戦力
「ふぅ。
まず貴女様のお父君、ルーン・シンソフィー様についてお話させていただきましょう。
これでも私は人を見る目はあると、そう自負しております。
そしてルーン・シンソフィー様は、私から見て5位に入るくらいには情の薄い方ですが、そんな方が、とても貴女様にご執心していると、風の噂で聞きましてな。ミレルギー様にも頼まれ、私自身伝えなければいけない事柄があったのでここに足を運んだのでございます。
さて、少し時間をいただいて、ルーン・シンソフィー様に面会いたしました。
感想から言わしていただきますと―――どうやらとても、貴女様に傾きすぎている、とそういう風な感想を抱きました。
そうそう、最近ルーン・シンソフィー様は貴女様にお会いに来られなかったのではないですかな?
それはこのシンソフィー商会に長年使える方々が諌めたからだと、そういう理由によるものだそうです。
貴女様と会うのが、ルーン様にとって悪影響だと―――『商会全体』がそう考えておるのです。それは異常なことではないですかな?」
うるさい、考えさせろ。頭の中でその言葉を繰り返す。
なんでこんなことに。
先ほどから言われている、『人を狂わす名』。そんな可笑しなことがある訳がない。
小説じゃないのだ。そんな簡単に人が狂っていい筈がない。
イブや父や、リヘルトが異常なのが私のせい? 関係ないだろ。なんでそんな―――。
人というのは他者にそんな影響を与えられるものなのか。そんなわけない。人は他人の意見なんて聞きやしない。前世での母も、私の励ましになんの反応も返さなかった。『まだ、だめなのよ。ごめんね、もう少しだけだから』、そう言ってずっと休憩をねだり続けた。
父にだって言った。母を気遣うように。しかしその意見は黙殺された。そして、私の友人達。彼ら彼女らも、そうだった。私がもっと他人と関わるように言っても、いつも『うん……』と曖昧な返事ばかりしていた。
だけど全員、何故か桜の意見だけは取り入れた。
そしてそれが私には一番の裏切りに見えた。いや友人達は少し事情は違ったのは知っている。でも。
そこまで私は、貴方の中で価値のない場所にいるのかと、そう聞きたくなったのは仕方なかったと思う。精一杯の気持ちはそういうことで踏みにじられた。
ゆっくり唇を噛む。この老人と母親は嘘は言っていない。
いう理由もない、こんな馬鹿げた嘘。そして一応の根拠はある。
認めると、途端に胸が苦しくなった。
生まれ変わっても、また私の価値は地の底を這っている。
その現状に、笑い出したくなったが、勿論私に笑う権利なんてない。今やらなければいけないのは、現状の把握と後始末だ、自分がしたことの。
「それで?」
続きを促す。胸が重く沈む。とりあえず何も聞きたくないと脳内が叫んでいる。だが、今は目の前の老人の、糾弾を聞かなければいけない。
「……ふむ。まあいいでしょう。
さて、今お話した『商会全体』の不利益。それには具体的な理由が勿論あります。
それは、ですな。
貴女様の家庭教師のことです」
眉がピクリと動いたのが分かった。家庭教師、今一番私が気になっている存在だ。続きを促すように、視線を上げれば、今まで黙っていた母親が口を開いた。
「ねえ、もう少し詳しく話してもいいでしょう?」
母親に視線を向ける。彼女の視線は老人へ向かっていた。その質問に老人は白く膜が張った緑の目を、僅かに細めた。
「よろしいでしょう、これからの説明はミレルギー様がなさった方がよさそうですな」
「ええ、そうよ。私も話したいことがあるの。それに家庭教師の件で言いたいこともあるしね」
そう言ってから彼女は私のほうを見た。机の上に身を乗り出すような体勢で、ゆっくりこちらを見る。
目が合う。
美しい人だなと思った。日本人が考えるような美しさではない。喩えて言うのなら大振りな目鼻立ち。しかしその大胆な顔の彫りは、アンバランスで魅力的だ。何故この人に似なかったのだろうと、自分の外見を思い返した。
「ねえ、リズ、覚えているのかしら? 貴女が軟禁されていたときの頃。
実のところ、あれはあなたの名前の不吉さを知って、私がルーンに言ったのよ。あなたを外に出さないように。ルーンにとってとっても大切な時期だったから。それで貴女にたった一人だけ侍女をつけて、この部屋に放置した。
それまでは良かったのよ、ホントウに。ただルーンが変な好奇心を出してあなたに会いに行くからっ」
忌々しそうに吐き捨てられた。
そうだったのか、嘆息が口から漏れた。驚きはあまりなかった。
「……はあ、まあそれは終わったことだからいいわ。
ルーンは貴女に好意を持ったようだけど、この前まで家から出すつもりはなかったの。でも偶然が重なった。
あの奴隷市にはどうしてもルーンは3人で、かつ怪しまれないで行く必要があった」
老人が興味深げに表情を窺ってくるのが、酷く不快だった。興味本位で、私の感情に、立ち入られるのが、本当に嫌だった。
「ルーンはね、王弟イーザムと会見を持ちたかったのよ。まあ向こうもそうだったんでしょうけど。それにはあの奴隷市がピッタリだった。
娘二人と、別行動する。それがあまり怪しまれないと思ったんでしょうね。
そうして、貴女は外に出て行く段になったの」
深く息を吸って、質問する。
「お父様は、王弟と何を話そうと?」
興味本位の質問ではなかった。
「さぁ? 私が分かっているのはそれまでよ。それ以上のことは一欠けらたりとも知らないわ」
あっさりとした返事が返ってくる。私は黙り込んだ。
考えを巡らせるが、あの二人が何を話したかったのか、良く分からなかった。頭にあの酷薄な目をした金髪の男が思い浮かび、うんざりした気分で顔を歪めた。
「―――あぁ……少しは知ってるわ。何かしらの『有益』な取引はあったみたいよ。まあ、その分不利益もあったみたいだけど。
ルーンの計算から外れていたのは、貴女が自分の戦力を手に入れたこと。
確か名前はリヘルト、だったかしら」




