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説明


「くっ……くくく、運命をモノと喩えなさるか! 

 これが真名階位上位者の人格ですと。幾人も階位上位者を見てまいりましたが、久方ぶりですぞ、ここまで狂われた価値観をもっている方は」


 突如、怪笑を上げる名付け師に、冷たい視線を送りながら、ミレルギーは思案した。

 真名階位―――格の高い『真名』を持つ者をこう呼ぶことがある。ミレルギークエン―――この名は【昇る者】という意味がある。階位としては第6位にあたる。第1位が最も格が高く、5つの名しかない。

 そしてリズベルト、この名は第3位にあたる。第3位までが上位者と呼称される。

 【高潔なる人格者】―――何の冗談かと問いたくなる。ミレルギーは目の前の幼女を見極めようと、観察する。


「ああ、申し訳ありません。本題に入らせていただきましょう」

 笑いを収め、名付け師が言う。

「真名、これは生き方を示す、と言いますが、実のところその人間の才能値と、精神のオーラで名前を決めるのです」


「精神のオーラ?」


「ええ、名付け師は特殊な技術によって、生まれてから4年ほどの期間に現れる特殊なオーラを見ることが出来るのです。オーラはその人物の魔力の質によって左右されるという意見などがありますが、真偽のほどは知りませぬ。そうして見たオーラと、その時点での『伸びしろ』を見ることによって、多くの種類の名から、その者の名が絞られます。名付け師の技量とはそのいくつかの名前から、最も相応しい名を付けることが出来るかに掛かっております」


 静かに解説する名付け師の説明を、意外なことにリズはきちんと聞いていた。何も口を挟まず、黙って。

 ミレルギーはリズが何を考えているか分からなかった。


「そうして、私が貴女様の名を付けに此処に参ったときに、私めは異様なオーラを貴女様に感じました」

 ゆっくろとどこか疲れたように言葉を紡いでいく老齢の名付け師。経験に裏打ちされた未知の恐怖が瞳に移っているような気がした。


 ふと、リズが口を開いた。


「それは、どういう」

 好奇心がほのかに香る声だった。純粋な好奇心。


「……【リズベルト】、この名を付けられる人物のオーラの条件というのは、色がどれだけ混じっていないかです。どれだけ純粋な色か、その一点です。


 そして貴女様の色は二色だったのです。しかしその二色は貴方の頭上で真っ二つに割れておりました。決して混じることなく、白と黒が割れておりました」


 リズの表情は変わらない。ただ、少しだけ口元を歪めた。


「私は迷いました。しかし、私には道が見えておりました。貴女様の名前はたった一つなのです。

 【リズベルト】これしか考えられなかったのでございます。

 


 この【リズベルト】という名前。これは呪われていると言われます。この名は人を狂わすと。周りの人間を狂わし、滅びに導く―――。

 何故【高潔なる人格者】が、人を狂わすのでしょう? 分かりますかな。

 私は一つ推測したのでございます。


 オーラの色が混じっていない。高潔。人格者。

 この真名を持つものは――――――人の心が理解できないのではないのですかな?」

 


 沈黙。部屋には沈黙が落ちた。名付け師はリズの反応を見ている。ミレルギーは息の詰まるような沈黙から気を紛らわせるために、部屋を見渡した。この部屋で、娘は長い間暮らしてきた。

 軟禁していた。この娘をこの部屋に長い間縛り付けてきた。今から考えれば意味のないことだった。


「人を、狂わす……? そんな、そんな訳……あるはずが無いと思います」

 戸惑う声。一見、感情が篭っていないように聞こえるそれはどこか哀切な響きを持っていた。そうして、ゆっくり小さなまだ4歳の娘は顔を手で覆った。ミレルギーは目の前の娘の突然の感情の吐露に動揺する。

 悲しんでいる? 


「私が……独りよがりだと?」

 違う、このこの声は感情が篭っていないのではない。この子は感情を抑えているのだ、ミレルギーはそう思った。そしてこの問いは、自分自身に向かって、問われている。


「……人を狂わす、それは本当なのですか」

 静かな声だった。

「ええ、真実でございます」

 名付け師はリズの反応を冷徹と言っていいほどの目で眺めている。


「しかし、一つ言っておきたい。

 決して―――名のせいにしてはいけませぬ。

 その真名がつけられたせいで、人を狂わすのではないのです。

 人を狂わすから、その真名がつけられたのです」


「―――狂ってる」

 ポツリと吐き出された単語。ミレルギーの口から出た言葉ではない。娘の口から出た言葉だ。頭のおかしい自分の娘から『狂ってる』という言葉が出たという違和感にミレルギーは心の中で苦笑した。


「貴女様が、ですか」

 名付け師がリズを見ながら、口元を歪めた。瞬間、リズの顔から手が除かれる。

 そしてそこにあったのは予想と違い、悲しんでいる姿ではなく、冷え冷えとした姿だった。空気の温度が下がっていると思えそうな、そんな冷えだった。


「―――舐めるな。今まで私は狂ったことなんて一度もない」

 ゆっくりと吐き捨てられた言葉。リズの顔にはありありと嫌悪が写っていた。その何も写さないように見えた瞳は、深い感情の海に沈んでいる。


 ミレルギーは首を振った。

 分からない、と。この娘のことが本当に分からない。もしこの娘の思考の一端でも分かれば、この娘の『言語』が解読できるのだろうと、そう思う。しかし、今まで関わってこなかった。話したこともなかった。そんな人間の価値観が分かるわけがない。言ってみればこれは齟齬なのだ。


 娘がどういう人間かが分からない。ミレルギーは、なんて酷い母親かしら、とそんなことは一部も思っていない癖に、悲しくなった。この悲しさは娘に対する哀れみなのだろうか。初対面の人間から人を狂わすといわれた、娘への。


「それでこそ、リズベルト様です。さて、もっともっと深い話をいたしましょう。

 これからの貴女様についてでございます。そして貴方の周りの人間方について」


 名付け師は目の前に対峙している人間に歪で老獪に、笑いかけた。






この回は後で少し直すかもしれません。

読んでくださる方ありがとうございます。

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