違和感―1
私が条件を提示した途端、場の空気は凍りついた。
「しつこいね」
その言葉は、正しい。
「リズちゃん。私はね、国のために吸血鬼を手に入れる必要がある。
だけどね、君の事を思って言ってもいるんだよ。商人の娘、そんなあまりしがらみの無い人間が大きすぎる力を持つと、警戒され、そして殺されることもある」
「私が殺されるのと、勝負の条件、それに何の関わりがあります?」
言いたいことは他にあったが、私が疑問に思ってそう問えば、王弟は絶句したように固まった。
「そこまで、君はそこまで、『あれ』が自分の所有物だと主張するのかい?」
「『所有物』、そういうことではありません」
ただ、私は。
「分かった勝負をしよう。ただ君は、全てを賭けなさい。それぐらいはしないと条件に釣り合わないからね」
遮るように発せられた言葉。私は息をつき、天井を見上げた。天井はこの国の高級石材で出来ており、石の模様は渦巻くような形を描いていた。その模様を見ていると、感傷的な気分がせりあがってきた。
勝てるか、どうか。私は考えてみたが、どうも分からなかった。だけど、先ほどから私は自分についてある事実を認識した。
この世界に生まれてから、私は死ぬことをどうとも思っていない傾向にある―――。
全てを賭ける。確か前の世界で命を賭けてギャンブルするという漫画があったな。それを読んだときはハラハラしたものだった。実際自分のこととなると、そこまで危機感を覚えない。
私は盤上を眺めた。
今回は飛車角を落としただけで他のハンデはない。しかし、当たり前だが厳しい。
二つが無いことで主な戦略が取れないのだ。守りに金銀を使いたいがそうすると攻め手がなくなる。
脳が凄い勢いで働いているのが分かった。額に汗が滲む。思った、負けると。
この男は天才だ。
「はあ~」
目の前に座っている男は溜息をつき、机にもたれ掛かった。そのまま手を瞼に上に置き微動だにしない。
「これ負けると兄上に殺されるな」
兄上、それは王のことだろうか。今更だが自分のある意味『国に逆らう』行為の不味さに苦笑が漏れた。
「だから負けるわけにはいかないね」
「……」
私はそんな言葉にどう反応をかえそうかと迷い、小さく息をついた。
そんなことよりも手を考えよう。
「君はこれで誰かと対戦したことがあるのかい?」
王弟は集中力を削がせるためか、私に話しかけてくる。盤外戦にでも持ち込む気だろうか。
「ありませんね」
簡潔に答え、次の一手を指す。彼は指す私の手を見て、首を竦めた。
「まあこのままだったら私の勝ちだけど」
別段馬鹿にする口調でもなく、平坦な調子ではかれた言葉に、私は眉を寄せた。
向こうがその気ならと私は口元に微笑を浮かべた。
「いくら私が考案したゲームだと言っても。幼い子供相手に、ハンデまで与えられて『勝ち』だなんて良く言えますね」
王弟に挑発はやばいだろうが、向こうもしてきたのだ。それに勝たなければ詰まるところ『終わり』だ。
向こうは無言だ。しかしミサがクスクス笑い、それに僅かに眉を寄せた。
将棋は昔は中盤や終わりごろが重要で、最近では序盤が研究しだされていた。まあしかし、王弟は当たり前だが序盤の研究などは知らないせいか、あまり差は広がっていない。
「……君は何故、そこまであの少年を手に入れようと躍起になるんだい?」
心底理解できないと言う口調で、眉を寄せる彼に、私は黙った。
そして初めてじかに彼の顔を眺めた。軽薄そうな、しかし酷薄な目をしている。髪は金色だ。どこと無くくすんでいる。
問いの意味を考え、首を振る。意味の無いことをしたと思った。答えを考えた。幾ら御託を吐いたところで、私は自分自身の気持ちは分かりきっていた。
リヘルトが酷い扱いをされるのに耐えられないから。リヘルトに良い教育を受けさせてあげたいから。リヘルトのことを愛しているから。
全部、嘘だ。
私は自分の孤独に耐えられなかった。私は死んでもいいと思うくらいに、孤独だった。誤魔化し、自分を騙し、どうしたところで私は寂しかった。
あの少女が言った三人。私はリヘルト以外の人物にあまり興味は覚えなかった。
いや、リヘルトに特別な興味を抱いた。
桜と御堂との子。遺伝子的な繋がりは無いだろうが、それでもリヘルトは二人に育てられた人間の人格を備えるのだ。きっと。
私の唯一の繋がりなのだ。
自身の吐き気を催すようなエゴに私は眉を顰めた。
目の前の男をもう一度見つめた。当たり障りの無いことを言っても、何も信じないだろう。追い詰めるような目は私を見つめている。
嘘は吐きなれている。しかし、ここで嘘を吐くのは自身の最後の良心すら否定する気がした。
「あの子がいなければ、死んでしまうんです」
声は思いのほか淡々としていた。しかしその声には説得力があった。
自分で質問をしたくせに王弟は黙った。そのとき、横の父が身動ぎした。そして。
―――強い力で抱きしめてきた。
頭の上で「リズ……」という切羽詰った声がした。私は訳が分からず固まると、王弟はやっと口を開いた。
「感動的な光景だね」
その言葉に、父は微塵たりとも反応しなかった。私を抱きしめている。
この人は、私を愛している。今までもそう思っていた。
しかし、どこか。
私の混乱の原因を肯定するように、ミサは私たちを不可解なものを見る目で見てきた。
そして、私は首を曲げ後を見る。チラと目に入ったロニィの顔はどこか全てを達観しているようにさえ見えた。




