突然私のメルヘンチックな部屋に訪れたことからだった。


 エレビア王国商人連合『ルートレー』、第二級加盟商会『シンソフィー商会』5代目最高責任者ルーン・シンソフィー。

 イブ曰くこれが私の父の主な肩書きらしい。

 彼は私の部屋に入り、しばらく部屋を観察したあとで、「ずいぶんな部屋だな」と感慨なさそうに呟いた。


「リズ、気に入ったか」

 甘やかす口調でもなく、まるで世間話でもするような雰囲気のまま、私に話しかけた。

 それはどう見ても、生後半年の娘に対する口調ではない。


 私がコクリと頷くと、少しだけ驚いたように目を見開いた。

「もう言葉が分かるのか。いや、使用人どもが騒いでいたからな。お前がまったく夜鳴きもせず、このメイドの世話だけで何とかなっていると」


 じっくり私を観察する。父の黒髪が郷愁を誘う。


「似てないな。あいつ浮気でもしたか」

 くつりと悪趣味に笑う父。そのまま、絨毯を上等な革靴で踏みしめて、私の頬にキスをした。

「なんだかお前可愛いな」

 気安い口調で言われ、私は眉を寄せる。父の手が頬を撫でる。

 私から見て、父は明らかに変人だ。しかし、どことなく好意を覚えた。この人、良い人だ。

 

「ぉ父さん」

 上手く発音できない。しかし私の口からはそんな言葉が漏れでた。

 私の家族は前世での両親と桜だけだ。それは絶対に変わらない。だけど、この人のことをすんなり『父』と呼べる自分がいた。


 家族は私にとって決して安い存在ではない。だから自分の行動に動揺した。

 こんな風に簡単に、向こうの存在をこちらの存在で置き換えるなんて。


「なあ、リズ。お前暇じゃないか」


 暇、現状に最も似合う言葉はそれ以外ないのでは。


 コクリと頷くと、父は骨ばった指を顎に添えた。


「家庭教師でも呼ぶか」


 独り言のような口調だった。私はそれに軽く目を開いた。

 えっいいの? 明らかに外との関わりを断ち切られているように感じていたのに。


「少し早いか」

 ふうとため息をついて、私の寝ていたベッドに腰を降ろす。

 ベッドの軋んだ音を聞きながら、私は心の中で何度も頷いた。

 ぺらぺらと流暢に話すのは憚られたので、私は精一杯プライドの許す限りの子供っぽい声を出した。


「やるぅ」


 そんな私の精一杯の言葉に父は鋭い目を細めて、「そうか」と柔らかく頷いた。


 その後ろで、イブは驚いた表情のままで石像の様に固まっている。私と目があったと認識すると、クシャリと顔を歪めた。




 父が「じゃあ、10日ほど待て、それまでに良いやつを探しとく」と言い、部屋を出て行くと、イブはにらむようにこちらを見た。


「私がいるのに私がいるのに私がいるのに」

 ぶつぶつと呟き続けるイブに辟易しながら、私はため息を吐いた。


「うるさいよ」

 そう言うと、イブは黙り込む。前世での友人にそっくりな態度に私は心から呆れながら、手招きした。

 

 隠そうとしているが、隠しきれていない喜色を浮かべて近づいてくる。

 私が手を伸ばすと、イブはベッドの中に入り、私を抱きかかえる。


「大丈夫、イブのことは捨てないよ。イブは大切だから」


 犬耳を撫でる。骨に添うように撫でる。耳の中に手を入れる柔らかい、肉球のような感触がある。


「でもっ、イブ以外にもお話とかしたら、イブのこと以外知っちゃったら捨てちゃうかもっ」

 優しく見えるように微笑んで首を振る。


「私はイブ以外のことも知ってる。その上で構っているんだから」


 うっうう、そう言って私を力の限り抱きしめてくる。

 いっ痛いから。


「あい、ありっがとうございまじゅ」

 ぼろぼろと涙を流しながらお礼を言うイブ。

「リズ様ぁ、うっう」

 彼女を放って置かないのには理由がある。私は面倒見がいいほうではないから、鬱陶しかったら早々にお別れだ。まあ私がいなくてもなんとかなるだろうと。


 ただ、この子はあまりにも可哀相で。

 周りからこの子はひどい苛めにあっている。それに、普段の会話からイブが普通の常識を弁えていることを知った。そうなると、ちゃんとした頭を持っているくせに、こんなに頭がおかしいというのが恣意的だ。『後天的なのかもしれない』、そう思うと構ってしまう。


「大丈夫」

 そうやってイブの頭を撫でながら、決局私は変われないのではないかと、少しだけ不安になった。


 まあうん。大丈夫。


 さすがに死んでも変われないって言うのは、あれだから。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ