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リズベルト・シンソフィーの冒険  作者: 阿江
第1章 リヘルトという少年
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終局と、二人の会話



「負けたね」

 王弟は溜息と共に、そう言った。


「ありがとうございました」

 私が軽く礼をしても、王弟はまだ深く考え込んでいた。

 王弟の思考に頭を巡らせるより速く、父は言った。


「殿下、吸血鬼(ヴァンピルア)を娘が得て、危険にならないようご配慮いただけますか?」

 私が驚いて父の顔を見ても、表情は変わらなかった。こんな口を聞いても大丈夫なのか。私の心配をよそに、王弟は一瞬だけ鋭く父を睨み、息を吐いた。


「私がシンソフィー商会の後ろ盾になろう。私と君の今までの言動から、このことは表向きあまり重要視されないだろう」


「どういうこと?」

 ミサが聞く。


「私と、ルーンは変人として有名だからさ」

 王弟は自嘲するように言った。そして続ける。


「私がルーンの発明品に傾倒しているようにしか思われない、商人や貴族の間ではね。そして彼らには吸血鬼(ヴァンピルア)の存在は秘密にされている」

 ただ裏向き、国の上層部にはこう伝える。と、王弟は笑う。


吸血鬼(ヴァンピルア)を国の政治に関わらせないように、私お抱えの商会が面倒を見ると。実のところ、彼が国に反抗したら危険だからという理由で、国は捕らえるという選択肢しかなかった」

 ただ、『国お抱えの商会』の『何も知らない商人の娘』がそれを引き取る分には問題はあまり無い。

 その商会と娘が国に反抗しようとすれば、捕らえて人質にすればいい。

 『罪の首輪』がある限りリヘルトは私から離れられない。そのため私を人質にすれば比較的すぐに、リヘルトを捕らえることが出来る。


「国の上層部も吸血鬼(ヴァンピルア)―――人外に政治に関わってほしいとも思っていない。そして誰かが抜け駆けしようとしても、シンソフィー商会は『国』お抱えだ。手出しすればすぐに圧力が掛かる」


「まあ、こうするというほど危険性は無いだろう」

 君達が余計なことさえしなければね、楽しげに付け足された言葉に、


「感謝します」

 父は深く頭を下げた。

 その時私は始めて幸福感が襲った。リヘルトを庇護してあげることが出来る。

 ただそうなると、色々弊害が出てくるのは予想できた。

 幾らか私とリヘルトに監視の目も付くだろう。 


 それでもいい。


 父の傍ら、私は少しの疲れを感じ目を閉じた。








 馬車の中、二人の男女が絡まりあっている。

 一人は美しい黒髪の美女。もう一人はくすんだ金髪の酷薄な目をした男だ。


「本当に勝てなかったの?」

 金髪の男―――イーザムが腰に手を回そうとするのを避けて、黒髪の美女、ミサは冷静な声で言った。


「勝てなかったよ」

 何の温度も感じさせない口調で言い、ミサに笑う。

「勝てるように見えたかい? ミサ」


「少なくとも途中まで勝ってたわ」


「ミサはお馬鹿だね」

 そうクスクス笑うイーザムに、ミサは眉を寄せ吐き捨てるように言う。


「八つ当たりはよして。鬱陶しい」

 イーザムは肩を竦めた。


「確かにミサの言いたいことも分かるよ。……実のところ二回目も負けるとは思っていなかった。私は自らの力を評価しているからね。だけど勝てなかった。

 あの子供―――『あれ』はどう思っていたのか、今でも分からない。あの勝負に勝てると思っていたのか」


「『あれ』は負ける勝負をするようなタマじゃないわ」

 またも吐き捨てるように紡がれた言葉にイーザムは苦笑した。


「確かに、そうだろう。私だってそう思う。でもミサ、『あれ』があの勝負にどんな気持ちで臨んだのかそれが分からない。『あれ』は分かっていたはずだ。あの勝負で負ければ、キチガイじみた虐待を『夫』―――ダン子爵からこれから受けることになるだろうと。それでも、たった一つの矜持のために全て賭けられた。その神経が理解できない。

 

 ミサの言うとおりよく考えてみれば、最初から手加減されていた気もするんだ。

 私が『おそらく有効』であろう戦術を4、5個持っていたとすれば、『あれ』は『確実に有効』な戦術を40、50個持っていた。だから私は聞いたんだよ対戦経験があるか」


 その言葉にミサは俯いた。


「貴方からそんな言葉を聞くとはね」


「……あの子供がそんなに嫌いかい?」


「嫌いよ。あんなの子供じゃないわ。まともじゃない」

 イーザムは優しくミサの黒髪を掬う。


「もういやよ。二度と会いたくない」

 俯いたまま吐き出される言葉の羅列に、イーザムはほのかな微笑を浮かべ聞き入っている。

「思わなかった? あの子、あまりにも浮世離れしすぎているわ。もう魔物の域よ」

 そして一拍置いた後、確信をつく。



「それに、ルーンさん。……大丈夫なの?」

 低く問われたそれに、イーザムは予期していたかのように黒髪を撫でた。


「あれは、大丈夫だよ。それごときで終わる男じゃない。それに今潰れてもらっても困る」


「そういう話じゃないわよっ!」


「感情的にならないで欲しいな。『俺』はそういう女は嫌いなんだ」

 ミサは肩にまわっていたイーザムの手を払った。

 ミサの顔に暗い影が走った。それをイーザムは冷静な目で見つめている。馬車には沈黙に包まれた。


「ミサ、『あれ』をただの魔物だと思うかい?」

 諭すような口調ではなく、ただ自分の考えを確固たるものにしようとする問い。


「……違うわよ、聞かなくても分かるでしょ」

 ポツリとした言葉が、響いた。





魔物は流石に酷いですよね……。

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